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最終章 そこに踏み入るには
第227話 立ち止まれない
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昏い森の奥に向かって、光太朗は走り続ける。走っている間、背中にずっとリーリュイの気配を感じていた。
重くなった足がもつれ、歩くほどの速度になっても、光太朗は前に進むのを止めなかった。
「___ 待ってくれ! 捕らえようとは思っていない。危害を加えるつもりも無い!」
リーリュイの声が耳に届く。
しかし光太朗は、意地でも振り返りたくなかった。ここで歩みを止めたら、今までの努力が無になる。そんな気さえした。
しかし身体は、まるで動くことを拒否するかのように重い。頭は割れそうに痛み、吐き気が込み上げてくる。
「……っじゃあ付いてくる、な……!!」
光太朗は近くの木を支えにしながら、吐き捨てるように言う。すると、思ったよりも近くで、リーリュイの穏やかな声がした。
「悪かった」
「……」
「わざとあなたを煽るような事を言った。……武術に長けている者なら、両手剣でも利き手が分かるはずだ。……すまない。ウルフェイルの事、本当に礼を言う」
背中にリーリュイに視線を感じる。落ち着くために吐いた吐息が震え、情けなさに笑いが漏れた。
「……はは、そうかよ。もう礼は良いから、放っておいてくれないか」
「先ほどから……足元がふらついている。体調が悪いんじゃないのか?」
「……っ」
そのリーリュイの声は、もう聞けないと思っていた、自分に向けられた優しい声だった。何度も思い出して胸を震わせていた声だ。
その声に縋りそうになるのを抑え込んで、光太朗はまた一歩を踏み出した。
「そんなの、あんたには関係ない」
「いや、放ってはおけない。その状態でまた魔獣が襲ってきたらどうするんだ?」
「……っうるせぇな! 良いから帰れよ……っ!!」
威嚇するように叫ぶと、頭に鋭い痛みが走る。光太朗が顔を歪めて立ち止まると、リーリュイの手が伸びてくる。
腕に感じるリーリュイの指の感触に、光太朗はびくりと肩を揺らした。
「大丈夫だ、何もしない」
「……信用、できるわけない……」
「大丈夫だ」
リーリュイは光太朗の前へと回り込むと、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。目の前にあるリーリュイの顔は、まるで駄々を捏ねる子供を宥めるような顔をしている。
リーリュイは自身の口元を手で覆い、光太朗の双眸を覗き込む。
「この顔に見覚えはないか? この間国境で出会った、一般兵だ。……決して君を傷つけようなんて思っていない。あの時も、君を騙すことは無かっただろう?」
「…………」
(馬鹿やろう……自分から明かす奴がいるかよ……。相変わらず、お人よしだな……)
「思い出したか?」
「あんたなんて……知らない」
張り詰めていた気持ちが少しだけ緩んで、光太朗は木に凭れ掛かった。そのままずるずると座り込むと、リーリュイが光太朗の身体に沿うように膝を付く。
「木は冷たい。こちらに寄りかかると良い」
腕を引かれると、力を無くした身体は吸い寄せられるようにリーリュイの胸の中に納まった。
リーリュイに触れた瞬間から、身体の痛みがじわじわと抜けていく。
それは光太朗にとって、久しぶりの感覚だった。多幸感に包まれて、涙が出そうになる。
しかし以前と違う所が、一つだけあった。光太朗はリーリュイを見上げ、不満そうに声を漏らす。
「……臭い」
「? ああ、この外套は騎士の時使っていたものだから、匂うかもしれないな」
「………」
頭を横に振りながら、光太朗はリーリュイの耳環を見遣った。そこから大嫌いな匂いが漂ってくる。そのせいで、光太朗が大好きだったリーリュイの匂いがかき消されていた。
リーリュイはディティの支配下にある。それを見せつけられているようで、無性に腹が立つ。
「その耳のやつ、嫌いだ」
「……ふ、今度は嫌いか」
リーリュイの声は、どこか楽し気だ。
その顔が見たくて、光太朗は目線を上げた。しかし熱のせいで、リーリュイの顔はいつも以上にぼんやり滲んでいる。
「ああ、嫌いだ。似合ってない」
「そうか……。しかしこの耳環は特殊な魔法が掛けられていて、自分では外せないんだ」
その情報はウィリアムからも聞いていた。
外すことが出来ず、あらゆる魔法攻撃を跳ね返す。まさに呪いの耳環だ。
「……いつか……」
「……?」
(……いつか俺が、絶対に壊してやる。ディティの鎖を、きっと断ち切ってやるから……)
消された記憶は戻らなくても、リーリュイを自由にすることは出来る。
耳環を壊す。それが光太朗の最終目標だった。
瞼をゆらゆら揺らすと、リーリュイの優しい声が降りてくる。
「___ ゆっくり眠るといい。君には休息が必要だ」
(…………ったく……ほんとに、変わらないな……)
懐かしい言葉を耳に残しながら、光太朗は瞼を閉じた。
重くなった足がもつれ、歩くほどの速度になっても、光太朗は前に進むのを止めなかった。
「___ 待ってくれ! 捕らえようとは思っていない。危害を加えるつもりも無い!」
リーリュイの声が耳に届く。
しかし光太朗は、意地でも振り返りたくなかった。ここで歩みを止めたら、今までの努力が無になる。そんな気さえした。
しかし身体は、まるで動くことを拒否するかのように重い。頭は割れそうに痛み、吐き気が込み上げてくる。
「……っじゃあ付いてくる、な……!!」
光太朗は近くの木を支えにしながら、吐き捨てるように言う。すると、思ったよりも近くで、リーリュイの穏やかな声がした。
「悪かった」
「……」
「わざとあなたを煽るような事を言った。……武術に長けている者なら、両手剣でも利き手が分かるはずだ。……すまない。ウルフェイルの事、本当に礼を言う」
背中にリーリュイに視線を感じる。落ち着くために吐いた吐息が震え、情けなさに笑いが漏れた。
「……はは、そうかよ。もう礼は良いから、放っておいてくれないか」
「先ほどから……足元がふらついている。体調が悪いんじゃないのか?」
「……っ」
そのリーリュイの声は、もう聞けないと思っていた、自分に向けられた優しい声だった。何度も思い出して胸を震わせていた声だ。
その声に縋りそうになるのを抑え込んで、光太朗はまた一歩を踏み出した。
「そんなの、あんたには関係ない」
「いや、放ってはおけない。その状態でまた魔獣が襲ってきたらどうするんだ?」
「……っうるせぇな! 良いから帰れよ……っ!!」
威嚇するように叫ぶと、頭に鋭い痛みが走る。光太朗が顔を歪めて立ち止まると、リーリュイの手が伸びてくる。
腕に感じるリーリュイの指の感触に、光太朗はびくりと肩を揺らした。
「大丈夫だ、何もしない」
「……信用、できるわけない……」
「大丈夫だ」
リーリュイは光太朗の前へと回り込むと、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。目の前にあるリーリュイの顔は、まるで駄々を捏ねる子供を宥めるような顔をしている。
リーリュイは自身の口元を手で覆い、光太朗の双眸を覗き込む。
「この顔に見覚えはないか? この間国境で出会った、一般兵だ。……決して君を傷つけようなんて思っていない。あの時も、君を騙すことは無かっただろう?」
「…………」
(馬鹿やろう……自分から明かす奴がいるかよ……。相変わらず、お人よしだな……)
「思い出したか?」
「あんたなんて……知らない」
張り詰めていた気持ちが少しだけ緩んで、光太朗は木に凭れ掛かった。そのままずるずると座り込むと、リーリュイが光太朗の身体に沿うように膝を付く。
「木は冷たい。こちらに寄りかかると良い」
腕を引かれると、力を無くした身体は吸い寄せられるようにリーリュイの胸の中に納まった。
リーリュイに触れた瞬間から、身体の痛みがじわじわと抜けていく。
それは光太朗にとって、久しぶりの感覚だった。多幸感に包まれて、涙が出そうになる。
しかし以前と違う所が、一つだけあった。光太朗はリーリュイを見上げ、不満そうに声を漏らす。
「……臭い」
「? ああ、この外套は騎士の時使っていたものだから、匂うかもしれないな」
「………」
頭を横に振りながら、光太朗はリーリュイの耳環を見遣った。そこから大嫌いな匂いが漂ってくる。そのせいで、光太朗が大好きだったリーリュイの匂いがかき消されていた。
リーリュイはディティの支配下にある。それを見せつけられているようで、無性に腹が立つ。
「その耳のやつ、嫌いだ」
「……ふ、今度は嫌いか」
リーリュイの声は、どこか楽し気だ。
その顔が見たくて、光太朗は目線を上げた。しかし熱のせいで、リーリュイの顔はいつも以上にぼんやり滲んでいる。
「ああ、嫌いだ。似合ってない」
「そうか……。しかしこの耳環は特殊な魔法が掛けられていて、自分では外せないんだ」
その情報はウィリアムからも聞いていた。
外すことが出来ず、あらゆる魔法攻撃を跳ね返す。まさに呪いの耳環だ。
「……いつか……」
「……?」
(……いつか俺が、絶対に壊してやる。ディティの鎖を、きっと断ち切ってやるから……)
消された記憶は戻らなくても、リーリュイを自由にすることは出来る。
耳環を壊す。それが光太朗の最終目標だった。
瞼をゆらゆら揺らすと、リーリュイの優しい声が降りてくる。
「___ ゆっくり眠るといい。君には休息が必要だ」
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