前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第6章

86 兄妹の苦悩2

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「殿下がお泊りになると聞いて、お前が共寝だと騒ぐ気持ちも分かる。分かるが…レティシアはそう簡単に殿下には食いつかない」

「…食い…ちょっと、お兄ちゃん…言い方!」

「殿下もちゃんと心得ていらっしゃる。だから手を焼いているともいえるが…それだけ、レティシアを大事にされているんだ」

「大公殿下は、レティシア様がお好きよね?あんなに幸せそうな表情は初めて見るもの。でも…お兄ちゃんって、レティシア様のこと…さ…」


ロザリーは、ルークをチラッと気遣わしげに上目遣いで見る。


「何だ?ロザリー」

「私たちは子孫を残さないと決めてるから、好きとか…そんな感情を持つこと自体無意味だって分かってる。だけど…私、レティシア様ってすごいと思う。お兄ちゃんは、女の人と碌に話もしなかったのに」

「いや、話したくても女のほうが逃げて行くんだぞ」

「だって、怖いもん」

「……怖がらせると分かっているのに、わざわざ話し掛けたりしない。まぁ、レティシアは最初から俺に立ち向かって来たけどな」 

「やっぱり、すごい!」


どうして妹とこんな話をしているのか?そう思いながら、ルークはロザリーの頭を優しく撫でる。


「ロザリー、俺たちは…命の恩人であるを支えることに全力を尽くそう」

「…うん」

「レティシアは少し変わってるんだ」

「パーティーのお手伝いとかするとね、いろんな女の人を見るの。大概は…奥様の悪口とか、誰かのドレスが古いとか…意地悪くて嫌い。でも、レティシア様はそういう人たちとは全然違うわ。異世界の人だからなの?」

「さぁな、だが…その辺の貴族とは真逆と言っていい」

「私、レティシア様のこと好きよ。お兄ちゃんは?」

「…人として…魅力的な存在ではある…」

「それは好きってことね。お兄ちゃんも、レティシア様と一緒に過ごすのは楽しいでしょう?これくらいの幸せは、私たちにもあっていいはずよね…?」

「あぁ…そう思う」


ここまでレティシアに懐いていたのかと、男女の違いはあれ…ルークは兄として複雑な気持ちになった。



─ 妹の“小さな幸せ”は、守ってやりたい ─




──────────
──────────




ルークとロザリーは、特殊な血を持つ“赤髪の一族”の兄妹。


魔法が効かない体質といわれている“赤髪の一族”。
いつの時代からか『その血肉を喰らえば魔法耐性がつく』と噂され…今では、黒魔法耐性薬のとして命を狙われるようになった。

治癒や回復の魔法を白魔法、攻撃や破壊の魔法は黒魔法とも呼び、魔力の有無に拘らず黒魔法は多くの者たちにとって脅威となる。
黒魔法耐性薬は、身を守るアイテムとして裏社会では高値で取引きをされている違法薬物の一つ。



街に上手く溶け込んで生活をする一族の者たちもいる中で、ルークの両親は山奥に身を潜めて小さな集落を作り、ひっそりと暮らしていた。
そんなある日、どこかの強欲な貴族の私兵によって村が襲撃を受ける。


子供たち数人を引き連れ、村からさらに山奥へと遊びに出かけていた当時14歳のルークは、村の方角から火の手が上がっていることに気付いた。

急ぎ戻ったルークの目に映ったのは、燃やされた家と、殺された両親や村の大人たちが荷物のように縛られ…荷車に積まれている無惨な光景。
動揺した他の子供が叫び声を上げ、武装した私兵に気付かれて追われたルークたちは散り散りになる。


どこをどう逃げたのか…ルークは覚えていない。


ロザリーを抱えてイバラだらけの山の中を無我夢中で走り抜け、背中に鋭い痛みを感じ地面に転がった後は…ロザリーに必死で覆い被さった。



    ♢



「ギャーーーーッ!!!!」



『断末魔とはこういう声か』
ルークは混濁する意識の中でそう思い、泥に塗れ気を失ったロザリーを力の入らない腕で抱えて振り返る。

そこには、青白い炎を身に纏い金色の瞳を光らせた長い髪の男が、追手であろう六人の男たちを空中に吊るし上げている姿があった。



─ ガシャ ガシャ ─



男たちは血で真っ赤に染まった武器を次々と手放すと、首を掻きむしって口からゴボゴボと泡を吹きながら全身を痙攣させ、もがき苦しんでいる。


「ゴードン、全員捕えておけ。ただし…人として扱う必要はない」


ズシャッ!と…鎧が重なった鈍い音と共に、男たちの身体は操り人形の糸が切れたように地面へ崩れ落ちた。


「しっかりしろ!私はアルティア王国の者だ、敵ではない。私の声が聞こえるかっ?!」

「…いも…と…を、妹を…助けてくださ…っ…」

「……お前…」


ルークは最後まで話し切れずに、大量の血を吐き出してロザリーを手放す。
丁度、山の斜面を一直線に駆けて来るカインの姿を見つけたアシュリーは大声で叫んだ。


「カインッ!こっちだ!!治癒師を頼む!!…もう一人少女がいる、手を貸してくれ!」

「…子供…?!」


ただ事ではないアシュリーの声に駆けつけたカインは、ロザリーを抱き上げ自身のコートで包むと、チラリとルークを見た。


「レイ、ここは赤髪の一族の集落…白魔法は無駄だ。この少女は大きな怪我はないし、生きてる。先に戻ってるぞ。…あぁ、下のクズどもの始末は終えた」


諦めろと…遠回しにそう言って、カインはロザリーを抱え素早く走り去る。
カインの言葉の意味が分からないわけではない。それでも急いで手持ちの薬を取り出したアシュリーは、ルークの背中に刻まれたおびただしい数の傷と溢れ出る血を見て絶望した。


「…クソッ…薬が足りない…誰かっ!皆持っている止血薬を渡せっ!!早くっ!!」


冷えていく身体を毛布で覆われ、痛む背中に何かを塗り込められる感覚に安心したのか…ルークの意識が遠のく。


「…よく…妹を守った…」



─ 違う ─

─ 俺は、妹以外…誰も守れなかった ─



他の子供たちは見つからず、村は全滅。
集落を襲撃した貴族は厳しい裁きを受けた。



    ♢



ルークとロザリーがアシュリーに助けられて三年。
ロザリーはクロエ夫人の下で側仕え見習いとして毎日を過ごす傍ら、同じくアシュリーに命を救われたラファエルと一緒に剣術を学んだ。

ルークは15歳でアシュリーの私兵として側に仕え、今では“狂犬”と呼ばれている。



──────────
──────────




「お兄ちゃん、レティシア様の護衛のお仕事をしっかりね」

「分かってる。ロザリー、レティシアのことは殿下に任せて…今夜は早く休め」

「うん」


ルークとロザリーが今こうして生きているのは、アシュリーのお陰だ。

ルークも死ぬような思いを経験したが、レティシアは『一度死んだ』と言った。
彼女を再び死の危険に晒すようなことは、絶対にあってはならない。それが、ロザリーの幸せにも繋がる。

無意識に、こめかみにある小さな傷をそっと撫でた。










────────── next 87 大公の苦悩









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