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第1章

1 婚約破棄

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「レティシア、もう一度言う。お前との婚約は破棄だ!私はアンナを新たな婚約者にすると決めた!!」


ルブラン王国、第二王子フィリックスは隣に座るアンナ・パーコット男爵令嬢の手を握り…満面の笑みでそう言った。


「フィリックス様ぁ~」


アンナは豊満な胸をプルプルと、いや…身体全体を左右に揺すりながら、うれしそうに震えている。


「この前もそう伝えたはずだが、黙ったまま…何も言って来ずに半月も私を無視していたな。仕方がないから、今回は父上に頼んで私がわざわざお膳立てしてやったんだぞ。有り難く思え!
まぁ、お前は愛想がないが…妃教育だけ・・は真面目にやっていたようだから、後で側妃に召し上げてやってもいい。私とアンナの役に立つよう仕事に励め!」

「うふっ。どうぞよろしくね、婚約者さんっ!」


アンナは、勝ち誇ったようにニンマリと笑みを浮かべる。



一度は無視していた婚約破棄の話を、とうとう国王から直接突き付けられると知れば、この女は一体どう慌てふためくのか?

フィリックスは、目の前に座るレティシア・トラス侯爵令嬢の…その第一声を待ち兼ねていた。




──────────




トラス侯爵家は国内で多くの巨大商会を運営し、他店との取引、諸外国との流通にも深く関わりを持つ大貴族。
ルブラン王国の物流の要として、最早なくてはならない存在だ。


そんな侯爵家との繋がりを深くしておきたい現国王は、侯爵家の一人娘レティシアが12歳の時、側妃の子であるフィリックスの婚約者にと…ゴリ押しでの契約を交わす。

それから五年が過ぎ、レティシアは17歳。
成人した15歳からは王宮に通い妃教育を受け、厳しい指導も難なくこなしていた。


トラス侯爵令嬢レティシアは、物静かで大人しい。
整った美しい顔立ちが特に際立っているが、喜怒哀楽が乏しいこともあって、社交界ではいつの頃からか『可愛いお人形』と呼ばれるように…。

侯爵家の後継者、明るく社交的な兄のジュリオンとは正反対だと比較されてはいるものの、ひとたび社交の場に出れば…優しいミルクティー色をした柔らかな髪に神秘的な瑠璃色の瞳を持つ“深窓の令嬢”は、貴族たちの視線を独り占めにしている。


第二王子フィリックスの婚約者、美しく聡明なレティシアは『人形』という名の高嶺の花だった。




──────────




一方、フィリックスはその優秀さも含め…婚約者のレティシアに不満を抱いていた。


一つ年下のレティシアは、高位貴族の令嬢として完璧な立ち居振る舞いとマナーを身に付けている。
だが、王宮に招いても最低限の挨拶や会話しかしない。…どうしても、話が続かないのだ。


「クソッ…本当につまらない女だ!」


フィリックスの母親である第三側妃は、三人いる側妃の中で最初に男児を生んだこともあり、住まいなどが優遇され使用人も多い。

常に周りがお膳立てしてくれる“ぬるま湯状態”に身を置き、甘やかされて育ったフィリックスは…婚約者を気遣い優しく接する…という基本中の基本を知らない。
フィリックスにとって、それは自分が受けるべきものであり…他人に施すものではなかった。


『上手くいかないことは、全て周りが悪いせい』


婚約者は可愛げがなく、気に障る存在。
なのに…優秀なレティシアの妃教育は順調で、講師陣たちが皆揃ってベタ褒めする。
同じ講師から指導を受けているフィリックスは、毎度繰り返されるその褒め言葉に辟易していた。


「頭がちょっといいくらい…何だっていうんだよ」



    ♢



フィリックスは成人して貴族学園に通い始めてから、『王子様!』と…多くの女子生徒たちに声をかけられるようになる。
チヤホヤされ、有頂天に上り詰めるまでそう時間はかからなかった。

“ぬるま湯状態”に“異性”という刺激が加わって三年、フィリックスは見事に堕落する。
学業成績は低迷、常に女子生徒を連れ歩き…遂には、パーコット男爵令嬢と学園内でもイチャイチャしだす始末。


成人後に学園へは通わず、王宮で妃教育を二年受けていたレティシアとは…全てにおいて大きく差がついてしまっていた。











    
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