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ゼロになる
第205話
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食事を掻き込む光太朗を見て、アキネが楽しそうに微笑んだ。
「本当に良く食べるのね! 懐かしい……。前世のお兄ちゃんを思い出すわ。そうやってぱくぱく食べてたなぁ」
「……そういえば、アキネさん。こっちの世界に来るとき、神様みたいな人に会いましたか?」
「うん! あんまり覚えてないけど、会ったよ」
アキネは満面の笑みを浮かべ、匙を置いた。食事にはほとんど手をつけていない状況だが、興奮した様子で光太朗に詰め寄る。
「私が会った神様みたいな人は、普通の優しそうな男の人だったの! しかも日本人っぽかった。……ディティ姉さまとは違う人なんだけど、コウにいさんは?」
「ああ、俺も……多分その人には会いましたよ。……アキネさんは、どんなギフトを貰ったんですか?」
アキネは少し首を傾げて「う~ん」と唸る。
「ギフトというか……『世界一綺麗な人にしてください』と願ったのは覚えてるの。私、前世では身体が弱くて、皮膚病で身体も汚かったから……。世界一綺麗なお嫁さんになるのが、私の夢だったの」
「そうだったんですね。確かにアキネさんは、とってもお綺麗です」
「ありがとう! ……楽しいな。こんな話、誰ともできなかったから……」
アキネが幸せそうに笑い、光太朗も微笑み返す。光太朗がアキネに向ける笑みは、いつも彼がみせる無邪気なものとは違った。
女性に向けるべき笑顔を熟知しているように思えるが、嫌らしい感情はまったく感じない。
現に2人が微笑みあう光景は、誰もが頬を緩ませるほど穏やかだ。
その後しばらく談笑し、アキネは帰っていた。その姿を見送った後、光太朗は何かを耐えるように大きく溜息を吐く。
「……ああ、食いすぎた……」
「無理して食べるからですよ。大丈夫ですか?」
「吐きそう。吐いてくる」
イーオの側からふらりと離れ、光太朗は浴室の方へと向かった。同時にその身体が傾いだのを見て、イーオが咄嗟に光太朗の腕を掴んだ。
体勢を立て直した光太朗が、足元の洗濯籠を見て苦笑いを零す。
「……大丈夫、躓いただけだから」
「……トトだな。きつく言っておきます」
目が悪い光太朗の為に、肆羽宮の床には物を置かないという決まりがある。以前は守られていたこの決まりも、最近は緩くなってきたようにイーオは感じていた。
司令塔であるカザンが体調を崩しているせいか、この肆羽宮も前よりあまり上手く機能していない。
イーオが気になっている点は他にもあった。
「コウ様。目の調子はどうです?」
「……う~ん、あまり変わらないと思うけど。リノ先生も忙しそうだし、この目は治るもんじゃないしな。……それより、便所」
手をひらひら振って、光太朗は浴室へと駆け込んでいく。イーオは転がった洗濯籠を抱え、寝室を見回した。
(リノとかいう医者は、本来コウ様を診るためにランパルに来たはずだ。……どうして往診に来なくなったんだ?)
リノが肆羽宮に来なくなって数日が経つ。毎日往診に来ていたのに、突然ぱったりと来なくなってしまったのだ。
光太朗は『診てもらっても治るもんじゃないし』と言っているが、カザンもリノの対応には首を捻るばかりだという。
明らかに何かがおかしい。気付かないほどの小さな規模で、何かがぽろぽろと崩れ続けている気がしてならない。
「イーオさん、頼みがある」
いつの間にか戻って来ていた光太朗は、先ほどよりもすっきりした顔をしている。イーオが頷くと、光太朗は口を開いた。
「アキネさんの食べてたスープに、カジャルの実が入ってた。……あの実が入った食べ物を、どれだけの頻度で食べているのか知りたい」
「……分かりました。これについてはトトに調べさせましょう」
「あと、アキネさんが服薬している薬草についても調べておいて欲しい。あと……今日、使用人が抱えていたぬいぐるみを見た?」
「はい。……それが何か?」
アキネの物なのだろうが、使用人がずっとぬいぐるみを抱えていた。尻尾が大きいぬいぐるみで、かなり大きめだったのをイーオも覚えている。
光太朗から貰った上着を抱えていたせいか、アキネがそのぬいぐるみを抱くことは無かった。
「あれから、例の匂いがした。誰から貰ったものか、調べがつくか?」
「分かりました。調べさせておきます」
イーオの答えに安堵したのか、光太朗はソファへ横になった。
溜息のようなものを吐きながら、側に積んであった本へと手を伸ばす。それはこの国の歴史書で、光太朗がトトに頼んで集めてきてもらったものだ。
それをパラパラと捲りながら、光太朗はまた黙り込む。
アキネと食事をしながら、光太朗はあれほどの情報量を取り込んでいたのだ。本調子ではない身体には負担が大きいに違いなかった。
「……コウ様、寝台で読んではいかがですか?」
「はは、ベッドで読んだら、秒で寝そうだ。……そうそう、イーオさん」
本を置いて身体を起こすと、光太朗は声を落とす。
「ウィリアムと接触できるか? 出来ればリュウに知られないように」
「……やってみます」
イーオが答えた瞬間、寝室のドアが豪快に開く。そこから現れたのはリーリュイで、光太朗は口を引き結んで身構えた。
「本当に良く食べるのね! 懐かしい……。前世のお兄ちゃんを思い出すわ。そうやってぱくぱく食べてたなぁ」
「……そういえば、アキネさん。こっちの世界に来るとき、神様みたいな人に会いましたか?」
「うん! あんまり覚えてないけど、会ったよ」
アキネは満面の笑みを浮かべ、匙を置いた。食事にはほとんど手をつけていない状況だが、興奮した様子で光太朗に詰め寄る。
「私が会った神様みたいな人は、普通の優しそうな男の人だったの! しかも日本人っぽかった。……ディティ姉さまとは違う人なんだけど、コウにいさんは?」
「ああ、俺も……多分その人には会いましたよ。……アキネさんは、どんなギフトを貰ったんですか?」
アキネは少し首を傾げて「う~ん」と唸る。
「ギフトというか……『世界一綺麗な人にしてください』と願ったのは覚えてるの。私、前世では身体が弱くて、皮膚病で身体も汚かったから……。世界一綺麗なお嫁さんになるのが、私の夢だったの」
「そうだったんですね。確かにアキネさんは、とってもお綺麗です」
「ありがとう! ……楽しいな。こんな話、誰ともできなかったから……」
アキネが幸せそうに笑い、光太朗も微笑み返す。光太朗がアキネに向ける笑みは、いつも彼がみせる無邪気なものとは違った。
女性に向けるべき笑顔を熟知しているように思えるが、嫌らしい感情はまったく感じない。
現に2人が微笑みあう光景は、誰もが頬を緩ませるほど穏やかだ。
その後しばらく談笑し、アキネは帰っていた。その姿を見送った後、光太朗は何かを耐えるように大きく溜息を吐く。
「……ああ、食いすぎた……」
「無理して食べるからですよ。大丈夫ですか?」
「吐きそう。吐いてくる」
イーオの側からふらりと離れ、光太朗は浴室の方へと向かった。同時にその身体が傾いだのを見て、イーオが咄嗟に光太朗の腕を掴んだ。
体勢を立て直した光太朗が、足元の洗濯籠を見て苦笑いを零す。
「……大丈夫、躓いただけだから」
「……トトだな。きつく言っておきます」
目が悪い光太朗の為に、肆羽宮の床には物を置かないという決まりがある。以前は守られていたこの決まりも、最近は緩くなってきたようにイーオは感じていた。
司令塔であるカザンが体調を崩しているせいか、この肆羽宮も前よりあまり上手く機能していない。
イーオが気になっている点は他にもあった。
「コウ様。目の調子はどうです?」
「……う~ん、あまり変わらないと思うけど。リノ先生も忙しそうだし、この目は治るもんじゃないしな。……それより、便所」
手をひらひら振って、光太朗は浴室へと駆け込んでいく。イーオは転がった洗濯籠を抱え、寝室を見回した。
(リノとかいう医者は、本来コウ様を診るためにランパルに来たはずだ。……どうして往診に来なくなったんだ?)
リノが肆羽宮に来なくなって数日が経つ。毎日往診に来ていたのに、突然ぱったりと来なくなってしまったのだ。
光太朗は『診てもらっても治るもんじゃないし』と言っているが、カザンもリノの対応には首を捻るばかりだという。
明らかに何かがおかしい。気付かないほどの小さな規模で、何かがぽろぽろと崩れ続けている気がしてならない。
「イーオさん、頼みがある」
いつの間にか戻って来ていた光太朗は、先ほどよりもすっきりした顔をしている。イーオが頷くと、光太朗は口を開いた。
「アキネさんの食べてたスープに、カジャルの実が入ってた。……あの実が入った食べ物を、どれだけの頻度で食べているのか知りたい」
「……分かりました。これについてはトトに調べさせましょう」
「あと、アキネさんが服薬している薬草についても調べておいて欲しい。あと……今日、使用人が抱えていたぬいぐるみを見た?」
「はい。……それが何か?」
アキネの物なのだろうが、使用人がずっとぬいぐるみを抱えていた。尻尾が大きいぬいぐるみで、かなり大きめだったのをイーオも覚えている。
光太朗から貰った上着を抱えていたせいか、アキネがそのぬいぐるみを抱くことは無かった。
「あれから、例の匂いがした。誰から貰ったものか、調べがつくか?」
「分かりました。調べさせておきます」
イーオの答えに安堵したのか、光太朗はソファへ横になった。
溜息のようなものを吐きながら、側に積んであった本へと手を伸ばす。それはこの国の歴史書で、光太朗がトトに頼んで集めてきてもらったものだ。
それをパラパラと捲りながら、光太朗はまた黙り込む。
アキネと食事をしながら、光太朗はあれほどの情報量を取り込んでいたのだ。本調子ではない身体には負担が大きいに違いなかった。
「……コウ様、寝台で読んではいかがですか?」
「はは、ベッドで読んだら、秒で寝そうだ。……そうそう、イーオさん」
本を置いて身体を起こすと、光太朗は声を落とす。
「ウィリアムと接触できるか? 出来ればリュウに知られないように」
「……やってみます」
イーオが答えた瞬間、寝室のドアが豪快に開く。そこから現れたのはリーリュイで、光太朗は口を引き結んで身構えた。
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