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61 それぞれの夜
しおりを挟む「アナ!お帰り~」
「リンデルさん、エリーゼさん、ただいま戻りました!」
「わっ!なになに、シンプルだけど素敵なドレス~…この光ってるのって宝石じゃない?!」
「これは、侯爵家でお借りしたワンピースドレスなんです」
薬屋に戻ると…女子たちが3人、キャッキャと騒ぎ出す。
「…おい、俺もいるんだが…」
リュウはアドリアナのことをリンデルに頼むと…『疲れたから宿に戻る』と帰って行った。
「私、魔法使いになると決めました」
「「えぇ?!」」
アドリアナは、今後はランセント侯爵家で居候生活をしながら…デビュタントに向けて社交儀礼を学び、同時に魔塔で魔法使いになる教育も受けることを2人に伝える。
「どちらも頑張るのね。でも、帝国の侯爵家かぁ…急で寂しいけど…応援する…」
エリーゼがそう言うと…
「まぁ、リマ王国に戻るか帝国に行くかの選択なら…そりゃあ帝国よねぇ…」
リンデルはアドリアナの髪を愛しげに撫でながら…寂しそうに言う。
「お2人と…デイルさんには、とてもお世話になりました。本当に感謝しています」
アドリアナはリンデルとエリーゼの手を握って何度も頭を下げる。
その目に涙はない。
期待でワクワクした表情のアドリアナに…2人は心からのエールを送った。
─────────
「お帰りなさいませ。…2、3日ぶりのお戻りですか?」
リュウはカンデールの宿泊カウンターにいたアデレードから…先に声をかけられる。
「はい、やっと戻れました。確か今日で一週間でしたね…今、支払いを済ませても?」
「えぇ、大丈夫でございます。明日の出立は…朝お早いのですか?」
「いえ、チェックアウトの間際まで寝ていたいだけですよ」
「それは…お疲れなのですね。ではお会計を………どうぞ、ごゆっくりお休みください」
部屋で入浴を済ませたリュウは、手紙を2通書いた。
アドリアナの無事と、邸に戻る旨を…ライアンとジョージに急ぎ知らせる手紙である。
ナイトが“影”に潜むことでアドリアナの魔力が落ち着いたため…明日、フィリーライツ子爵家へ帰すことにしたのだ。
リュウは、今では滅多に使われない魔法の手紙を送ることにした。
魔法の手紙は、魔法使いが契約している精霊を使って届けると、相手が内容を読んだと同時に消滅する仕組みとなっている。
精霊を通して、手紙が確実に届いたか?その所在もはっきりと分かる。
昔は極秘文書に使われていたもので、火なら燃え、水なら溶け、風なら散り散りになり、土なら砂になる…といった具合で、契約精霊によって仕様は変わるが…最終的に消滅していくのである。
『イフリー』
一瞬…部屋の空気が揺れ動いた後…リュウの手に火の上級精霊である炎の玉が現れる。
『隣のリマ王国まで手紙を頼みたい。どちらの家にも俺の魔法陣を印してあるから、すぐに分かるはずだ』
リュウが手紙を持ってイフリーに触れると、手紙は赤く変色した。
これにより、どの精霊が手紙を運んできたのか?相手にも伝わり…たとえ手紙から炎が出ても驚かずに済む。
イフリーはリュウの手にすり寄ると…鳥の姿に変わり…手紙を咥えて飛び立った。
──────────
深夜、アレクサンダーはワイン片手に夜を楽しんでいた。
闇属性の魔力持ちであるアレクサンダーだが、安眠の能力が低く…夜になると湧き上がってくる強い魔力で逆に目が冴えてしまっているようだ。
今日はトムの処刑が執行された。
返ってきた強い呪いを受けていたトムだったが、リュウの言う通り…まだ自我が残っていたらしく…最後は涙を流していた。
ハルブリック伯爵とバーグリッツ子爵の取り調べもほぼ終え、今は貴族裁判の準備を進めている状態だ。
伯爵家と子爵家の使用人たちは、雇用契約の時点で邪教に入信させられていた。
諸々を口止めすることが目的だったらしく、使用人たちに呪薬を用いることはなかったため…全員無事であった。
一歩間違えれば、邸がゾンビハウスになっていたかもしれない…そう思うと恐ろしい。
邪教への入信は“雇用とセット”であったとはいえ、絶対に断われなかったわけではない。つまり、使用人個人の意志によるものだ。
邸の主人が異常であることにも気付いていたはず…全く何の罪もないとは…言い難い。
ハルブリック伯爵は、トムの“白呪術”によってそれなりの恩恵を受けていた。それも全て邪教のお陰だと信じ込んで、あっという間に心酔していったという。
トムの呪術師としての能力はかなりのものだったが…自ら悪の道へと転落した。
はぁ。事件のことばかりを考えていたら…気分が沈む。
アレクサンダーはため息をついてワインを口に含み、クラッカーをつまみながら…何となく…果物を頬張るアドリアナの愛らしい姿を思い出した。
「アドリアナ嬢か…10近く歳が違うのに…こんなに気にするなんて、俺はどうしたんだ。
今日は、リュウと魔塔へ行ったのかな?」
ランセント侯爵家で、リュウはアドリアナと魔塔へ行く話をしていた。
2人が親しげに話す姿を見ていると、何だかモヤッとしてしまう。
デビュタントまで侯爵家にいるのならば、また会えるな。
そう思うと、アレクサンダーは舞い上がるような気持ちになるのだった。
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