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第7章
107 異変
しおりを挟むアフィラムとバルコニーで話している最中、レティシアの鼻はアシュリーの魔力香に反応していた。
いつもと違う、爽やかさ激減の…初めて嗅ぐ香り。アシュリー以外の魔力香を認識できないと分かった以上、この香りは100%彼のもので間違いないはず。
(嫌な予感がするわ)
心臓が喉元まで迫り上がってくるような…重苦しく胸がザワつく感覚に、レティシアは耐え切れなくなる。
「アフィラム殿下、大変申し訳ないのですが…私、大公殿下のところへ行かなくてはなりません、ここで失礼をいたします。どうぞ、ごゆっくりなさってください!」
アシュリーが近くにいると確信していたレティシアは、アフィラムへの挨拶もそこそこにバルコニーから廊下へ飛び出した。
♢
廊下には、気分が安らぐ香りとは真逆の…不安と焦りを掻き立てる危うい匂いが充満している。
(…魔力香が…こんなに変わってしまうなんて…)
香りの主は、廊下の壁に寄りかかって静かにこちらへ光る瞳を向けていた。レティシアはアシュリーを見るや否や走り出す。
「…殿下っ!!」
「…………」
アシュリーは自分目掛けて突っ込んで来るレティシアの手首を無言で掴むと、そのまま勢いに乗って大股で歩き始めた。辺りには二人の靴音しかしない。
「…っ…ど、どこへ行くのですか?!」
問い掛けても返事はなく、強い力でレティシアをグイグイ引っ張って進んで行く。分厚い手袋越しにも拘らず、握られた手首が痛んだ。
長い廊下の角を曲がった先に現れたのは、小さなホール。場所は、会場の後方…楽器だけの楽団の丁度裏側。演奏の音が漏れ聞こえる壁際の左右に立って敬礼する護衛騎士の間を、早足で通り抜ける。
(もしかして、ここが休憩場所の控室?)
さらに奥へと進み、突き当たりの部屋まで辿り着いたアシュリーは、レティシアを先に室内へ押し込んでから後ろ手に扉を閉めた。
──────────
─ ハァ…ハァ…ハァ ─
部屋に入った途端、アシュリーは肩を大きく上下させて苦しそうな呼吸で喘いだ。そのまま立っていられなくなり、扉へもたれ掛かった体勢でズルズルと床へ崩れ落ちる。
「殿下!…っ…」
支えようとして腕に触れた瞬間、あまりの体温の高さにレティシアは息を呑む。
(…熱が?!)
この一ヶ月間、何の変調も来すことなく過ごしていたアシュリーの身体に、大きな異変が起きていた。レティシアはひどく動揺する。
人で溢れ返るパーティーへ参加する羽目になったのは、レティシアのせい。さらに、会場内でアシュリーの様子に違和感を覚えたことを思い出し、罪悪感に胸が押し潰されそうだった。
(…少なくともあの時に気を配っていれば…私のミスだ…)
王族は強い権力の象徴。人前で無様に倒れるわけにいかないアシュリーは、何とか堪えてここまでやって来たに違いない。
「人を呼びに行きます」
そう言って立ち上がろうとして、アシュリーの身体が扉を塞いでいることに気付く。
レティシアの力では、ぐったりと座り込む彼を抱えて動かせない。かといって、室内から大声を出せば騒ぎが大きくなり過ぎてしまう可能性がある。…それは、アシュリーの意に反する気がした。
扉が少しでも開けばその隙間から人を呼べるだろうと、ドアノブに手を掛けてそっと引いてみる。
「…動かない…」
押してみても、それを繰り返しても…扉とドアノブは揺れもしなかった。
「…鍵…?…え、鍵?!…待って…魔力が要るってこと?」
魔法王国の王宮で、魔法の鍵がかかった扉を前に…魔力ゼロのレティシアは絶望的な気持ちになる。
(…駄目よ…落ち着かなきゃ。…とにかく、殿下を…)
「殿下、私の声が聞こえますか?!」
苦しそうに呻いて俯くアシュリーの側に跪き、具合を確かめようと覗き込んだレティシアは…その目を見てギョッとした。
黄金色だった瞳が赤い!
「…えっ、どうして?!……キャアッ!!…」
突然立ち上がったアシュリーに、レティシアは担ぎ上げられる。逃れようにも、相手がアシュリーでは勝ち目がない。
「…いやっ!…殿下………あぅっ!…」
投げ落とされたのは、柔らかなベッドの上。
(何っ?!…何で控室にベッドが…ある…の)
レティシアがそれを考える暇など一切与えず、真っ赤な瞳をギラつかせたアシュリーが覆い被さって身体を重ねて来る。
「…で…っ……ちょっ…」
アシュリーの顔がレティシアにグイッと近付く。
(…嘘でしょ?!)
目の縁まで赤く染まり、欲望を丸出しにしたその表情は生々しく…やけに美しかった。
──────────
貪るような濃厚な口付けに、レティシアは翻弄されている。
「……は……ぁ……んぅ…」
アシュリーの熱い舌が、レティシアの咥内を堪能しつつ暴れ回り…荒い息遣いと、唾液を交わらせる淫らな音だけが耳に響く。
アシュリーの逞しい左腕はレティシアの腰から背中、右手は首に添えられ、下半身にのしかかられているため全く身動きが取れず抗う術がない。
口付けの猛攻を受け、呼吸を奪われたレティシアは酸欠状態。力の抜けた両腕が、ダラリとベッドの上に放り出されていた。
「……や…っ……」
噛みつくように口付けたアシュリーが、レティシアの舌をねっとりと絡め取り強引に吸い上げると…背筋にゾクリと甘い痺れが走る。
「……ふ……んんっ……」
官能的な快楽を刺激され、レティシアは身体を震わせながら…とろけるような心地よさに陶酔感を味わう。
体調不良が原因か…タガが外れ、本能を剥き出しにしてレティシアを激しく求めるアシュリーに、もう自制は効かない。
アシュリーが“猛獣”のように盛る姿など、レティシアは想像すらしていなかった。
それは、彼自身も同じだろう。今まで、異性に触れることは苦痛を意味していたはずだから。
♢
いきなり組み敷かれ唇を塞がれたレティシアは、アシュリーを叩き、右手の手袋を外して銀の指輪で浄化しようと必死の抵抗を試みる。
発熱した彼の身体は沸騰寸前のように熱いものの、黒コゲにはなっていないし、浄化が効いているとも思えない。
(この人、無敵っ?!)
そうこうしている内に、深い口付けの嵐に飲み込まれ…脳内がトロトロに溶かされたレティシアの思考は停止間近。襲われている真っ最中だというのに、このまま何もかもを手放して淫欲に堕ちて行きそうだ。
口付けだけで済めばまだいい、今や貞操の危機。正確には、処女(推定)の肉体を持つ、中身は28歳非処女の……とにかく、逃げなければ“公認の恋人”をスッ飛ばして、アシュリーから“刻印”を受けることになってしまう。
硬くて獰猛な彼の熱棒がグリグリと下腹部に当たっている…一刻の猶予もない。
(だ…駄目ーーっ!!)
♢
─ チュッ ─
唇が離れた一瞬の隙を逃さず、レティシアはアシュリーの口元に手を当てて力一杯押しやった。
(…あっ!)
赤く光っていた瞳が黄金色へ戻っているのを確認した直後、アシュリーの身体がガクッと傾く。
─ レティシア ごめん ─
最後にそう聞こえたのは…気のせいかもしれない。
「……た…助かった……の?」
レイヴンの魔術で守られていなければ、レティシアは確実に筋肉の塊の下敷きになってペシャンコに潰されていただろう。
何度も口付けられた…アシュリーの唾液に濡れた唇は、敏感になって熱を持っていた。
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