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最終章 そこに踏み入るには
第236話 ウィルの十八番
しおりを挟む◇◆ ◇◆
「……まさか、これを……あの男が起こしたことでも言うの? 馬鹿な、あの男は死んだじゃない! 私が消したはずよ!!」
狼狽える王妃の声が、ウィリアムの耳に小さく届く。ウィリアムは吐き出すように笑うと、王宮のバルコニーを睨みつけた。
ウィリアムは、正にこの日を待ち侘びていた。
群衆の気配を背中に感じながら、ウィリアムは声を張る。
「あなたは彼の事を、ただのフェンデだと侮った。何の後ろ盾もない、脆弱な男だと決めつけただろう? しかしそれは大きな間違いだ。彼はもう、この国の人間の心に刻まれていた。国の重要人物たちから彼を消したとしても、他に覚えている者たちはたくさんいる!」
群衆が、静かに祈りの言葉を紡ぎ始める。彼らが願うのは、失ったフェブールの魂の安寧と、神への赦しだ。
「彼が競技会で民衆を救ったことを、彼らは覚えている。……競技会を観覧していなかったあなたには、到底理解できないでしょうね。しかしあの時起こした彼の奇跡を、民は忘れていない!」
王妃は国軍に手を回し、競技会の結果も改ざんしていた。光太朗の記憶が残る者たちを探して呼びつけ、その記憶を消したりもしていた。
しかしその範囲は位の高い者に限られていたのだ。記憶を消す事が出来るのは、王妃ただ一人。行動範囲も限られる。
ひと月が経つ頃には、王妃自身もこれで良しと安易に判断していた。
「王都の中で彼を覚えているのは、後ろに立つ民だけ。彼らもまた、あなたにとっては何の脅威でも無かったんだろう。だから侮って、何の対策も取らなかった。……この時点で、あなたは彼に負けていたんだ」
光太朗は肆羽宮で、ウィリアムと何度も話し合っていた。
王妃の力が及んでいない人たちの力を、最大限自分の物にする。その為にはどうしたらいいか意見を擦り合わせた。
『____ ウィル。王都でやって欲しい事がある。上手くいくかは分からないが、ウィルがいれば大丈夫な気がする。……人の心を掴んで導くのは、あんたの十八番だろ?』
光太朗からそういわれた時、ウィリアムは腹の底から歓喜が湧いた。この男の期待に応えよう。素直にそう思えた。
その日から、ウィリアムは王都へ行って人々を導いた。聖堂や教会に大小問わず出向いて国の現状を憂い、人々と向き合って信仰を高めた。
『王妃がフェブールを殺した。この国は神の怒りを買い、もう滅びの道しか残っていない。愚かな王宮の者たちの代わりに、我々が失ったフェブールの魂を鎮めよう』
始めはそんな、魂を鎮めるという導きに過ぎなかった。しかし集団心理という物は、少しの手助けでどんどん大きくなる。
数か月が過ぎ、リガレイア国に新しい異世界人が誕生した頃には、ウィリアムが導かずとも民衆自ら動いていた。
『失ったフェブールを悼み、祈りを捧げれば神はお赦しになる』
『いつの日か、王妃に罰が下る。その日まで、祈り続けるのだ』
『いつか来るその時に、我が国にもフェブールが舞い降りるだろう。リガレイア国に来た異世界人のようなフェブールが』
ウィリアムの想定以上に、事は上手く運んだ。トトの助けもあり、王宮に住んでいない一般兵にも教えは浸透していった。
もちろん民衆の中には、ウィリアムの動きに異を唱え、王宮に告発する者もいた。しかし王宮の人間は誰も光太朗を覚えていない。彼らの訴えは妄言としてしか扱われなかった。
王妃の行いは、自分の首を絞める事にも繋がったのだ。
そして今、王宮のバルコニーに立つ王妃は、明らかに動揺し狼狽えている。
(……ああ、最高にいい気分だ。この数か月間、これだけの為に生きてきた……)
危うい事も多々あった。しかし異国で前を向く光太朗を想うと、ウィリアムは踏ん張れた。
唯一無二の友人である、光太朗を取り戻す。そしてもう一度、彼に赦しを乞いたい。
その一心でウィリアムは走り続けた。
(……さぁ、コータロー。僕が出来ることは全部やったよ。……君は褒めてくれるかな……?)
ウィリアムはもう一度、笑みを浮かべる。その笑みは先ほどとは違い、晴れやかなものだった。
◆◆◆
同時刻。光太朗はロワイズにいた。
(……ウィル、上手くやってるかな。まぁ心配いらないと思うけど……)
光太朗は紅柑の絞り汁を飲みながら、大きな握り飯にぱくぱくと食らいつく。お腹の子の影響で食欲が湧かないが、この握り飯だけは不思議と食べることが出来た。
握り飯の中身はひき肉を甘辛く煮たもので、マーサのお手製だ。
あの資料にあった通り、母体の養分は子供にがっつり持って行かれている。食べないと、光太朗の身体はどんどん痩せていくのだ。体力の低下も顕著だった。
しかし光太朗にとっては今が正念場である。多少の吐き気は無視し、光太朗はもくもくと握り飯を口に運んだ。
忙しなく口を動かす光太朗を、側に立つイーオは見つめ続けている。光太朗は首を傾げ、まだ包みを取っていない握り飯をイーオへと差し出した。
「イーオさんも食う?」
「……いや、すみません。握り飯が欲しいわけでは……」
イーオが額に手を当て、短く息を吐く。
思えばイーオとは、肆羽宮で別れて以来、久しぶりの再会だった。
「……あー……。あんときはごめんな、イーオさん。黙って追い出して……」
「……本当ですよ。どれだけ腹が立ったか……。まぁ、あなたのする事なので、従いましたが……」
肆羽宮からイーオを出したあの日、彼には重要な役割を任せていた。光太朗の口からでなく、イーオを抱えて出て行ったキースに伝えてもらったのだ。
自らの口で伝えなかったのは色々理由があるが、イーオが不満に思うことは予想出来ていた。
「いやぁ、本当にごめん。……イーオさんの出身地、ロワイズって聞いてたからさ。ゴア卿とも面識あるって聞いてたし……」
「……っ本当に……あなたは裏でどれだけ動いていたんですか。肆羽宮に居る時に直接言ってくれれば、俺だって……」
眉根をこれでもかと寄せるイーオを見て、光太朗は苦笑いを零した。
この反応は読めていた。光太朗は彼の意図を汲むように、イーオに向けて強く頷く。
「うん。分かってる。……でもな、あん時相談してたら、イーオさん絶対反対してたろ? 時間も無かったし、俺としてはああするしか無かった。もちろん、俺の我儘だって理解してる。……本当にごめんな、イーオさん」
ザキュリオを崩していくには、主要都市を落とす必要がある。王都はウィリアムに任せたが、王都だけでは弱いだろう。
計画が失敗した場合の事を考えると、複数の都市を落とす事が望ましい。
そう結論付けた光太朗は、かつてリーリュイと旅したロワイズに目を付けた。
港町で貿易も盛んなロワイズが奪われれば、ザキュリオにとって大きな痛手だろう。
ゴア卿が協力してくれる事を願って、光太朗は彼に手紙を書いた。
内容は、ロワイズを占領する助けをして欲しいという事。絶対に危害は加えないという事。そしてこれはリーリュイを国の呪縛から解き放つ為に必要だという事だ。
手紙と一緒に、思い出のクリップも添えた。光太朗は、ゴア卿があのクリップを感慨深げに見ていたのを覚えていたからだ。
正直あのクリップを手放すのは辛かった。しかし光太朗とリーリュイの仲を鮮明に思い出してもらう為には、あのクリップが必要だったのだ。
その手紙がイーオからゴア卿の手に渡り、今に至る。
「……ほんと、ゴア卿が協力してくれてほっとしたよ。ロワイズが占領できなかった場合の案も考えていたけど、これが最良だった」
「……殆ど即決でしたよ。ゴア卿と会ったのは一回きりだったんでしょう? ……どこまで人たらしなんですか、あなたは」
「人たらし? いいや、違うよ。……ザキュリオの人たちが、良い人たちばっかなんだって」
ゴア卿は手紙が届いたその日から動いてくれたようだ。
王都のウィリアムと連携して、ロワイズの教会に働きかけた。
ロワイズの周辺にも貧しい村がある。救いを求めている者たちの心に、教えはすぐに浸透していった。
光太朗は各方面に働きかけ、その動きを見極めていた。そして機は熟したのだ。
「……さぁそろそろ、王都に行くかなぁ。アゲハ!」
部屋の奥にいたアゲハが、強く頷く。光太朗も頷き返すと、仮面を持って立ち上がった。
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