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感謝祭

105  夜会では定番4

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「…っ…プリメラ…お前、何をしているのだ!」

「お、お父様!!」


アフィラムの後方にいた紳士は、プリメラの父親ウィンザム侯爵。
そのさらに後ろには、料理とワインを手にしたカイン。


ウィンザム侯爵は、娘や取り巻きの令嬢たちの置かれている状況が把握できておらず、動揺している。


(…あ、面倒なことに…)


今になって“逃げておけばよかった”と思うレティシアであった。





「ウィンザム侯爵、侯爵が常日ごろ称賛しているプリメラ嬢だが、少々親の欲目が過ぎるのでは?」

「ア…アフィラム殿下…これには何か理由があるはずです。…プリメラ、どうしたのだ?………プリメラ?!」


銀の指輪アーティファクトにより邪気の抜けたプリメラは、アフィラムに拒絶されたことがかなりショックだったらしく…父親の問いかけに返事をしない。


「理由?…侯爵、プリメラ嬢はパーティー会場で不用意に躓き、助けられたことへ礼を言うどころか…ワイングラスを投げつけたのだぞ?」

「…そ…それは…」

「参加者のドレスと会場を汚し、何の後始末もせず数人で騒ぎ立てる。この非常識極まりない行動を正当化する理由があるのならば聞こう」


(…わ…最初っからご存知なの?えっ?…隠しカメラ?)


レティシアは、キョロキョロと会場を見回してしまう。


金魚のフン=伯爵家の令嬢たちは、プリメラの豹変ぶりと、アフィラムに一部始終を見られていた事実を知って…顔に焦りが出始めている。


「…プリメラにも…余程のことがあったのかと…」


ウィンザム侯爵は、レティシアを鋭く睨みつけた。

『原因はレティシアにある』と言いたげなその表情が、親子でそっくりだなと…半ば感心しつつ…レティシアは目をそらすことなく無反応を決め込む。





「プリメラ嬢、言うことはないのか?」

「…あ…」


アフィラムから侮蔑の目を向けられ、プリメラの身体はビクッと大きく揺れた。


「は、はい…アリス様に非はございません。私が…ワインを…全て殿下のご覧になった通りでございます」

「プリメラッ!!」

「お父様、申し訳ございません!私は…よくない行いをいたしました」

「何を言い出すんだ!…っ…プリメラ、お前は周りにいる令嬢たちに唆されたのであろう?!そうだよなっ!!」


三人の伯爵令嬢を指差し、いつもと様子が違う娘の耳元で囁くウィンザム侯爵。


とても見てはいられない。
この騒動の被害者・・・であるレティシアだが…ここは一言物申そうと息を大きく吸った途端、カインの身体に目の前を遮られる。


(…へっ!ちょっ、カイン?!……ん?)


手にしていた料理とワインをサイドテーブルに置き、いつの間にかレティシアのすぐ側まで来ていたカインは、口に人差し指を押し当て“黙っていろ”と…レティシアに合図をしているようだった。





「侯爵、親子喧嘩は他所でしてもらおう。見苦しい」

「…失礼…いたしました、アフィラム殿下…」

「プリメラ嬢、ルーベル嬢、カトリーナ嬢、シエナ嬢、聖女様の妹君であるレティシア・アリスの前で…随分と好き勝手をしていたように見えたが?」


アフィラムは、プリメラと伯爵令嬢一人ひとりを見る。


「殿下にご不快な思いを…申し訳ございませんでした」

「アフィラム殿下、私は何もしておりませんわ!ワインの件は、プリメラ様がお一人でなさったことです」

「殿下、好き勝手など…私、そのようなつもりは全く」

「ア…アフィラム殿下、誤解でございます。その…いつもプリメラ様が…」


プリメラは親の権力を利用しているだけ、所謂“虎の威を借る狐”で、プリメラ本人のカリスマ性はほぼ皆無。
三人の伯爵令嬢は、プリメラを慕って行動を共にしているわけではなかった。


「呆れたものだ。まぁ…四人集まって騒いだところで、果たして…相手にもされず、無意味であっただろう。
元より敵う相手ではない。彼女は、ラスティア国ルデイア大公の秘書官を務めているのだから」

「「「「…秘書官?!…」」」」

「ザハル国の一件で、我が王国を優位に導いた秘書官の噂を…耳にしたことはないか…?」


アフィラムが意味ありげにレティシアに視線を送れば…それは、レティシアが噂の秘書官だと言っているに等しい。


アルティア王国の貴族なら、ザハル国が経済制裁を受けた話を知らぬはずはなく…四人は黙って項垂れる。

その傍らでは、ウィンザム侯爵が口をポカンと開けて呆然としていた。


「今後は、身の程を弁えたまえ。ウィンザム侯爵、あなたもだ。
睨みを利かせるのはいいが、相手を間違えないで貰いたい。愛娘の躾に…目を光らせてはどうだ?」

「…っ…!!」



    ♢



(いやいやいや…私が『秘書官』なのが、紋所入りの印籠みたいな扱いなんですけど?!…一体、どんな噂よ!)


アフィラムの言動に注目していたレティシアは、眉間にシワを寄せる。


そんなレティシアの後頭部を、生温かい目で見ていたのは…パトリック、ゴードンとルークの三人だ。


パ)『強い。28歳…納得だな』

ゴ)『今のところ負けなしとはいえ、心臓に悪い』

ル)『…報告する俺の身にもなれってんだ…アホ!』

パ・ゴ・ル)『カイン、よくぞ止めてくれた!!!!』



カインの株がちょっと上がった。



    ♢



「…行こう…」

「……え、…えっ?」


(ど…どこへ?!)


アフィラムはレティシアの腰に軽く手を添え、この場から連れ出そうとするが…慌てるレティシアが片方の手袋をしていないことに気付く。


「カイン、彼女に手袋を」

「あ…しかし、団長…」

「少しバルコニーに出るだけだ。酒も飲んでいない」

「…………」

「………お前と一緒にするなよ?…手は出さない」


(…んん?…カイン、やっぱり王宮でもヤってんの?)


カインは“ジト目”で睨むレティシアに、乾かした手袋を無言で手渡す。



カインの株がかなり下がった。




──────────




「…わぁっ…!」


レティシアは、アフィラムにバルコニーへと案内され、目の前に広がる美しい夜景に感嘆の声を漏らす。


広いバルコニーに置かれたカウチソファーは、座ったり寝たりが自由にできそうなくらい大きい。
ソファーは外に向くように置かれており、バルコニーの入口である背中側をカーテンで仕切ってしまえば個室のように使える。


数種類のドリンクを持った給仕係が、アフィラムの指示した物を手早くサイドテーブルに置き…立ち去って行く。





「…綺麗…」


熱い空気の会場とは真逆、ひんやりと涼しい外気に触れ…レティシアはゆっくりと深呼吸をした。


(静か。風もあって…気持ちいい)





手すりに肘を置いて立ったまま、全然座ろうとしないレティシア。髪が風になびいて、肩や背中の白い肌が見え隠れする。

アフィラムは、その無防備で警戒心のない後ろ姿を見続けていられず…自身のコートをレティシアの肩にそっとかけ、ずり落ちないように支えた。


「…身体が冷えては…よくない。…座らないか?」


先程までの厳しい声とは打って変わって、優しくレティシアに囁く。


「あ…はい。こんな高級なコートをお貸しいただいて、すみません。私が着ていて大丈夫でしょうか?…重い…」


立派な装飾が施されたズッシリと重みを感じる黄金色のコートからは、上品で落ち着いたコロンの香り。少しお香に似ているかもしれない。


「…ん?…そのコートは重いか?」


アフィラムは、レティシアが最後に『重い』と呟いたのを聞いてピタリと動きを止める。


「え?…えぇ…そうですね」

「変だな。今まで、重いとは…誰も言わなかったが…」

「あぁ…それは……表現が悪くて申し訳ありません。
え…と、この場合“重い”というのは“高級”と同義だと捉えていただけると有り難いです。
魔法をお使いの方は軽くできるので、重いと感じないのではありませんか?」


(私は残念ながら、重力に逆らえないんです)


「……クククッ……そうか…なるほど。君の言葉には生きた感情がこもっているんだな。素直で、とてもいい」



アフィラムの目は笑うとキューッと細く、糸目になった。










─────── next 106 アフィラムとレティシア

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