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第1章
14 出会いと別れ
しおりを挟む「「「レティシア様~遊んでぇ」」」
(お子様たち、めっちゃくちゃ可愛いじゃない!)
「はいはい!えーと…何して遊んでいたのかなぁ…今まで?」
レティシアは子供たちに手を引かれて外へと飛び出したものの…どんな遊びをすればいいのか?首を捻った。
「え~?レティシア様、何か変だぁ~」
「ね、おかしいよね?」
「どうしたのぉ…?」
(クッ…流石お子様、ド直球!)
「ちょっと、頭をぶつけちゃって…馬鹿になったのかも」
「バカ~?頭痛いの?可哀想~」
「うん、僕がナデナデしてあげよっか?」
「私もぉ~いっぱいナデナデするぅ」
(…可愛い…何これ天使?…可愛過ぎる…)
「ふふっ…ありがとう。じゃあ、皆でナデナデして慰めて?」
レティシアは案の定もみくちゃにされたが、小さな子供たちの純真無垢な姿にかなり癒される。
♢
「さぁ、おやつにしますよ!美味しいお菓子をいただいたから食べましょう」
「「「「はぁ~~い!!」」」」
「ちゃんと手を洗っていらっしゃいね~」
施設の先生の一声で、追いかけっこや泥遊びをしてヘトヘトだったレティシアの周りには、誰もいなくなってしまった。
「…お菓子の威力がスゴイ…」
目覚めてから、こんなにも外で走り回ったのは初めて。
服はもう泥だらけ…構わず大きな木の根元に座って休もうとすれば、屈んだ途端に足が悲鳴を上げる。
「イタタタタ!…きっと明日は筋肉痛間違いなしね、早目に荷物を片付けておいて正解だったわ」
木の幹に寄りかかり、何となく空を見上げて少しの間まどろんだ。
見る限り、この施設の環境はとてもよかった。
建物や部屋に多少の傷みは見られるが、子供たちは食事や愛情に飢えていない様子。遠くから聞こえる賑やかな笑い声を耳にして、レティシアは安堵する。
(…ん?)
目を瞑っていても、光を遮られて周りが暗くなれば気付く。
不思議に思って目を開くと、頭上には紫水晶のように透き通った綺麗な瞳が二つ。
「わっ!!」
目鼻立ちの整った美男子が、サラサラの銀髪を柔らかな風になびかせ…こちらを覗き込んでいた。
初めて見る色を纏ったその姿に、レティシアの視線は釘付け。
「…?!!!…」
「…レティシア…?」
遠慮がちにレティシアの名を呼ぶ謎の男性は、訝しげな表情でスーッと手を差し出してくる。
まるで、いつもそうしているかのように。
(私を、レティシアを知ってる…この人は誰?!)
身動きが取れない状態で固まるレティシアの右頬に、ヒヤリと冷たい指先が当たる。その感触に思わず肩をすくめた瞬間、低く…怒りを押し殺す声が聞こえた。
「…レティシア…何があった…」
「………え?」
「君を守るための魔術が酷く傷ついている…なぜだ?」
美しくも険しい顔つき。
白い肌は色素が薄いせいだろうか…こめかみへ浮き出た太い青筋が、異様に目立っていた。
(…魔術…今、魔術って言った?)
「…もしかして…あなたがレイヴンなの?」
「…………」
男性の顔が明らかに強張り、瞳の紫色が濃く変わって揺らいだ。
「…私…記憶がないんです…」
──────────
男性は、帝国の魔塔に所属するレイヴン。
侯爵夫人の言っていた通り、次期魔塔主となる偉大な大魔術師。レティシアが呼び捨てにしていい相手ではなかった。
「ややこしいお話になりますが…聞いてくださいますか?」
レティシアは、自分が本当は“有栖川瑠璃”であり、別世界で身体が滅んだ後にこの世界へ転生したと説明する。
突然の転落事故によって、転生先である“現世のレティシア”の身体から魂が離れてしまったために、半ば強制的に目を覚ました“前世の記憶”しか持たない存在であることを話す。
話を聞いていたレイヴンは、眉根を寄せて目をギュッと強く閉じ…レティシアが全てを話し終えたころには、両手で顔を覆って俯いたままピクリとも動かなくなってしまう。
(レイヴン様…ショックを受けているのね)
どれくらいそうしていただろうか?
黙っているのも限界だとレティシアが感じ始めたその時、レイヴンが大きく息を吐き出し…顔を上げた。
「彼女の心は…常にどこか危ういような気がしていた。私では支えてやれなかった」
目覚める以前のレイヴンとの関係については、何も分からない。それでも、彼の魔導具や魔法石に助けられて感謝していたはずだと…レティシアはそう思っている。
(今の状況で…上手く言葉で伝えられるものではないわ)
「頭を打った時の怪我は…すぐに治ったか…?」
「…はい、あっという間に傷が塞がっていて驚きました…」
「そうか。身体が無事だったのは、私が魔術を施していたからだ。その結果…魂を失うことに身体が強く反発して、君はレティシアの魂から抜け落ちて取り残されてしまったのかもしれない。
広く出回っていないだけで“禁忌の薬”はこの世に山程ある。どこで手に入れたのか…レティシアの魂は永遠の眠りについた。まさか、そんな無茶をするとは…」
レイヴンは、憂いを帯びた切ない表情でレティシアを見つめる。
「どうしてこうなったのか…少し分かりました。レイヴン様にお会いできてよかったです。私の話を疑わずに信じてくれて…」
「レイヴンと…私を呼ぶはずなどないからな」
「え?」
「本当の名は、彼女に教えていなかった」
「…秘密のご関係…でした?」
「そんな含みのある言い方はよしてくれ。尤も、君が知る必要のない話だ。
なぜ私の名を知っているのか気にはなるが、今それを聞いたところで仕方がない。お互い余計な詮索はしないでおこう」
「そうですね」
「今の君は小さな魂の欠片だ。レティシアの身体と馴染んで同化するには時間が要るだろう。また転落でもしたら大事になる…とにかく、無理をするな」
(…っ!…確かに、そうかも…)
「私は神ではないし、君と身体を無理矢理結びつけることはできない。その代わり、新たに保護する魔術を施しておく」
レイヴンは何か長々と呟いた後に、そっとレティシアの額と自分の額を触れ合わせた。
触れた場所がパアッと一瞬明るく光り、血の巡りがよくなって身体中があたたかくなる。気付けば…服や手足の汚れが落ちて、清潔な姿に戻っていた。
「…ありがとうございます…」
「現世の魂はその身体を離れたが、幸い…私の魔力や前世である君自身への拒絶はなさそうだ」
レティシアは長くレイヴンの魔術で守られていたため、魔力に抵抗のない身体になっていたらしい。
「これからは、自由に生きて行けばいい」
「そのつもりです」
「今日渡す約束をしていた新しい魔導具は、もう必要ないな。今後、私と会うこともない。前に渡した魔導具や魔法石は貰ってくれ」
そう言って…立ち去ろうとしていたレイヴンは、レティシアに引き止められる。
「レイヴン様。魔法石って…もう一つありませんか?」
「…は?」
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