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感謝祭
91 感謝祭(前日)
しおりを挟む「サオリさ~~ん!!」
「レティシア!よく来たわね。待っていたわよ」
アルティア王国の聖女宮で、ひしと抱き合う二人。
サオリはレティシアの背を優しく撫でる。
「あ…ねぇ、ちょっと…顔が小さくなってない?!
そうよ!どこかのクズ王子に、酷い目に遭わされたんですって?!こっちで映像を見て、びっくりしたわ!!」
レティシアとチャドクが通訳勝負をした映像は、国王とアフィラム、そしてサオリにも見られていた。
「次また何かやったら、灰になるまで浄化してやるんだからっ!!」
(過激っ!)
「…まだ、お怒りのようですね?」
「あら?…大公…随分と顔色がよくなって」
「レティシアが、毎日癒してくれますので」
「…ノロケ?…ふふ…一ヶ月で成長したものね。
後のことは任せて。明日の感謝祭までに、レティシアをしっかりと仕上げておくわ。大公も、体調を万全にね」
「ありがとうございます。レティシアをよろしくお願いいたします」
「あっ、殿下…もう明日までは別々ですので」
レティシアは、結ばれたアシュリーの髪を何度も手に取ってはスルスルと触る。
「…うん…大丈夫だ。さっきもやっただろう?」
アシュリーは、髪を掴むレティシアの手をやんわりと解くと…指先にチュッと軽く口付けた。
「…でも、何だか心配で」
「問題ない。レティシアこそ、私の香りがなくて大丈夫なのか?」
滅多にパーティーへ顔を出さないアシュリーは、この際にと国王に招かれ…今から王族の集まりへ参加をする。
レティシアはというと…明日の感謝祭前に、国王、アシュリーを含めた王族数名へ挨拶をするため、ドレスアップしてからサオリと共に王宮を訪ねる予定。
つまり、それまで二人は会えない。
…というわけで、レティシアは先に今夜の分の『ナデナデ』をしていたのだ。
「…う…そんな、私を魔力香中毒みたいに…」
「ハハッ…すまない。明日、会えるのを楽しみにしてる」
アシュリーはレティシアをそっと抱き寄せ、髪に口付けを落とす。
「はい、行ってらっしゃいませ」
正装したアシュリーが羽織る真っ白なコートの背を見送る…切なそうなレティシアの表情を、サオリはポカンとして眺めていた。
『…え…?』
♢
「これは…ちょっと、私の予想を超えてきたわね…」
サオリはハーブティーを口にしながら、一人呟いた。
アシュリーとレティシアが、まるで恋人同士のようにイチャイチャする姿を思い返す。
別れ際など、完全に二人だけの世界だった。
アシュリーの背中を見つめるレティシアの姿は『恋する乙女』そのもの。
しかし、本人にその自覚がないのか、あの甘い触れ合いが日常過ぎて気付く間がないのか…『恋をした』『思いが通じ合った』という報告が彼女の口から出そうな雰囲気は…残念ながら微塵もない。
「大公は、いつもああいう感じなの?」
レティシアは、ストロベリーの甘い香りがするフレーバーティーをニコニコしながら味わっている。
「殿下ですか?今日は、正装なさっている以外に特別変わったご様子はありませんでしたが…?」
なるほど…あれがデフォルトか…と、サオリは頷く。
「手にキスしてたわよね?」
「…はい、私が髪に触れ過ぎるのを止めさせた後に…割とよくなさるかも?最初は驚いたんですけど、流れ的に『怒っていない』とか、そういう意思表示かなと。
手にキスする習慣って、やっぱり外国人ですよねぇ」
それは…半分合っていて半分違う…と、サオリは思う。
口付けに、気持ちを伝える要素があることは確か。
しかし、アシュリーはレティシアが触れてくるのを今か今かと待ち焦がれ、抱き締めたり口付けたりする隙を…いつだって狙っているに違いない。
口付けの意味など、全て『好きだ』に決まっている。
サオリが見る限り、レティシアはアシュリーに対して警戒心ゼロのノーガード。信頼し、決して彼と間違いなど起こらないと確信しているのだ。
なぜなら『期間限定』の関係だから。
アシュリーは、レティシアに嫌われないように…自然でスマートなアプローチを続けていくしかないが、二人の未来は現状全く見えない。
レティシアを見る熱い眼差しは、明らかに一ヶ月前より強さを増していた。
それでも、彼は“猛獣”にはなれない優しい男。
関係が深まるその鍵を握っているのはレティシアだろう…と、サオリは読む。
「レティシア、いつもそんなに大公を撫で回しているの?…さっきは、心配で離れ難かったようだけど…」
「いえ、まさか…撫で回してなどいませんよ。何と言いますか…母心?母性がこう…」
「あ、子供が初めて一人でお使いする時みたいなね」
「そう、それですね!」
恋じゃないの?
サオリとしては…そこを突っ込んでみたいのだが…。
レティシアは『28歳』という年齢に若干縛られ過ぎているところがある。
母性だ何だと言うのも…アシュリーとの年齢差から、恋愛感情を家族愛へと無意識に変換してしまっているせいだと…サオリは感じていた。
一度絶命した記憶のある彼女が、その年齢に拘りを持つことはある意味仕方のない部分。
現世の身体と符号しない多くの違和感は、周りが思う以上にレティシアにとって負担である可能性は高く…今ここでどうこう言って簡単に払拭できるような問題ではない。
「この一ヶ月、どうだったの?大公とは、毎日触れ合っていたかしら?」
「『ナデナデ』は毎日欠かさなかったので、殿下は一ヶ月悪夢を見ていないはずです。結果は、今のところ…健康体になったということしか分かりませんが」
「以前の大公を知る者からすれば、著しい変化よ。きっと今ごろ、国王陛下や王族の方々を驚かせているわね」
「そうですか?…へへっ…お役に立てたならうれしい」
サオリは、レティシアの照れた笑顔を見つめていた。
この可愛らしい28歳の少女が恋心に気付くのはいつなのだろう?非常に待ち遠しい。
これも、母性かと…サオリは笑みを浮かべる。
「最近は、殿下の魔力香にかなり慣れてきたんです」
「あら、香りを攻略してるの?」
アシュリーは自身の香りを制御するのではなく、レティシアに受け入れさせる考えなのかと…サオリは意外に思った。
「馬車内に香りが充満して意識が飛んでしまうことって…結構あるので。このままでは、秘書官失格だと思って」
それはつまり、狭い馬車の中で二人きりになって、レティシアに手を出したくてアシュリーがムラムラしているということ。
そんなイケない欲望がダダ漏れのアシュリーの姿など、一体誰が想像できただろうか?
幼いころからアシュリーを知るサオリは、ちょっぴりこそばゆい気持ちになった。
「レティシアって…スゴいわね」
「頑張ってます!」
真面目なレティシアは、性的な感情が魔力香になるなどとは思いもしないはず。
今さら伝えるのもどうかという話…流石のサオリも、これは口を出さないほうがいいと判断をした。
恋人同士なら、馬車内での情事は普通にある。
いつか、レティシアはそれを経験することになるのかもしれない。
サオリは、少し冷めたハーブティーを一気に飲み干した。
「さぁ、ドレスの試着をしましょうか!」
────────── next 感謝祭(前日)2
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