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55 ランセント侯爵家2

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「第二皇子殿下にご挨拶申し上げます」

「カイン殿、久しぶりだな」


カイン・ランセント侯爵は、その真面目過ぎる性格から…若い頃はなかなか良縁に恵まれなかった。

27歳を過ぎて、いよいよ女性と付き合うより仕事優先の生活へとシフトチェンジしそうになった時、尊敬する帝国宰相ランベルト・エドガー侯爵からミランダとの縁談を持ち掛けられたのだ。

今では愛妻家で有名、妻に一途なその様子に『人はこんなにも変わるのか』と、周りを驚かせた人物だという。


「それにしても、仕事はどうしたのですか…?」


帝国宰相をチラリと見て…アレクサンダーは苦笑する。
カインは分かるが、ランベルトまでがなぜ?という意味である。


「皇帝陛下からは、お許しをいただいております」


ランベルトが恭しく礼をする。


「…ん?何かあったのか…?」


ピクリと眉を動かすアレクサンダー…だが、この場にそういった緊張感はないようだ。


「それよりも…ご紹介いただけないでしょうか?」


ランベルトに言われ、アレクサンダーは空気のように気配を消しているリュウの存在を思い出す。

…ちょっと…忘れてしまっていた。


「あぁ…すまない。私の大切な友人のリュウだ。
冒険者なんだが、フィリーライツ子爵令嬢との橋渡しとして…今日は同行してもらった」


紹介されたリュウは丁寧に頭を下げる。

貴族に声をかけられるまで…平民からは言葉を発することなど許されない。
リュウは帝国宰相の鋭い目線をつむじ・・・辺りに熱く感じていた。


「冒険者…なるほど、殿下が信頼されている方なのでしょうな」


“友人”という言葉に、カインはハッとする。


「殿下、もしや…この方がルーシアナのことを…」

「ルーシアナ嬢に、何か変化があったのか?!」

「はい、そうなんです!実は、殿下からお話しをお聞きしたその翌朝…ルーシアナが少しずつ話すようになり、昨日は部屋から出て…車椅子で庭を散歩したのです!」


カインの目には薄っすらと涙が浮かぶ。ランベルトも喜びを隠せず…表情が緩んでいた。


「そうか!それはよかった。あぁ…だからエドガー侯爵までこちらへ来ていたのか。
リュウ、聞いての通りだ。…発言を許す…」


突然話を振られ、皇子と宰相と財務官から注目されたリュウはたまったものではない。


「え?いえ…その、…アイリーンさんの想いが伝わったのだと思います。よかったですね」


ニコッと笑って、それ以上リュウは何も話さない。

我先に…と、前へ出しゃばる上位貴族ばかりと接している3人の男たちは…顔を見合わせた。


「ハハッ…リュウらしい。この男は目立つことを嫌う…自分の功績を認める必要性を感じていないのだから、全く困ったものだ」


アレクサンダーの話しぶりから、ルーシアナの回復にはリュウの手助けがあったと分かる。


「ありがとう…リュウ殿。後で、妻にも会ってやってくれたまえ」


カインはリュウに深く頭を下げる…そして、その体勢のまま肩を震わせ動かなくなった。


「…カイン…」


側にいたランベルトが、徐ろにカインの背を抱え自分に引き寄せる。


「リュウ殿、本当に感謝している。男が…このような場で涙を見せるものではないが、どうか許してやってくれ」

「お気になさらないでください」


リュウは変わらず笑みを浮かべ、何となく気配を消す。
このような場には慣れていない…来なくてもよかったかもしれない…と考えながら。


──────────


アドリアナとミランダは庭でティータイムを楽しんでいた。

今まで貴族のサロンに出向く機会のなかったアドリアナは、ミランダに作法を教わりながら…美味しい紅茶と菓子を堪能することができた。

同年代の貴族令嬢たちは、皆こうしてマナーを学び、実践しながら社交界へとデビューしていく。

アドリアナは礼儀作法より家事手伝いが得意…改めて、何も準備ができていないのだと実感してしまうのであった。




「お嬢様、お寒くないですか?」


庭の片隅から女性の声がした。


「まさか……ルーシィなの?」

「あ、奥様!…お嬢様が今日はこちらのお庭に行きたいと…。まぁ、大変失礼をいたしました!」


侍女らしき女性は、来客中であると気付き…慌ててミランダに謝罪をしていた。

車椅子に乗った少女の介添えをしていたようだ。


「…こんにちは、はじめまして…」


アドリアナは少し離れた場所から少女に挨拶をする。ミランダに似た、銀髪の幼い少女だった。


「あ…ぁ…」


少女は突然の出来事に驚いたのか、ポロポロと大粒の涙を流す。

急な事態にオロオロするアドリアナと侍女。


「ルーシィ!」


ミランダは咄嗟にルーシアナを胸に抱きしめる。
アドリアナに会ったことで、アイリーンを思い出し混乱している…ミランダはそう思った。


「うぅ……ごめんなさい」

「…っ!!…ルーシィ…大丈夫よ、心配しないで」


ミランダはルーシアナの背中を優しく撫で、落ち着かせるように話し掛けた。


「…おかあさま…ゆめの…おんなの人…が…」

「ルーシィ、夢の女性はね………いえ………」

「…あのね、あのね…ごめんなさいって…いいたいの」

「え?…まぁ…ルーシィったら、そうだったのね?」

「…うん…」

「お話しをしてみたいの?」

「…うん…」


ミランダは侍女を下がらせ、ルーシアナをアドリアナに会わせることにした。





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