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ゼロになる

第210話 脆弱な存在

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「して、九代屋くじろや。体調はどうだ?」
「……一色さんと別れた後、随分悪くなったんだけど……最近わりと良いかもしれない」
「ふむふむ、落ち着きつつあるんだろうが……まだ続くだろうなぁ」

 一色は視線を上げ、イーオを見た。そして「煙草吸っていいか?」と服の合わせ目に手を差し込む。
 イーオは当初の警戒を戸惑いに変え、唖然としたまま動かない。隣国の王が目の前に居るのだ。混乱するのも無理はない。

 イーオの返答を待たず、一色は煙管に火を付けた。

「前にも言ったと思うが……九代屋の場合、神の恩恵は後払いだ。その後払いが、今起き始めている」 
「これが恩恵?」
「お前さん、この世界で生きていきたいと強く思ったろう? 神はそれに応えた。この世界の住人は長寿だからな。九代屋の身体は、今まさに造り変えられている最中だろう」
「身体を……造り変える?」

 自身の身体を見下ろして、光太朗はぽつりと呟く。
 『造り変わる』と言われても、現状の見た目はまったく変わっていない。この国の人間と比べて随分と貧弱なままだ。
 見れば、一色もこの世界の人々と比べると小柄で華奢な方である。ぴんと来ないまま首を捻っていると、一色がクツクツと笑う。

「そりゃあ、骨格や肌の色は変わらんさ。そこまで変わるとなると、劇的な変化に身体がもたんだろう。……これから数百年、身体が耐えられる範囲で変わっていく。俺も未だに、その症状が出ることがあるから、死ぬまでこれと付き合っていかにゃならん」
「……治らないのか、これ」
「それは俺にも分からんが……情を通わせた相手に触れると、症状が治まるだろ? 効果は薄くなるが、淵龍兄ぃと触れ合っていても同じような効果があるはずだ」

 確かにアゲハといると、症状が重くなることはなかった。知ってか知らずか、アゲハもリーリュイが居ない時は光太朗の側に居てくれたように思う。

 一色が紫煙を吐き出し「一種の呪いだなぁ」と呟く。

「この世界で生きていたい。そう願ってしまえば、もうこの世界の者に頼らんと生きていけなくなる。情を交わした相手、またはこの世界の成り立ちに関わる神獣。それらと繋がっていなければ、俺らは変わらず脆弱な生き物だ」
「……呪いか……確かにそうかも」
「まぁ、脆弱は脆弱なりに生きるしかないわなぁ。幸いなことに、生き方については自由だ」

 一色は笑う。憂いを僅かも帯びていない、晴れやかな笑い方だ。
 自分と同じような運命を辿りながら、王にまで伸し上がった男が目の前に居る。
 
 光太朗が息を吞んでいると、一色が突如として笑顔を消した。真剣な眼差しで、光太朗を見据える。

「九代屋。……ザキュリオはもう駄目だ」
「……」
「王都はまだ栄えているが、国境の村は貧困に喘いでいる。増えすぎた王族が原因だろうが、もうそれを取り除いたとて回復する見込みはない。……ここの王は、他国と協定を結ぶ
事を知らず、侵略の事ばかりを考えている阿呆だ。うちは何度も協定を結びたいと申し出をしてきたが、全て断られている」
「そうなのか?」

 一色は頷くと、大げさにため息を吐いた。薄い紫煙を眺めながら、あきれ顔を呈する。

「何十年経っても、うちを侵略することしか考えておらん。ザキュリオとうちでは勢力に大きな差があることに、目を向けられていない。……お前の皇太子殿下は、どんな人物だ?」
「……彼は、素晴らしい王になると思う。……けど……」
「……なるほど。どれだけ有能でも、周りが腐れていたらどうにもならん。……俺に何か出来ることがあれば言ってみろ。九代屋のためなら、いくらでも動いてやる」


(……どうする? 一色さんに今の現状を打破してもらうか? どんな策がある?)

 協定を結ばせるのは、もう無理だと分かった。
 大きな問題は王妃であると光太朗も分かってはいるが、彼女の排除という汚れ役を、一色に負わせるわけにはいかない。

 リーリュイは王妃に中枢を操られた状態で、孤独のまま戦っている。彼を救う手だてを、光太朗はここ最近ずっと考えてきた。
 ごくりと唾を飲み込み、光太朗は姿勢を正す。

「一色さん。……もし俺が死んだら……一色さんの国に転生しても良いですか?」

 一色は虚を突かれたように仰け反ると、睫毛の生えそろった瞳をぱちぱちと瞬かせた。
 返答を待たないまま、光太朗は続ける。

「転生した俺は、暴れまくるけど……それでも良い?」
「……なるほど、それは……っくく、楽しそうだなぁ! 良いぞ、いつでも来い!」

 クツクツと小さく笑っていた一色が、肩を揺らして笑い始めた。肆羽宮の中が一色の笑い声で満たされる。
 光太朗も一色の返答にほっとし、脱力して側に立っているイーオの足に凭れた。

 何がツボに嵌ったのか、暫く一色の笑いは止まらなかった。やや呆れ顔で一色を見ていた光太朗だったが、ふと一つの疑問が湧いた。

「……そう言えば、カディールさんって女性なのか? 王配って聞いてたからカディールさんが男性で、リガレイア国王が女性なんだと思ってたけど……一色さんが王だったら、やっぱりカディールさんが……女性? で合ってる?」

 王配とは、女王の配偶者を指すものだと光太朗は思っていた。リガレイア国王には後継者が何人もいるため、カディールか一色のどちらかが母体でないとおかしい。
 一色は一瞬にして黙り込み、肩を落とした。
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