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第4章
47 再会
しおりを挟む紫色のローブの行列もそろそろ終わりかと思われたところで、見覚えのある銀髪がレティシアの目に映った。
何かを探すようにキョロキョロしながら歩くその男性は、揺れ動く髪がキラキラと光って一際目立っている。
「…え?…あれ…レイヴン様…?」
レティシアが小声でそう言った瞬間、男性と目が合う。
「…レティシア…?」
帝国魔塔の集団の中にいたのは、ルブラン王国の養護施設で別れたはずの大魔術師レイヴン。
帝国の人間であるレイヴンと、平民となってアルティア王国へ渡ったレティシア、もう会うことはないだろうとお互い思っていた。驚いた様子で駆けて来るレイヴンに、レティシアも歩み寄る。
「気配を感じて…まさかと…君は、ここで何をしている?」
「レイヴン様、それについては私も同じ質問をしたいです」
「いや…私は…巡礼のようなものだ」
困惑気味に美しい紫の瞳を瞬かせると、レイヴンはレティシアの両肩を大きな手で包み込んだ。
「その後、身体に問題は?」
「問題があるのかないのか…自分ではよく分かりませんが、レイヴン様の魔術のお陰で元気に過ごせていると思います」
「…そうか…」
レイヴンは、レティシアの頬にほんの少し触れる。
冷えた指先に小さく反応するレティシアを優しい眼差しで見つめ、ホッとしたように軽く頷いた。
「今のところ、異常はないようだな」
♢
帝国魔塔のレイヴン。
間もなく魔塔の主となる大魔術師は、エルフと人間のハーフ。
エルフの力の象徴…自然界から神力を生み出す“神樹”に触れることを許された、この世界に10人しかいないエルフの長。その最たる存在であり、尊い『10人目のエルフ』として有名だ。
そんなレイヴンと何の結びつきもなさそうなレティシアが普通に会話をしている姿に、アシュリーは呆然とする。
レイヴンの放つ圧倒的な存在感と濃い魔力は、周りの者に重く感じる。アシュリーですら、少し距離を取っていたいと思う程。
しかし…レティシアは全く気にならないのか、その懐の中にスッポリと入り込んでしまっていた。
「皆の者、先に行け。私に構わずともよい」
立ち止まっていた紫色のローブの集団が再びゾロゾロと動き出すのを見届けたレイヴンは、アシュリーに向き直る。
「大公殿下、お久しぶりです」
「レイヴン殿…ご無沙汰いたしております」
「レティシアは大公殿下とご一緒だったようですね。彼女と少し話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「えぇ…レティシアがいいのなら」
「私も、レイヴン様とお話したいです」
レイヴンに『否』と答えられる立場でもなければ、笑顔のレティシアを引き止める理由もない。
以前、レティシアが言っていた“知り合いの魔術師”とはレイヴンのことであったのだと…アシュリーは確信した。
「では…30分後に、またここでお待ちしています」
レイヴンとレティシアが揃って廊下から庭へ向かって歩いて行く後ろ姿を眺め、モヤッとした気分を抱えたまま…アシュリーは仕方なく一旦部屋まで戻る。
──────────
「この王国でレイヴン様にお会いするだなんて、夢にも思いませんでした」
「他国で会うとはな…侯爵家との関わりを絶って、ルブラン王国を出たのか?なぜラスティア国の大公殿下と一緒に?」
「実は大公殿下の秘書官になりまして…今日、この王国に着いたところです」
「秘書官?」
レイヴンは、眉根を寄せた怪訝な表情で首を左右に捻る。
「ここは魔法の国、生活基盤は魔力を持つ前提で作られている。魔力がなく魔法の使えない君を、大公殿下はどうして連れて来たのだ?…待てよ、そもそも彼は女嫌いではなかったか…」
「…それについては…本当にいろいろとありまして…」
現在に至るまでの経緯を簡単に説明すると、レイヴンの表情が曇る。レティシアがアシュリーと複雑に絡んでいる事実を知って、やや難色を示した。
(…レイヴン様の綺麗なお顔が…しかめっ面に…)
「…前より…面倒な状態になっているのでは…?」
「こんな私でも、大公殿下が受け入れてくださるので…秘書官をやってみたいと思っているんです」
「王族と深く関われば、簡単には抜け出せなくなるぞ。…まぁ、それがレティシアの選択ならば…頑張ってみるといい。どの道、私がしてやれることは一つだからな」
レイヴンは『何があっても目を閉じていろ』と言うと、この間よりも長くブツブツと…レティシアにもよく聞き取れない難しい言語を紡ぎ始める。
目を固く瞑ったレティシアの額に、レイヴンの唇が軽く触れた。
一瞬カッと額が熱くなり、そこから身体の隅々まで熱がジワジワと広がり染み渡っていく。
「…これでいいだろう…」
「レイヴン様…また魔術を?」
「あぁ、似たようなものだ。見たところ、然程同化は進んでいないな」
「この身体で生きていくしかないと分かってはいますが、覚悟が足りないのでしょうか」
「レティシアの身体は、大魔術師である私が守っている。焦らずゆっくり馴染んでいけばいい、何も問題は起こらない」
「…ありがとうございます…」
「大事なのは…君らしく、自由に生きていくことだ」
浮かない表情を見せるレティシアの背中を叩き『もっと楽しめ』と、レイヴンは励ました。
(侯爵令嬢のレティシアには自由がなかった、だから…そう言ってくれるのかも)
レイヴンは“現世のレティシア”に深い愛情を注いでいた人物。
それでも、以前と見た目の変わらない今のレティシアを正しく別人と区別した上で、できる限りの手を尽くしてくれる。
(…とても有り難いわ…レイヴン様は大人よね…)
大魔術師レイヴンの正体が長寿のエルフである事実を、レティシアはまだ知らない。
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