201 / 248
ゼロになる
第198話
しおりを挟む「それ、無理じゃない? 今回の議会では、リーリュイを正式な皇太子にするっていう発表もあったのよ。……正室の座はフェブールに残しておくべきでしょ? コウさんを側室にでもするの?」
「側室になどしない。私の伴侶は、光太朗一人だ」
「子供も孕めない男を生涯の伴侶にするなんて……。あなたは王になるのよ? 国を潰すつもり?」
側にいるリーリュイから、怒りが伝わってくる。それでも彼が反応しないのは、ディティを喜ばせるだけだと分かっているのかもしれない。
ディティはこうして人の感情を揺さぶり、それを見て悦に入る人物のようだ。
いや、それだけでは無いかもしれない。彼女から発せられる威圧感には、禍々しいものを感じる。
落ち着かせるように長い息を吐き、リーリュイはディティに顔を向けた。その表情は先ほど見せた、無の顔だ。
「……国を立て直したら、エイダン兄上に皇太子の座をお譲りします。私は中枢から退き、騎士道を貫きます。……これで満足ですか?」
「……リーリュイ、あなた何も分かっていないわね。エイダンもマシューも、もう舞台から降りたの。これからの演者はあなたなのよ、リーリュイ」
「……マシュー兄上は、この国を守るために命を散らせました。エイダン兄上も、力を尽くしたが故に、あんな怪我を……」
「そんな事知ってるわ。あの子らの力不足は、分かり切ってた事じゃない。……それとも何? 母親としてもっと悲しめと? 悲しんでいるわよ。とっても」
身に着けている黒のチョーカーをなぞり、ディティは悲愴感を漂わせる。しかしそれも長くは続かず、またくすくすと笑い始めた。
「あっはは……そろそろ帰ろうかしら。一気に味わってしまったら、後が味気ないわ。そうそうその前に……」
ディティが徐に立ち上がり、光太朗へと手を伸ばす。咄嗟にリーリュイが光太朗を抱え込むと、イーオとトトが動いた。
光太朗とリーリュイの前に身体を滑り込ませ、その場に跪く。王妃を敬う姿勢を取ってはいるが、隠せない殺気が2人から漏れ出した。
2人の騎士に殺気を向けられているというのに、ディティは光太朗の瞳を捉え続ける。ひどく禍々しいものに見えるその瞳を、光太朗は睨み返した。
しばらく瞳を見つめていたディティだったが、急に眉根を寄せる。納得できないとばかりに顔を僅かに傾け、光太朗へ鋭い目を向けた。
「……あなた、匂うわ。……誰の加護?」
「……?」
「……気に入らない。こんなに多重に加護があるなんて、信じられない」
光太朗も、先ほどから感じていた。噎せ返るような晄露の腐敗臭が、ディティから漏れ出してくる。
キースに抱かれているアゲハが、ディティに殺気を立ち昇らせているのもそのせいだろう。
「やっぱり潰すべきね。残念だけど」
吐き捨てるように言うと、ディティはアキネを立たせる。怯えるアキネを引きずるようにして、ディティとアキネは肆羽宮を去っていく。
嵐が去った寝室で、光太朗は身体を一気に弛緩させた。そして一気に捲し立てる。
「……っなんだあいつ! あんな人が居れば、そりゃあ実家も出ていきたくなるわ! リュウもアキネさんも、めっちゃ虐められてないか!?」
思えばリーリュイから、第1フェブールの話は聞いていなかった。しかしあれほどの強烈な人物ならば、リーリュイから危険人物だという警告を受けていないのはおかしい。
「どー考えても、悪役じゃねーか! 違うのか!?」
目の前に居るキースやイーオを見ても、一様に何とも言えない表情を浮かべている。唯一アゲハだけが、大きく頷いていた。
「我もどういけんだ。このおうきゅうのゆがみは、あいつが原因だ」
「そうだよな。あれだけの悪意ある人間が中枢に居て、なんで問題視していないんだ?」
キースは頭を傾げ、トトも肩を竦めている。カザンは深いため息を吐くと、顔面蒼白のまま頭を抱え込んだ。
「……不思議なのです。王宮に勤めていた頃は、王妃様のあのような振る舞いを見ても、おかしいと感じなかったのです。……しかも、王宮を離れてからあの所業を思い出そうとしても、ぼんやりとしか覚えておらんのです。ただ、殿下とアキネ様が可哀そうとしか……」
「……いや、どう見てもおかしいぞ? なんでだ?」
リーリュイに抱え込まれながら、光太朗はひたすら首を捻った。
黙り込んでいたリーリュイは、憂いの籠った息を吐き出す。光太朗の頭へ鼻を埋めて、彼はぽつりと零した。
「王妃は……昔からああだった。周囲がそれを異常だと捉えないのも、ずっと変わらない。幼い時は、その異常さを訴えたが……誰も取り合ってはくれなかった。その結果私は、『私こそが異常なのだ』と思うようになった。だから私は、王宮を去った」
「……王宮を去ってから、王妃の異常さを誰かに伝えなかったのか?」
「カザンが言うように、王宮を去ると不思議と記憶が薄れる。他の者も同じくだ。……久しく帰ってみれば、母は私を父と誤認するようになった。それが王妃と関連があるのかは、私にも分からない」
「あいつのしわざでまちがいない。……せいしんそうさ、だな。あいつのとくしゅのうりょくは」
全員の視線が、一気にアゲハに注がれる。
この世界に来て『精神操作』という魔法は聞いたことがない。そんな魔法があれば、ウィリアムが喜んで使いそうなものだ。
「精神操作? フェブールっていうのはそんな事も出来んのか?」
「こうろをつかえば、できる」
「晄露を使って精神操作? 恐ろしすぎないか? それ……」
晄露は空気中に漂う。王宮にいる限り、あの腐った晄露がウイルスのように身体へ入ってくるのだ。回避など出来やしない。
66
お気に入りに追加
2,914
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)
黒崎由希
BL
目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。
しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ?
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
…ええっと…
もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m
.
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~
楠ノ木雫
BL
俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。
これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。
計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……
※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。
※他のサイトにも投稿しています。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる