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最終章 そこに踏み入るには
第221話 謎の一般兵士
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光太朗は上空から村を見下ろし、腰に付けていた仮面を付ける。一色に作ってもらったもので、額から鼻筋まで隠れるタイプのものだ。
クジロの正体が光太朗であることを、王妃に勘付かれてはならない。そのため光太朗は、リガレイアから出るときは必ず仮面を付ける事にしている。
光太朗は村に着くと、足早に村の中心まで進んだ。気付いた村民が、慌てて駆けてくる。
「クジロ様! 言ってくださればお迎えに上がりましたのに!」
「そんなの良いよ。村長に貰った設計図をリガレイアの建設係に渡した。今日技師が来るから、橋造りを始めよう」
「……! そ、そんなに早く……! ありがとうございます! すぐに男手を集めます!!」
村民は頭を下げると、慌てて駆けていく。
ここからリガレイアへ行くには、谷を越えなければならない。そこに橋をかければ、村民はリガレイア国へ行くことが出来る。
リガレイアの国境には大きな街があるので、そこと交流すればこの貧しい村にも活路が開けるはずだ。
ザキュリオの国境の村は、貧困に喘いでいる。
リーリュイからもそれは聞いていたが、実際にその目で見ると想定以上に深刻だった。
昔は豊富だった鉱石もあまり採れなくなり、土地は痩せていて作物も作れない。若者は王都へと出稼ぎに行き、老人と女性、子供だけで村を守っていた。
しかしリガレイアが村を占領してからは、村民も活気を取り戻しつつあるように思う。光太朗はそれが嬉しかった。
「くじ、りょやさま!!」
わらわらと寄ってきた子供らが、飛び跳ねながら光太朗を囲む。光太朗は一番小さな男の子を抱えあげると、声を立てて笑った。
「クジロで良いって言ったろ? くじろやは呼びにくいからなぁ」
「でも陛下は、クジロ様をくじろやってお呼びになります」
「あの人は異世界人だから、発音が上手なんだ。この世界の人は、九代屋が発音しにくいみたいだからな」
「じゃあやっぱり、クジロさまにする!」
抱き上げた男の子が、顔を擦りつけながらクスクスと笑う。心地よい笑い声と幼児特有の温かさに、光太朗の心がじんわり温かくなった。
仮面で表情が隠れてしまうため、光太朗は子供たちの前では出来るだけ笑うようにしている。そのせいか、今ではすっかり仲良しだ。
マーサからもらったお握りを広げていると、遠くから焦りを含んだ声が聞こえてきた。
視線を上げると、村の警護をしている男が、足を縺れさせながらこちらに駆けてきている。
「クジロ様、大変です! 村の前に、ザキュリオの兵士が……!」
「何? 攻めてきたのか!?」
「いえ、それが一人でして……」
「え? 巡回していた兵がいただろう? かいくぐって来たっていうのか?」
「それが……どうしてここまで来れたのか、分からないのです」
警護の男は、困惑したように首を横に振った。
占領した国の境には、リガレイア国軍の小隊が駐留している。この村には近づけないはずだった。
光太朗は立ち上がり、村の門へと足を向けた。意図は分からないが、外部からの侵入を許したとなれば一大事だ。
早足に進んでいた光太朗は、門の前になってその足をはたと止めた。
ザキュリオの兵士の姿が見えた瞬間、足が地面に縫いつけられたように動かなかったのだ。
件のザキュリオの兵士は、門番に行く手を遮られている。
光太朗はその姿に見覚えがあった。見覚えがあるどころではない。毎日焦がれて仕方がない相手だ。
一般兵士の隊服を着たその男は、手足が長く背筋はぴんと伸びている。
ターバンから覗く瞳は、美しい緑色だ。
光太朗の心臓が痛いくらいに収縮する。しかしその痛みも気にならないくらい、光太朗は困惑した。
(……っリュウじゃねぇか!! 何してんだこんなとこで、そんな格好で!! ここは敵陣だぞ!!)
突っ込みどころが多すぎて、光太朗は一歩後退した。少し距離を取って、彼らの会話に耳を澄ませる。
「……ここの責任者と話がしたい」
懐かしいリーリュイの声に、涙が出そうになった。喉をぎゅっと締めて、光太朗は胸を鷲掴む。まだ会話は続いているので、忙しなく動く心臓を慰めるように叩いた。
リーリュイの抑揚の無い声が、今では無性に懐かしい。
「我が国の王都には、この村の出身である若者が残されている。……そのうちの一人が村に戻れないと途方に暮れているのを、国境辺りで保護した。彼は今、安全な所にいる。責任者に確認してもらいたい」
「……ど、どうしてここまで連れて来なかったんだ!?」
「貴国の兵士が目を光らせていたため、単独でしかこちらに来れなかった」
リーリュイの言い分に、光太朗は頭を抱えた。
敵国の皇太子が、単独で敵陣に乗り込むなど前代未聞だ。この村の若者の話は本当かも知れないが、それにしても信じられない行動である。
(信じらねぇ! こんな馬鹿な行動する奴だったか? 単独で来るなんて、危なすぎるだろ!!)
光太朗は怒りのまま歩を進め、リーリュイの前に立った。久しぶりの姿に、涙を滲ませる余地もない。
腕を組んで仮面の奥から睨みつけると、リーリュイが光太朗へ視線を寄越した。
「……貴公がここの責任者か」
「ああ、そうだ。……この村まで無傷で辿り着いたなんて、あんた相当の手練れだな?」
「…………ああ……」
(ああ? なんだその返事。随分反応が薄いな……。さっきは普通に喋ってただろ?)
不思議に思いながらリーリュイを見上げるが、彼の瞳に変化は無いように思える。しかしリーリュイは、光太朗の姿をじっと見つめていた。
光太朗は一歩進み出て、リーリュイの顔を覗き込む。
「その若者の話、本当なんだろうな?」
「……本当だ。来てもらえば、分かる」
光太朗は大きくため息を吐くと、後ろに立っていた門番へ口を開いた。
「行ってくる。念のため近くに居る兵士を呼んで、村を警護してもらうように」
「しかしクジロ様……危険かもしれませんよ……」
心配そうにする門番に笑顔を向け、光太朗は視線だけをリーリュイへ寄せた。
知らない兵士だったら警戒したかもしれないが、相手はリーリュイだ。卑劣なことは絶対しないと確信がある。
クジロの正体が光太朗であることを、王妃に勘付かれてはならない。そのため光太朗は、リガレイアから出るときは必ず仮面を付ける事にしている。
光太朗は村に着くと、足早に村の中心まで進んだ。気付いた村民が、慌てて駆けてくる。
「クジロ様! 言ってくださればお迎えに上がりましたのに!」
「そんなの良いよ。村長に貰った設計図をリガレイアの建設係に渡した。今日技師が来るから、橋造りを始めよう」
「……! そ、そんなに早く……! ありがとうございます! すぐに男手を集めます!!」
村民は頭を下げると、慌てて駆けていく。
ここからリガレイアへ行くには、谷を越えなければならない。そこに橋をかければ、村民はリガレイア国へ行くことが出来る。
リガレイアの国境には大きな街があるので、そこと交流すればこの貧しい村にも活路が開けるはずだ。
ザキュリオの国境の村は、貧困に喘いでいる。
リーリュイからもそれは聞いていたが、実際にその目で見ると想定以上に深刻だった。
昔は豊富だった鉱石もあまり採れなくなり、土地は痩せていて作物も作れない。若者は王都へと出稼ぎに行き、老人と女性、子供だけで村を守っていた。
しかしリガレイアが村を占領してからは、村民も活気を取り戻しつつあるように思う。光太朗はそれが嬉しかった。
「くじ、りょやさま!!」
わらわらと寄ってきた子供らが、飛び跳ねながら光太朗を囲む。光太朗は一番小さな男の子を抱えあげると、声を立てて笑った。
「クジロで良いって言ったろ? くじろやは呼びにくいからなぁ」
「でも陛下は、クジロ様をくじろやってお呼びになります」
「あの人は異世界人だから、発音が上手なんだ。この世界の人は、九代屋が発音しにくいみたいだからな」
「じゃあやっぱり、クジロさまにする!」
抱き上げた男の子が、顔を擦りつけながらクスクスと笑う。心地よい笑い声と幼児特有の温かさに、光太朗の心がじんわり温かくなった。
仮面で表情が隠れてしまうため、光太朗は子供たちの前では出来るだけ笑うようにしている。そのせいか、今ではすっかり仲良しだ。
マーサからもらったお握りを広げていると、遠くから焦りを含んだ声が聞こえてきた。
視線を上げると、村の警護をしている男が、足を縺れさせながらこちらに駆けてきている。
「クジロ様、大変です! 村の前に、ザキュリオの兵士が……!」
「何? 攻めてきたのか!?」
「いえ、それが一人でして……」
「え? 巡回していた兵がいただろう? かいくぐって来たっていうのか?」
「それが……どうしてここまで来れたのか、分からないのです」
警護の男は、困惑したように首を横に振った。
占領した国の境には、リガレイア国軍の小隊が駐留している。この村には近づけないはずだった。
光太朗は立ち上がり、村の門へと足を向けた。意図は分からないが、外部からの侵入を許したとなれば一大事だ。
早足に進んでいた光太朗は、門の前になってその足をはたと止めた。
ザキュリオの兵士の姿が見えた瞬間、足が地面に縫いつけられたように動かなかったのだ。
件のザキュリオの兵士は、門番に行く手を遮られている。
光太朗はその姿に見覚えがあった。見覚えがあるどころではない。毎日焦がれて仕方がない相手だ。
一般兵士の隊服を着たその男は、手足が長く背筋はぴんと伸びている。
ターバンから覗く瞳は、美しい緑色だ。
光太朗の心臓が痛いくらいに収縮する。しかしその痛みも気にならないくらい、光太朗は困惑した。
(……っリュウじゃねぇか!! 何してんだこんなとこで、そんな格好で!! ここは敵陣だぞ!!)
突っ込みどころが多すぎて、光太朗は一歩後退した。少し距離を取って、彼らの会話に耳を澄ませる。
「……ここの責任者と話がしたい」
懐かしいリーリュイの声に、涙が出そうになった。喉をぎゅっと締めて、光太朗は胸を鷲掴む。まだ会話は続いているので、忙しなく動く心臓を慰めるように叩いた。
リーリュイの抑揚の無い声が、今では無性に懐かしい。
「我が国の王都には、この村の出身である若者が残されている。……そのうちの一人が村に戻れないと途方に暮れているのを、国境辺りで保護した。彼は今、安全な所にいる。責任者に確認してもらいたい」
「……ど、どうしてここまで連れて来なかったんだ!?」
「貴国の兵士が目を光らせていたため、単独でしかこちらに来れなかった」
リーリュイの言い分に、光太朗は頭を抱えた。
敵国の皇太子が、単独で敵陣に乗り込むなど前代未聞だ。この村の若者の話は本当かも知れないが、それにしても信じられない行動である。
(信じらねぇ! こんな馬鹿な行動する奴だったか? 単独で来るなんて、危なすぎるだろ!!)
光太朗は怒りのまま歩を進め、リーリュイの前に立った。久しぶりの姿に、涙を滲ませる余地もない。
腕を組んで仮面の奥から睨みつけると、リーリュイが光太朗へ視線を寄越した。
「……貴公がここの責任者か」
「ああ、そうだ。……この村まで無傷で辿り着いたなんて、あんた相当の手練れだな?」
「…………ああ……」
(ああ? なんだその返事。随分反応が薄いな……。さっきは普通に喋ってただろ?)
不思議に思いながらリーリュイを見上げるが、彼の瞳に変化は無いように思える。しかしリーリュイは、光太朗の姿をじっと見つめていた。
光太朗は一歩進み出て、リーリュイの顔を覗き込む。
「その若者の話、本当なんだろうな?」
「……本当だ。来てもらえば、分かる」
光太朗は大きくため息を吐くと、後ろに立っていた門番へ口を開いた。
「行ってくる。念のため近くに居る兵士を呼んで、村を警護してもらうように」
「しかしクジロ様……危険かもしれませんよ……」
心配そうにする門番に笑顔を向け、光太朗は視線だけをリーリュイへ寄せた。
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