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感謝祭
111 聖女宮
しおりを挟む聖女宮に着いたレティシアは、アシュリーの様子を一刻も早く知りたいと思っていたが…一旦、客間に通される。
ここは、今朝方クオンに驚いて叫んだ部屋。
「ご滞在中は、引き続きこのお部屋をお使いくださいませ。お部屋をお出になる際、こちらのベルを鳴らしていただきます」
アシュリーが完全に回復するまでに数日を要するため、レティシアが聖女宮で寝泊まりすることを前提に…エメリアの話は進んでいく。
元より、レティシアもそのつもりであった。
聖女宮は、神獣と聖女が住まう宮殿。
サハラの許しを得たレティシアだからこそ、すんなりと宮殿奥へ受け入れられているのだと知る。
(サハラ様がいつでも来ていいって言っていたのは、出入りを許可する…顔パスってことなのね)
だからといって、守るべき規律を破って…レティシアが宮殿内を好き勝手に歩き回ってOKという話ではない。
「身の回りのお世話は、私共がいたします。右から、カーラ、ジェイリー、パトリシアです。何かございましたら、私エメリアにお申しつけください」
レティシア一人に、三人の女性が側付きとなった。
♢
「つい先程、聖女様が一度目の治療をされたそうですわ」
神獣サハラによって聖女宮へと運ばれたアシュリーは、聖女サオリの“癒しの祈り”による治療を受け、現在休んでいるという。
エメリアからの報告に、レティシアは胸を撫で下ろす。
「聖女様は会場へすぐお戻りになりましたが、治療室内は今“癒しの力”に満たされております。…室内にはお入りいただけません」
─ え? 何て? ─
「…殿下のお側に…行けないのですか?」
「はい…今は、お会いいただけません」
喜びから一転、脳内を揺さぶられたような感覚にレティシアは身悶える。
自分でも信じられないくらいに…ショックを受けていた。
アシュリーの容態が今以上に悪くなることはないはずだと…エメリアから聞いても、レティシアは自分の目でちゃんと見て、彼の身体に触れて確認をしたい。
(まさか、会えないなんて…私はどうすればいいの?)
「聖女様は、室内に聖なるお力を注がれることで大公様の治療をなさいます。
何人たりとも…立ち入って乱してはならないのです。聖女様がお戻りになるまで、お待ちすることになるかと」
つまりは、終宴まで待てという話。
アシュリーは神聖なる聖女の力によって治療中で、サオリからの指示なき今は勝手ができない。
エメリアの説明を十分に理解していても、レティシアは戸惑う。
「そ…そうなんですね…」
(サオリさんは、殿下に直接触れないで治療をする。その分…時間が要るのかも。いつまで待てばいいのかな?)
顔色を青くして落ち込む様子のレティシアを見兼ねて、エメリアが治療について言い添える。
「かなり前ですが…大公様が体調を崩された時には、聖女様は二日間祈りを捧げる治療をなさいました。
一度目の治療の後、アヴェル前国王陛下は大公様のご様子を心配なさってお会いになっていらっしゃいます」
「では、治療の合間になら…お顔を見れるかもしれないのですね?」
「はい。…ただ…意識がお戻りになったのは、その翌日でございましたが…」
(そうよ…確か、二日間意識を失っていたと聞いたわ)
感謝祭一日目が終わるまで、残り約二時間。
──────────
聖女宮で待つ以外に何もできることのないレティシアは、ドレスを着替えるついでにと…エメリアから湯浴みを勧められた。
手袋を外し、血がついた指に驚かれるというアクシデントがあったものの…その後は手際のいい女性たちの手であっという間に丸裸にされ、隅々まで洗われる。
“刻印”を受けた形跡も所有印もない…レティシアの綺麗な身体に、女性たちは安堵の表情。
(殿下とはキス止まりで…セーフ。危なかった)
強く求められて身体が悦びを感じたのは…やはり抗えない女の性というものだろうか?
いや、前世で男性経験があったからなのか?
何れにしても、アシュリーとの官能的で濃厚な口付けは、当分忘れられそうにない。
彼は正常な状態ではなかったのだから、これはノーカン(二度目)にしよう!と、レティシアは決めていた。
まだ少し熱を帯びた唇に触れ、改めてホッとする。
「お湯には聖水を混ぜております、ゆっくりとお入りください。マッサージと…御髪も洗いましょう」
「……ありがとうございます……」
サオリに仕える女性たちは、妹であるレティシアにも好意的。至れり尽くせりで、大変に申し訳ない。
魔法薬の効果はまだしばらく続くため、レティシアの長い髪をエメリアが優しく洗う。
寝転ぶようにして湯に浸かったまま目を閉じ、頭を預け、髪を丁寧に梳かれると…流石に気持ちがいい。
ガチガチに凝り固まっていた身体を解され、レティシアは緊張からやっと抜け出す。
(全裸を見られるのに慣れてきた自分が…ちょっと怖い)
カ)「アリス様は、お化粧をなさらなくてもお美しいわ」
ジ)「秘書官でご多忙ですのに、プロポーションを維持していらっしゃるのですね?」
パ)「輝く高貴な瞳も…本当に魅力的ですっ」
「…あ…いえ、…そんなことは…」
“褒め言葉”というシャワーまで浴びることになり、返答に困ったレティシアは、とりあえず上品に微笑んだ。
「およしなさい、アリス様は恥ずかしがり屋でいらっしゃるのよ?さぁ…あなたたち、ここはもういいわ」
まさか『恥ずかしがり屋』の一言で、エメリアが華麗に切り抜けてくれるとは。
(エメリアさんは有能だ。入浴で、私を癒してくれたのね)
「み…皆さん、どうもありがとうございました」
「「「はい。失礼いたします!」」」
聖水入りのお湯の効果は早い。
肌はスベスベになり、身体も軽くなっていた。
どこかで見たことのあるような…肌触りのいい薄いブルーのワンピースを、エメリアに着せて貰う。
「堅苦しいドレスはお好みではないとのお話でしたので、こちらのワンピースは…ユティス公爵家より届けていただきました」
「公爵家からですか?」
「えぇ、ロザリーというお世話係の少女が直接持ってまいりました。『レティシア様に一目お会いしたい』と…待っておりましてよ?
今、お茶のご用意をさせていただいております。もう少し、何か召し上がっておかれたほうがよろしいですわ」
エメリアの心遣いは、レティシアにとてもあたたかくて優しい。
「色々と…ありがとうございます、エメリアさん」
─────────
「レティシア様っ!」
「ロザリー、来てくれてありがとう」
「…兄から聞いて、私…ビックリして…」
ロザリーは侍女服のまま、外出時用の外套も身に着けず…急いで飛び出て来たらしい。
いつもピタリと張りついている前髪が乱れていた。
小さな手で大きな鞄を持ち、持ち手を強く握り締めプルプルと震わせながら、ブルーグレーの瞳に涙を溜めている。
「お…お怪我は…本当にないのでしょうか…?!」
(…この子は、何て健気で…可愛らしいのかしら…)
「ないわ、心配しないで。部屋に閉じ込められて…魔法が使えないから困っただけよ」
「兄に、レティシア様をしっかり護衛するようにって…言ったのに。…もう絶交です!」
「ロ…ロザリーったら、ルークは何も悪くないの。
私のSOSにちゃんと気付いてくれたもの。絶交なんて可哀想よ?…シスコンなのに」
「可哀想くないですっ!」
(あらあら。…何かごめん…ルーク)
ロザリーの涙を堪える姿を見て、レティシアは自分を見ているようだと思った。
やはり、仕える主の無事を確認するまでは不安で不安で…仕方がないものなのだなと…小さく頷く。
「ロザリー、私は大丈夫よ。安心してちょうだい」
レティシアがロザリーをギュッと抱き締めてやると、ドサッと鞄を床に落とし、レティシアにしがみついて大粒の涙を流す。
料理と紅茶を運ぼうと扉の近くで控えていたエメリアは…もう少し後にしたほうがよさそうだと、そっと扉を閉めた。
────────── next 112 聖女宮2
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