前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注：期間限定)

ラスティア国

79 新生活再び

アルティア王国領内にあるラスティア国は…大昔、王族が兄弟で土地を分け合った際に生まれた国。


他にもいくつか小国が存在していたが、君主を持つ国として成り立っているのは現在『ラスティア国』のみ。

唯一小国として残ったその理由は、魔法石にある。

特に鉱物から採れる魔鉱石の産出が大きく、採っても採っても枯渇することのない…神の力が宿った不思議な土地を土台としていた。


王国内では、魔法石の管理は王族に限られている。
大物貴族や、やり手の領主などがその扱いを手中に収めたいと思ってもそれは不可能。

故に、貴族たちにとって“王族との繋がり”は…喉から手が出るほど欲しいものだった。


アルティア王国で魔法石の輸出を担当しているのは、アシュリーの姉二人。
すでに結婚している二人には宰相と魔法師団長という最強の夫君がおり、貴族男性たちはお近付きになることが難しい。
しかし、アシュリーが成人すればその役目を譲る考えを示していたため、王国内ではアシュリーの争奪戦・・・が水面下で日に日に激しくなっていた。


欲望を剥き出しにする貴族たちと絡む煩わしさから逃れたかったアシュリーは、姉たちに了承を得た後、ユティス公爵からラスティア国の大公職を引き継ぐ。

王国に比べれば、扱う魔法石量が大幅に減る上に、ラスティア国での取引は魔鉱石が中心となり…魔法石の輸出の中でも花形とは言い難い。
貴族たちの期待を大きく裏切り、一線から後退した。


それでも…貴族最高位の大公という身分が好まれることに変わりはないのだが、アシュリーが俗物を嫌う人物であるとハッキリその色を示したことで、古狸たちは『厄介だ』と感じずにはいられなかった。



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…そんなラスティア国で…
レティシアは、主に魔法石の輸出に関する他国とのやり取りを補佐サポートする秘書官として…再出発をする。


初出勤から一週間、誰も訪ねて来ない新設の個人秘書官室で『これ幸い』と…ただひたすらに貿易の知識や他国の情報を頭に叩き込んだ。

アシュリーがこの状況を静観していると分かっていたレティシアは、有意義に時間を過ごす。


ルークは、レティシアの護衛として一緒に魔法陣で宮殿へ移動後、私兵待機室で従者ｓと共に控えていた。


部屋の並びは、通路奥から
『個人秘書官室』
『執務室』
『私兵待機室』
『護衛騎士待機室』
『秘書官室』
と…なっていて、個人秘書官室と私兵待機室は執務室と続き間。



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この一週間で一番変化を遂げたのは…アシュリーである。

毎日レティシアに癒され、睡眠の質が急激に上がったことで超健康体に。
食欲が増え、血色がよくなり、肌と髪の艶までも増した。

そもそも頭脳明晰なアシュリーの思考回転率がさらにパワーアップ…山積みの書類を捌くスピードにも拍車がかかる。


レティシアが来てから明らかに様子が変わった…と、誰もが気付いていた。


秘書官、文官の六人は、アシュリーと直接やり取りをする機会が多く、その急激な変貌ぶりにレティシアの存在が気になり始める…がしかし、全員がレティシアとは一度挨拶をしたっきり。
個人秘書官室から出て来ないレティシアとは、会う機会もない。


レティシアは、彼らより早く宮殿に来て…遅く帰る…社畜だった。実際は、個人秘書官室の奥私室で寛ぐ時間も楽しんでいるとかいないとか…。


“顔合わせ”の時点で、レティシアから決していい印象を持たれていないという自覚・・がある秘書官室の者たち。
新米の女性秘書官など役に立つわけがなく、その美貌を見て『あぁ…お飾りが来た』と…六人中何人が思ったか…。

その後、アシュリーからレティシアが聖女サオリと同等の扱いを受ける“異世界人”だと聞いても…実体を目にすることがないまま現在に至る。



そんなレティシアと秘書官三人が対面することになったのは、二日後…他国の王子がアポなしで突撃してきた時だった。




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友好国の一つであるザハル国の第四王子チャドクは、珍しい魔法石を集めるのが趣味という…有名な放蕩息子。

近くを通ったから挨拶に来た…と、野獣のような従者を引き連れて執務室まで我が物顔で強引に侵入をする。
その日はカインが騎士として執務室内に立っていたが、他国の王子となると…強く制することがやはり難しい。


秘書官三人を集めて報告を受けている最中だったアシュリーは、飛び込んできたチャドクの姿に『またか』と…大きなため息をついた。



チャドクの厄介なところは、その性格の悪さと…ラスティア国にザハル国の言葉を完璧に知る者がいないこと。
ザハル国は多民族国家で言語が入り乱れており…いくつか民族語を学んだとしても、教科書通りにはいかない難しさがある。
チャドク自身は、ラスティア国の言葉も含め多国語を話せるのだから、よりタチが悪いというもの。

最も語学が堪能な秘書官のドレイクス子爵(40歳)でも…不可解な言葉を通訳できずに振り回され…チャドクは何だかんだ難癖をつけては、高価な魔法石を格安で奪っていく。

ドレイクスの顔色は…すでに悪くなり始めていた。


数年前から毎回台風のように突然やって来て、ラスティア国には大災害であるのだが、年二回ほどという…大事にならない絶妙なペースでの襲来に、チャドクの狡猾さが現れている。

魔法石の豊富なラスティア国が、貿易相手国であるザハル国と無駄に争いを起こすべきではないと…これまで見逃してきたことに味を占めたのか、チャドクの傲慢な態度が目につく。


「はぁ……、カイン…レティシアを呼べ」


チャドクには一度苦汁を飲まされているアシュリー。
これ以上…好き放題させるわけにはいかない。



　　　





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※明日も公開予定です