前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

文字の大きさ
上 下
70 / 198
第5章

70 馬車にて2

しおりを挟む


    ♢



感謝祭を主催するサオリは、可能ならばパーティー会場にアシュリーとレティシアの二人を揃えたいと思ったに違いない。

察しのいいサオリにいろいろと先手を打たれてしまい、参加するよう煽られたアシュリーはそれを感じ取っていたが、何も知らないレティシアは完全に振り回され慌てていた。


アシュリーは、レティシアに恋をしている自覚がある。いつだって彼女に触れたいし、抱き締めたいと思う。
涙を流したり悩む姿を見ると、なぜか猛烈に口付けたくて堪らない。自分のせいで困らせてはいけないと分かっているのに、より愛しさが増して、感情が溢れ出すと調節が利きにくい。
それが魔力と同調して強い香りとなり、レティシアを酔わせ…恍惚とさせているのだと実感した。


レティシアへ向ける愛情は“濃い香り”として驚くほどすんなりと受け入れられ、加護を侵したと雷撃を受けることもなかった。
目元や髪に口付けても嫌がる素振りはなく、柔らかな身体をピタリと添わせ眠そうに甘える姿が可愛くて…いつか、魔力香に酔っていない彼女と心から愛し合える日が訪れるのではないかと期待してしまう。
心の奥底で、絶対に無理だと嘲笑う真っ黒な自分が正しいと思いつつ、この初恋を諦めたくないと愚かにも踏ん張っている。


「魔力香に、早く慣れて貰わなければな」


何をしても許されそうな雰囲気に呑まれて貪ってはならない…欲しいのは、レティシアの心だ。



    ♢



(…はっ!…)


目を見開いたレティシアの視界に映ったのは、馬車の窓を少し開けて外の様子を見ている…美しいアシュリーの横顔。


「た、大変申し訳ありません。まさか、また寝ていましたか?!」

「ほんの少しだけ…かな?」

「…すいません…」


レティシアはアシュリーの膝の上で、横抱きにされて座っていた。彼の上着の胸元に強くしがみついたレティシアの手が固まっている。
慌てて膝から退こうとしても、アシュリーの強靭な腕はびくともしない。解放するつもりが全くなさそうなので早々に諦め、握り締めていた上着のシワを無言で伸ばした。


「聖女様から、レティシアは私の魔力香で心が安らぐと聞いた…効果はどうだ?」


(…殿下は、私のために魔力香を強くしてくれたの…?)


「…はい…殿下のお陰で今は気持ちが落ち着いています。勿論、パーティーの件は深く反省しております。馬車の中では魔力香が満たされて濃くなるので、効果があり過ぎるくらいです。ありがとうございました」

「…それは…うん…そうだな…眠る可能性が高いならば、やはり慣らす訓練は夜にするべきか」


そう言って思案するアシュリーの膝に乗った状態で、レティシアはふと自分の頬に手を当ててぼんやり考える。


(…キスする必要って…あったのかな?)


「レティシア」

「は、はい!」

「私の魔力香がいい香りだと言うが…好きなのか?」

「…え?…あぁ、えぇ、そうですね。緊張が緩むといいますか…ホッとするので、好きな香りです…」


『好き』と言われて、アシュリーが満足気な表情をしていることに…鈍感なレティシアは気付かない。




──────────
──────────




「私が新たな大公となってラスティア国を引き継いだ後、叔父上は王族を抜けたんだ」

「抜けた?あ…だから、公爵とお呼びするのですね。…王族からも離脱できるとは驚きました」


(侯爵家に除籍を願い出た私が言うのも…アレですけれど)


「細かな制約はあるが、まぁ…王位継承権を放棄して、王族の血を持つ者を後継にしないと約束をすれば…可能だな。叔父上は、血を繋ぐ責務から抜けた」

「こちらの王族の皆さまは円満なご関係だとお聞きしていたので、だからこそなのでしょうか?」

「確かに、各国によって王家には気質というものがある。君が言う通り、我が王国の王族は信頼関係が厚く皆仲がいい」


ユティス公爵夫妻には子供がいない。
そのため、王族から離れた後に血の繋がりのない養子を迎え入れることが決まった。夫妻は、それを待ち望んでいたのだという。


「仲がいいといえば、元・兄のジュリオンだったか?…彼はレティシアを溺愛していたそうじゃないか?」

「大変に妹想いのお方です」

「…トラス侯爵家でも、十分生活はできただろうな…」

「え?」

「ルブラン王国では、高位貴族に若い当主が増えてきた。トラス侯爵が、後数年でその座をジュリオンに譲り渡すのは目に見えている。彼から溺愛されているレティシアであれば、侯爵家にいても自由に過ごせていたはずだ」


要するに、レティシアが除籍を決めたのは時期尚早だったのかもしれない…という話。


「殿下の仰る先の見通しは、異世界人の私には難しい…かといって、今さら残念に思うわけでもないです。
侯爵家での自由とは、おそらく邸内限定ですよ。外に出せない私は囲われて…引き籠もり令嬢になるんです。それが嫌なら、その気がなくてもハリボテ令嬢を演じなくてはなりません。私には貴族令嬢としての資質はゼロですし…誤魔化すのだけが上手くなって、泥沼化する未来しか見えないではありませんか?」

「…うん…引き籠もりは…ちょっと無理かもな。レティシアは現状に胡座をかくタイプではないから、その気になれば一生懸命に学んで立派な令嬢になれたと思う。でも、君は気が向かなかった。だから、今こうして私の腕の中にはレティシアがいる。それでいい…この国で、私の側で…安心して自由に過ごして欲しい」


『どこにも行くな』と言われているようで、レティシアは何も答えられないまま膝の上で抱かれていた。



…ドキドキ…ドキドキ…ドキドキ…



…ガタゴト…ガタゴト…ガタゴト…



ユティス公爵が君主時代から別邸として使用していたという現・公爵邸は、宮殿からかなり離れた場所にある。

邸に到着するまで、レティシアのドキドキは続いた。



(通勤、遠くない?)










────────── next 71 ユティス公爵邸









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

処理中です...