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第3章
36 大公殿下
しおりを挟む「…あっ…」
ぼんやりと霞がかった意識の中から、レティシアはハッと目を覚ます。
(まさか…私、また寝てしまったの?!)
曖昧な記憶に混乱して顔を上げると…目の前で、厳かな光に包まれたアシュリーがキラキラと煌めいていた。
「…は…伯爵様…」
「大丈夫だ」
「…どこがっ?!」
発光する人間を初めて見たレティシアには、何がどう大丈夫なのかが全く理解できない。
「心配しないで、少しだけ目を閉じていてくれればいい」
アシュリーはレティシアを膝から下ろして座席に座らせると、目を瞑るように言う。
そうしている間にも、輝きは勢いを増していく。
(眩しい!…目を開けていられないわ)
大人しく言われた通りにするレティシアの耳には、衣擦れの音と、ドキドキと騒がしい自分の心音が聞こえていた。
♢
「…もういいよ…」
「…………」
恐る恐る目を開けると、向かい側の座席にはレティシアの…いや、瑠璃のタイプど真ん中のイケメンが座っていた。
「…へ?」
レティシアは、驚異的なスピードで瞬きを繰り返す。
その男性の顔を見ただけで、ドキドキがバクバクに変わり…左胸で心臓が踊っている。
(め…めちゃくちゃ格好いいお兄さんがいる!!)
艶めく漆黒の長髪。
涼やかな目元。
明るい金色の瞳は獣の目のようで、中心が赤い。
キリッと凛々しい顔立ちは甘さ控え目、わずかに柔和な雰囲気を感じるのは…優しく微笑む口元のせいだろう。
いかにも健康的で鍛え上げられた肉体が、シャツの中で窮屈そうにしている。
シャツのボタンは上から三つを外してあるというのに、厚い胸板で四つ目のボタンが弾け飛びそうな程。つまりはピチピチで、明らかにシャツのサイズが合っていない。
上着はというと…座席の隅に放置されていた。
「…レティシア…?」
(…伯爵様と同じ声をしているわ…)
可能な限り動揺を抑え、じっくりと観察をしたレティシアは真剣に怪しんでいた。
走行中の馬車内に二人きり、もう一人が“アシュリー”で当たり前だと思われる状況。しかし、顔つきも瞳も髪色も違い、肌の色や逞しい体格まで…あまりにも変わり過ぎている。
アシュリーでしかないはずなのに、アシュリーではない。
「…お兄さん…誰?」
そう呟いたレティシアは、黙っているアシュリー(仮)をチラッと見た。
「…伯爵様が…いなくなった…」
か細いレティシアの声を聞き、これ以上は堪え切れないといった感じで、アシュリー(仮)が『ブハッ』と吹いて笑い出す。
「………ちょっと…」
「ハハッ!…すまない…レティシアが…おかしくって」
(この笑い方!…間違いない、伯爵様だわ)
「誰のせいですか?!」
「…ごめん……ハハッ…」
「笑ってないで、ちゃんと説明して!」
聞き慣れたアシュリーの笑い声に、レティシアの緊張が一気に解れていく。その後も笑い続ける…彼の口から出た言葉は、意外なものだった。
「先に言っておくけれど…私は、君に身分を隠すつもりはなかったよ。私の名は、レックス・アシュリー・ルデイアという…」
「…ルデイア?…シリウス伯爵じゃ…」
「前に一度、ラスティア国を治めていると言っただろう?本当の私は、伯爵ではなく大公…王族なんだ」
──────────
「お帰りなさいませ、アッシ……大公殿下…」
ホテルには馬車の乗降口と待合所がある。待機していたルークは素早く駆けつけて来て、恭しく頭を下げた。
レティシアは、アシュリーに“お姫様抱っこ”をされて馬車を降りる。
筋肉質な腕でガッチリと支えられ、うれしいやら恥ずかしいやら…心臓は破裂寸前。
「その、顔を両手で覆い隠して茹でダコ状態になっている女性は…レティシアでしょうか?」
「そうだ」
(ルーク、見たままを表現しないで!私よわたし!この人が抱き上げられる女が、私以外どこにいるの?!)
「私の姿に驚いて、腰を抜かしたらしい」
「では…殿下は急ぎお着替えをなさってください、髪も解けていらっしゃいます。レティシアは、私が預かりましょう」
アシュリーの服装を見たルークは、迷わずサッと両手を差し出す。
「いや…いい、このままレティシアを部屋まで連れて行く。ルークは荷物を頼む、全て彼女のものだから」
「畏まりました」
♢
「少し休んで、また後でゆっくり話そう」
「…はい…」
ベッドの上で呆けているレティシアの髪を撫でたアシュリーは、ルークが紙袋や箱をテーブルに綺麗に並べていく姿を横目で見ながら、静かに部屋を出て行った。
「…まぁ、そりゃ…そうなるよな…」
頷いたルークも、レティシアの部屋を後にする。
──────────
─ ポスッ ─
レティシアは座った姿勢のまま…ベッドへと倒れた。
「あれが…本当の姿だったなんて。魔力のせいで早熟って言ったかしら…見た目は20代前半…」
ラスティア国を治める“大公”。
要するに、アシュリーは国で一番偉い人物。王族である彼なら、レティシアを“聖女”に会わせることも可能だという。
爵位を複数所持するアシュリーは、魔法で姿を変え“シリウス伯爵”として貿易関係の外交を行っている。
(変身の魔法って、一時だけに使うものではないのね。本当に信じられない)
「…でも…何かもっとすごいことがあったような?…変だわ、思い出せない…」
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