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ゼロになる

第204話

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 黙り込んだ光太朗を見つめ、イーオは心中で溜息をつく。リーリュイからの言いつけを思い出すと、喉の奥が低く鳴りそうになった。

『最近光太朗が、黙って何かを考えているから……注意深く見ておけ』

 正にその通りで、光太朗は最近考え込んでいる事が増えた。

 リーリュイは多忙だ。光太朗の側にいれるのは深夜か、少しの休憩時間しかない。しかし彼らはごく僅かな短い時間で、全て解り合ってしまうのだ。

(……圧倒的に、今は俺の方が側にいる時間が多い。……なのに殿下は、少しの時間でこの人の事を理解する……)


 光太朗は、リーリュイ殿下のもの。
 それはイーオも認めている。そこに割って入る隙間など僅かもないと理解していた。

 しかし光太朗の警護として、彼の身の回りを護ることに関しては負けたくはない。

「……コウ様。何を考えておられますか?」
「……うん?」
「言って頂かないと、意を汲んで動くことが出来ません」

 光太朗は顔を歪め、首を小刻みに横へ振った。

「なぁイーオさん、その言葉遣い止めないか? なんか落ち着かないんだけど……」
「落ち着かない?」
「前みたいに、親し気に話してくれて良いから! ……さて……」

 「さて」と言うなり、光太朗はまた黙り込む。はぐらかされた質問は、空に漂ったままだ。
 続けて問おうとした所で、可愛らしい声が庭に響いた。

「コウにいさん!」

 庭の向こうから、銀糸を靡かせたアキネが手を振っていた。使用人に支えられながら、彼女はゆっくりとした足取りでこちらへ歩いてくる。
 光太朗はアキネに向けて、これ以上ないほど優しい笑顔を浮かべた。 

「アキネさん! どうしたんです?」
「一緒に朝ごはん食べたくて、来ちゃった!」
「言ってくだされば、こちらから参りましたのに……」

 光太朗が上着を脱ぎ、それをアキネの肩へと掛ける。嬉しそうにアキネが笑う横で、使用人が不快そうに顔を歪めているのが見えた。

 あれから光太朗は、暇があればアキネの居を訪れるようにしていた。しかし未だにアキネの使用人たちは、待遇や仕草で光太朗への敵意を剥き出しにしてくる。

 光太朗も敵意に感づいているが『気付かないフリ』を貫き通していた。そしてアキネと親交を深め、今ではすっかりアキネが懐いてしまっている。

「コウさんの居って、不思議と居心地が良いの! だからなるべくこっちで遊びたい!」
「そうですか。ではアキネさんの食事の準備を…」
「不要です。もうこちらで手配しております。そちらで準備した食事など、アキネ様の口に入れるわけにはいきません」

 隣にいた使用人が冷たい言葉を放るが、すかさず光太朗が笑顔で答えた。

「そうですか、助かりました。俺が食べる朝食は、朝からボリュームあるものばかりですからね。アキネさまには向かないと思ってたんですよ」
「そうなの!? どんなごはん?」
「肉が中心です。腹が減るんですよ」

 口端を吊り上げた光太朗に、アキネがわくわくを隠せないような表情を浮かべる。
 今まで人との関わりが少なかったのだろう。光太朗という存在が興味深くて仕方がないようだ。

 苦虫を嚙み潰したような使用人を、イーオは威圧感を持って見下ろした。その視線に気付いたのか、使用人は僅かに肩を揺らして俯く。
 明らかに敵意を持った発言も、光太朗はさらりと角の無い方向へ流す。意図的に示した敵意を折られると、使用人としても次の手が打てないのだろう。


(……にしても、コウ様は凄い。……どこまで考えてやっているのか、こちらも考えが及ばん)

 光太朗が使用人に向ける態度や言動などの全てに、計算しつくされたものを感じる。相手の出方を窺う視線を感じる事もあった。
 今までフェンデとして下層で生きていた人間が、ここまで上手く立ち振る舞えるものなのかと、イーオは思う。


 アキネは室内に入ると、光太朗から掛けてもらった上着を脱いだ。そしてそれに顔を埋め、すりすりと頬ずりする。

「この上着、とっても気持ちいいね。……それにとってもいい匂いがする」
「何かの獣毛で作られた上着でしょうね。気に入ったのであれば、差し上げますよ」
「いいの!? やった」

 ソファに座りながら、アキネが嬉しそうに笑う。テーブルにはアキネの分の食事が、もう準備されていた。
 光太朗の朝食は、ミルクのリゾットに鶏肉のソテー、野菜たっぷりのスープだ。朝に体調が良くなる事が多い光太朗は、一日の栄養を朝食で補おうとすることが多い。

 対するアキネの食事は、スープと果物のみだった。
 その食事をちらりと見た後、光太朗は手を合わせる。それを見てアキネも手を合わせた。

「いただきます」
「いただきます。……うふふ、懐かしい。リーリュイちゃんにも昔、『いただきます』を教えたことがあるの。可愛かったなぁ、リーリュイちゃん」
「……本当に可愛がっていたのですね」
「うん。……親がいなくて可哀そうな子だって、ディティお姉さまが仰ってたから、たくさん遊んであげたの。……でも突然いなくなっちゃって、寂しかったな……」

 スープに匙を入れるアキネの手首に、痣が見える。彼女に暴力を加え、それを咎められる事のない人物など、この王宮の中でそう多くはない。
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