前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

文字の大きさ
上 下
63 / 198
第4章

63 長い夜3

しおりを挟む


…スー…スー…スー…



膝枕で穏やかに眠るアシュリーから、規則的な寝息が聞こえて来る。レティシアの細い腰に左腕をしっかりと絡め、ホールドした状態でうつ伏せになって寝ていた。


ナイトテーブルに置かれた蝋燭の灯りがユラユラと揺らめく度に、白い敷布の上に広がる長く艷やかな黒い髪が波打って見え、幻想的な情景を作り出していた。
仄かに明るい室内はしんと静まり返り、まるで王宮全体が眠りについたかのよう。


(…物音ってここまでしないもの?…魔法かしら?)


柔らかなヘッドボードにもたれ、蝋燭の炎キャンドルが織り成す夢幻的な空気にぼんやりしながら、アシュリーの髪をそっと撫でて…ゆっくりと瞼を閉じた。


「…殿下…どうか…いい夢を…」



    ♢



…スー…スー…スー…



微睡んでいただけで完全には眠っていなかったアシュリーは、ヘッドボードに身体を預けて静かに眠るレティシアの寝顔を眺めていた。

陶器のようにきめ細やかな肌、長い睫毛と真っ直ぐな鼻筋、ほんのりピンク色をした頬、瑞々しい果実のような唇。小さな顔に、整ったパーツが正しく並んでいて美しい。

異世界のパジャマを着てはしゃぐレティシアの愛らしい姿を思い出し、自然と頬が緩む。


「…ぬいぐるみかと思ったよ…」


こうしていつまでも見つめていては…レティシアが休まらない。アシュリーは、上体を起こしたまま眠っているレティシアの身体を優しくベッドへと横たえた。

部屋にはベッドが二つある。別のベッドへ運べばいいのだが、アシュリーはそうしなかった…したくなかった。


「私が先に起きれば、それで済む」


誰に言うともなく呟いて、レティシアが寒くないように上掛けでしっかりと包んでから、そっと胸に抱き込んだ。


薄暗がりでアシュリーはふと思う。
邪な感情男の下心を滅する銀の指輪の力はどうなったのか?…無意識に、ガウンのポケットに忍ばせた金の指輪に触れた。
『物は試し』とサオリに発破をかけられた結果、己の欲と本能が漏れ出ていることに気付く。


「…まいったな…聖女様は本当に抜け目がない…」


今後、今夜のような触れ合いが“解禁”になるというのに…いい夢を見ようにも、アシュリーは興奮して寝付けない。




──────────
──────────




レティシアは裏表のない性格。
素直で、誰に対しても分け隔てなく堂々と接する。それに、感受性豊かで涙もろい。

アシュリーの言葉に可愛らしい反応をするかと思えば、時に魅惑の表情で心を揺さぶる発言をしてくるところも興味深く、異世界の記憶を持つ彼女の思考や物言いはとにかく新鮮。


レティシアは、アシュリーに王族らしさを全く求めない珍しい人物。自分がどれ程稀な存在であるのか、彼女が気付くことはないだろう。

王族は王国の全てを司る。揺るぎない権力と、その強さの証として権威を示して行かなければならない。
そんなアシュリーに『愚痴を言え』というのだから驚いた。弱音など吐いていては統率者になれない、そう思うのに…染み付いた固定観念から抜け出して、弱さや本音を曝け出しても許されるような気持ちになるから不思議だ。

外見のみならず内面も魅力的なレティシアは、知れば知るほど手に入れたくなる。



期間限定だと初めて聞いた時のショックは、予想以上に大きかった。

見知らぬ世界で“前世の記憶”だけを持って目覚めたレティシアが人として生きて行くためには、魂と身体の同化が最優先となる。
そんな時に、触れる触れないといった面倒事に巻き込まれたくないと考えるのも、恋愛にまで踏み込む余裕がないのも…至極当然だと理解をした。
それならば、特別な存在の彼女を側で大切に守り、時間の許す限り愛でていこうと誓う。


レティシアの雇用に成功し、手元に置けると確信した時は、そこまでで十分だと心が満たされた。


甘かった。


初めての淡い恋心を自覚してはいたが、レティシアを困らせると知った後は自重するつもりだった。


甘かった。


彼女を目の前にすると、感情や欲望がどうにも抑えられない時がある。
髪はフワフワ、頬を撫でれば滑らかで、細い身体を抱き締めれば柔らかく…微かに甘い香りがする可愛い女性。触れるなというのは無理で酷な話だ。



    ♢



異常体質になったのは、9歳で魔力暴走を起こし、体調不良から原因不明の熱病に侵された後のこと。

聖女サオリの“癒しの力”に助けられた後も、試練は続いた。
女性が集まる茶会で冷や汗をかいて何度も退席し、同世代の集会では歯を食いしばって長時間耐えたこともある。

今では、挨拶程度なら女性が差し出した手に軽く触れても平静を装えるまでになった。当然、手袋は手放せない。


この数日は、そんな不快で苦しかった過去を忘れてしまったかのように過ごしている。
触れたいが、たとえ触れなくても…レティシアには側にいて欲しい。




──────────




翌朝、ではなく…昼過ぎ。アシュリーはレティシアの豊かな胸に顔を埋めた状態で、先に目を覚ます。









────────── next 64 翌日(1/2)









    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

処理中です...