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ゼロになる
第216話 名前を呼ぶ声
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ランシスが傷を押さえ、唸るような声を発する。
「お前、記憶があるのか……? 馬鹿な、ディティの力に逆らえるはずがない!」
「……」
リーリュイは頭を押さえたまま、黙り込んでいる。頭の痛みが強くて、言葉を発することも出来ないように見えた。
光太朗は痛む身体を叱咤して、上体を起こそうとした。しかし痛みが強すぎて、また寝台に倒れこんでしまう。
その様子を見ていたリーリュイの顔色が変わる。
鋭い眼光がランシスを捉えたと思うと、リーリュイは容赦なく剣を振るった。ランシスの首を狙った一閃は、明らかな殺意を含んだものに見える。
「リュウ!! 駄目だ!!」
その声に反応したリーリュイは、僅かに剣筋を鈍らせる。ランシスの首を跳ねるはずだった剣は、首筋に傷を付けるに留まった。
しかし出血は凄まじく、ランシスはその場にのたうち回る。光太朗は這うようにしてランシスに近付き、その傷を確認した。
(……傷が深い……止血しないと、命に関わる……)
このままではリーリュイが、王を殺そうとした反逆者になってしまう。自分を守るためにやったことで、リーリュイの皇太子としての立場を奪いたくない。
ばくばく鳴る心臓を落ち着けながら、光太朗は思考を巡らせた。
リーリュイがランシスを傷つけた剣は、いつも彼が持っている愛刀とは違うありふれた物だ。
愛刀は戦で破損し、代わりを持ってきたのかもしれない。しかしそれが幸いした。
リーリュイが血の付いた剣を握ってさえいなければ、何とかなるかもしれない。
「リュウ! その剣をその場に投げ捨てろ!」
光太朗は言いながら、リーリュイを振り返った。それとほぼ同時に、リーリュイが頭を抱えながら、その場に崩れ落ちる。
「……っ!! リュウっ!!」
悲鳴のような声を上げて、光太朗はリーリュイに駆け寄った。荒い息を吐いているリーリュイは、まるで光太朗に助けを求めるような表情を浮かべる。
「な、まえ……なまえ、が……」
絞り出すように言ったリーリュイの言葉は、光太朗の胸に深く刺さった。そしてその言葉の意味を、光太朗は直ぐに理解する。
ごくりと喉をならし、光太朗は無理やり笑みを作った。リーリュイの手を握って、穏やかな口調で答える。
「光太朗だよ。……こ・う・た・ろ・う……」
「こう、たろう……」
「……うん、それでいい」
初めて名前を教え合った時のような拙い発音に、懐かしさが込み上げる。
リーリュイは眉を下げ、安堵したような表情を零した。そんなリーリュイの頭を、光太朗は抱きしめる。
リーリュイは、覚えていてくれた。
名前を忘れてしまっても、光太朗への想いは忘れないで居てくれた。
「リュウ……ありがとうな。覚えててくれて……」
「……いやだ、こう、たろう……」
リーリュイの額に浮かんだ脂汗を、光太朗は指で拭う。そこにある傷痕は、崖崩れの時、無茶をして助けに来た時のものだ。
愛おしく指でなぞると、リーリュイが首を横に振った。
「だめだ、いなくなるな。……私から、消えないでくれ」
消えないで、と言う度にリーリュイは苦悶の表情を浮かべる。
壮絶な痛みなのだろう。痛みを逃すように吐いた息が、更に荒くなっていく。
リーリュイの髪を撫でて、光太朗は静かに声を零した。
「……俺はずっと、あんたの側にいる。……大丈夫、俺がずっと覚えてる」
「こ、う、たろう……だめだ、消えるな」
光太朗の腕に頭を擦りつけながら、リーリュイは拒み続ける。しかしそれも限界に見えた。これ以上無理をすると、リーリュイが壊れてしまう。
終わらせなければならない。そして、その役目が自分で良かったと、光太朗は心の底から思う。
(……リュウ、俺の最期に立ち会わせてくれて、ありがとう)
ここまで抗ってくれたリーリュイに、愛おしさが込み上げる。どれだけ大変だったが、光太朗には想像もできない。
「……俺を信じろ、リュウ。俺はずっとあんたの側にいる。……だからもう、抗うのは止めろ」
「……こ……う……」
「うん、分かってる。分かってるから……」
光太朗はリーリュイの髪を梳いて、耳元で優しく囁いた。
「……大丈夫。目を閉じて、痛みに抗うな。……俺は側にいる……」
リーリュイの緑の瞳が、光太朗を捉える。どこまでも澄んでいて、世界で一番美しい瞳だ。
「……あ、い、してる……あいしてる……。こ、う……」
「……っ」
必死に想いを伝えるリーリュイの身体から、徐々に力が抜けていく。
堰を切ったように流れる涙で、リーリュイの姿が波打つように揺れる。それでも光太朗は、リーリュイが安心するまで髪を撫で続けた。
「お前、記憶があるのか……? 馬鹿な、ディティの力に逆らえるはずがない!」
「……」
リーリュイは頭を押さえたまま、黙り込んでいる。頭の痛みが強くて、言葉を発することも出来ないように見えた。
光太朗は痛む身体を叱咤して、上体を起こそうとした。しかし痛みが強すぎて、また寝台に倒れこんでしまう。
その様子を見ていたリーリュイの顔色が変わる。
鋭い眼光がランシスを捉えたと思うと、リーリュイは容赦なく剣を振るった。ランシスの首を狙った一閃は、明らかな殺意を含んだものに見える。
「リュウ!! 駄目だ!!」
その声に反応したリーリュイは、僅かに剣筋を鈍らせる。ランシスの首を跳ねるはずだった剣は、首筋に傷を付けるに留まった。
しかし出血は凄まじく、ランシスはその場にのたうち回る。光太朗は這うようにしてランシスに近付き、その傷を確認した。
(……傷が深い……止血しないと、命に関わる……)
このままではリーリュイが、王を殺そうとした反逆者になってしまう。自分を守るためにやったことで、リーリュイの皇太子としての立場を奪いたくない。
ばくばく鳴る心臓を落ち着けながら、光太朗は思考を巡らせた。
リーリュイがランシスを傷つけた剣は、いつも彼が持っている愛刀とは違うありふれた物だ。
愛刀は戦で破損し、代わりを持ってきたのかもしれない。しかしそれが幸いした。
リーリュイが血の付いた剣を握ってさえいなければ、何とかなるかもしれない。
「リュウ! その剣をその場に投げ捨てろ!」
光太朗は言いながら、リーリュイを振り返った。それとほぼ同時に、リーリュイが頭を抱えながら、その場に崩れ落ちる。
「……っ!! リュウっ!!」
悲鳴のような声を上げて、光太朗はリーリュイに駆け寄った。荒い息を吐いているリーリュイは、まるで光太朗に助けを求めるような表情を浮かべる。
「な、まえ……なまえ、が……」
絞り出すように言ったリーリュイの言葉は、光太朗の胸に深く刺さった。そしてその言葉の意味を、光太朗は直ぐに理解する。
ごくりと喉をならし、光太朗は無理やり笑みを作った。リーリュイの手を握って、穏やかな口調で答える。
「光太朗だよ。……こ・う・た・ろ・う……」
「こう、たろう……」
「……うん、それでいい」
初めて名前を教え合った時のような拙い発音に、懐かしさが込み上げる。
リーリュイは眉を下げ、安堵したような表情を零した。そんなリーリュイの頭を、光太朗は抱きしめる。
リーリュイは、覚えていてくれた。
名前を忘れてしまっても、光太朗への想いは忘れないで居てくれた。
「リュウ……ありがとうな。覚えててくれて……」
「……いやだ、こう、たろう……」
リーリュイの額に浮かんだ脂汗を、光太朗は指で拭う。そこにある傷痕は、崖崩れの時、無茶をして助けに来た時のものだ。
愛おしく指でなぞると、リーリュイが首を横に振った。
「だめだ、いなくなるな。……私から、消えないでくれ」
消えないで、と言う度にリーリュイは苦悶の表情を浮かべる。
壮絶な痛みなのだろう。痛みを逃すように吐いた息が、更に荒くなっていく。
リーリュイの髪を撫でて、光太朗は静かに声を零した。
「……俺はずっと、あんたの側にいる。……大丈夫、俺がずっと覚えてる」
「こ、う、たろう……だめだ、消えるな」
光太朗の腕に頭を擦りつけながら、リーリュイは拒み続ける。しかしそれも限界に見えた。これ以上無理をすると、リーリュイが壊れてしまう。
終わらせなければならない。そして、その役目が自分で良かったと、光太朗は心の底から思う。
(……リュウ、俺の最期に立ち会わせてくれて、ありがとう)
ここまで抗ってくれたリーリュイに、愛おしさが込み上げる。どれだけ大変だったが、光太朗には想像もできない。
「……俺を信じろ、リュウ。俺はずっとあんたの側にいる。……だからもう、抗うのは止めろ」
「……こ……う……」
「うん、分かってる。分かってるから……」
光太朗はリーリュイの髪を梳いて、耳元で優しく囁いた。
「……大丈夫。目を閉じて、痛みに抗うな。……俺は側にいる……」
リーリュイの緑の瞳が、光太朗を捉える。どこまでも澄んでいて、世界で一番美しい瞳だ。
「……あ、い、してる……あいしてる……。こ、う……」
「……っ」
必死に想いを伝えるリーリュイの身体から、徐々に力が抜けていく。
堰を切ったように流れる涙で、リーリュイの姿が波打つように揺れる。それでも光太朗は、リーリュイが安心するまで髪を撫で続けた。
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