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ゼロになる

第212話 記憶は脆く儚い

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「トトはどうなるのですか?」
「護衛の任を解いた。もうここには戻ってこない」
「……カザンさんは?」
「カザンさんも、もう戻らないよ。休暇を取るように、今から班長が伝えてくれる」

 カザンも、懸命に光太朗の為に働いてくれた。しかしカザンもどんどん光太朗の事を忘れていく。肆羽宮の外に一歩でも出れば、名前も知らない誰かに仕えているという感覚になるらしかった。
 光太朗の事を思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われる。思い出せば、忘れてしまった事への罪悪感に襲われる。
 この地獄のような環境から逃れるには、王宮を離れるしかない。


「もう既に、王宮に住む殆どの人が俺の事を知らないみたいだな。肆羽宮に滞在しているのはリュウが寵愛する側室候補で、俺という人格はもう存在しない」

 光太朗が軽い口調で零し、イーオを見上げる。
 イーオは常に光太朗の側に居るため、影響は少ない。しかしそれも時間の問題だろう。

「記憶を操作するのは、案外簡単なのかもしれない。そりゃそうだ、精神は生きているけど、記憶は残留してるだけ。……加護があるはずの俺だって、少なからず影響を受けたんだ。誰も逃れられない」

 どんなに大切な記憶でも、ディティなら容易に消せるのだろう。加護があるリーリュイも、例外ではない。

 この数日間、周りの人間から少しずつ自分が消えて行くのが、光太朗にも感じ取れた。
 しかし自分が忘れ去られて行く事よりも、大切な人たちが自分の為に抗って傷ついている事の方が、光太朗にとっては何よりも辛かった。

 
「コウ様、王宮から逃げましょう。体調も落ち着いて来ているし、アゲハさんが居れば悪くなることも無いのでしょう? 殿下も国境に行かれたのであれば、ここに留まる理由などありません」
「うん。確かにそうなんだ。この地獄から逃れる一番簡単な方法だと思う。だけど俺は、リュウを置いてはいけない。……国境から帰って来たら、頑張ったなって褒めてあげたい」

 北軍との戦いは想定内だったが、リーリュイの身に何かあったらと思うと、恐怖で叫び出しそうになる。
 今すぐ飛んで行って、彼の隣で戦いたかった。それが出来ない自分が歯痒いからこそ、帰ってきた時は絶対に側に居てやりたい。

「しかし、ここに留まるのはあまりに危険です。殿下がいなくなり、護衛も減ったとなると、何か動きがあるかもしれません。俺と手負いのキース隊長じゃ不安です。手段を選ばない連中ですよ」
「……分かってる。………だからこそなんだ。ごめん、イーオさん」

 光太朗の言葉に、イーオは眉根を引き絞った。そして光太朗に向けて問うような表情を浮かべた瞬間、その身体ががくりと揺れる。
 驚愕の表情に変わったイーオが、その場に崩れ落ちた。その後ろに居たのは、キースだ。

 光太朗にとってはお馴染みの、馬鹿でかい注射器を持ったキースが、イーオを見下ろす。

「すまねえなぁ。本来なら薬に頼らず、一対一でのしたかったんだがなぁ……」
「ておいのおまえでは、イーオにかてん」

 キースの後ろから、てとてととアゲハが歩いてくる。光太朗の側に立つと、膝へとしがみついた。

「コタロ、ほんとうにこれで良かったのか?」
「うん。これで良い。……イーオさんを無事に、王宮の外まで送って欲しい」
「……そうは言ってもなぁ……」

 光太朗はアゲハを抱き上げ、視線を合わせた。拗ねたように頬を膨らませているが、アゲハはちゃんと目を合わせてくれる。

「頼んだぞ、アゲハ」
「……コタロ、くれぐれもむりするな」
「うん。分かった」

 軽く返事をして、光太朗はアゲハを地面へと降ろす。
 イーオを肩に担いだキースは、何か言いたげにしながらも踵を返した。アゲハはその後をしっかりとした足取りで付いていく。

 その背中を見送った光太朗は、胸の中に残る何かを振り払うかのように、大きく息を吐いた。


________ 

 その日の夜、光太朗は庭にいた。
 アカーシャを見上げながら、リーリュイの無事を祈る。それと、今日別れた仲間の無事も、心の底から祈った。


(……俺は一体、誰に祈ってるんだ? 俺をここに飛ばした神にか?)

 自分に神の加護があるなんて、未だに信じられない。この5年間を振り返ってみても、苦境ばかりだったと光太朗は思う。
 しかし虚ばかりの人生だった前世より、やっぱり今がとても幸せに思える。


 木の幹に手を当てていると、庭の向こうから女性の怯える声が聞こえて来た。その声がアキネだと気付いた光太朗は、一瞬で神経を張り詰めさせる。

 アキネの居の方向へ走ると、草の陰から衛兵が襲い掛かってきた。光太朗はその攻撃を躱し、隠していた短剣を抜き放つ。
 応戦しながら見たのは、地面に伏せているアキネと、それを押さえつけるザキュリオ国王の姿だった。
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