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ゼロになる

第197話

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 部屋に通されたリーリュイは、何の感情もない人形のような表情を浮かべていた。ディティに冷たい瞳を向け、抑揚のない言葉を放る。

「……ディティ様。どうしてこちらに?」
「どうしてって……皇太子の大事な人へ、挨拶しに来たのよ?」

 僅かに眉根を寄せたリーリュイが、ソファにいる光太朗を見る。その瞬間、隣にいたアキネの肩がびくりと跳ねた。
 光太朗の腕を掴み、アキネは身を縮こませる。

「……っいや……やめて……」
「? アキネ様?」

 アキネは、どう見てもリーリュイに対して怯えている。リーリュイは、ただ悲しそうにアキネを見下ろすだけだ。

「……なぜ母をここへ連れてきたのですか? こうなることは、お分かりでしたよね?」
「あなたが悪いのよ、リーリュイ。母であるアキネに、なかなかコウさんを会わせないんだもの……」
「そんな事、あなたに関係がありますか?」

 リーリュイがディティに向ける表情は、限りなく無に近い。
 その表情を見て、光太朗の胸の奥がざわざわと音を立てた。自分に向けられている訳ではないのに、不安で押しつぶされそうになる。

 光太朗と2人でいる時のリーリュイは、絶対にそんな表情はしない。
 魔導騎士団にいるときの厳しい顔でもない。
 いつの日か見た怒りの表情でもない。
 兄たちに見せる不快な表情とも違う。

 相手を心底拒絶している表情だ。

(この顔……相手に何も望まないし、何も望まれたくない時の顔だ。怒りも悲しみも、とうに通り越して……何もかも断ち切りたい時の顔……)

 リーリュイからそんな顔を向けられたら、悲しくて死んでしまうかもしれない。しかし向けられている本人であるディティは、心底愉しそうに微笑むばかりだ。

「どうして会わせたくないのかしら? こんな親子関係を見られるのが嫌だった?」
「……」
「ねぇ、アキネ。久しぶりのリーリュイはどう?」

 ディティは指を組んだ上に顎を乗せ、まるで観察するようにアキネを見る。光太朗に縋りついていたアキネは目を瞬かせた後、頭を横に振った。

「ちがう。……その人は王様……。リーリュイちゃんとは違う」
「ふふふ。だ、そうよ? リーリュイ」
「……」

 無表情のリーリュイと怯えるアキネを見ながら、ディティは声を漏らしながら愉しそうに笑う。
 その光景を見ていた光太朗は、不快感に喉を鳴らした。リーリュイもアキネも、事情は分からないがどちらも辛いはずだ。笑える状況では決してない。

「何で、笑っているんですか?」

 光太朗が言うと、ディティが一瞬で真顔になる。光太朗に向けられた視線には、先ほどの華やかさは一切ない。
 彼女は観察するように光太朗を見て、口元を吊り上げる。

「正常な反応ね。とても良いわ。……久しぶりに楽しめそうだったのに、本当に残念。でも今の状況だったらしょうがないわね」
「?」

 光太朗が眉を寄せると、ディティはリーリュイへと視線を移した。

「ねぇ、こんなに早く帰ってきたのは、彼に伝えたいことがあるからでしょ? 言いなさいよ、リーリュイ」
「……あなたが帰った後に、彼とはゆっくり話します」
「遠慮しなくて良いのよ。私はもう知ってるから」

 光太朗へと顔を戻し、ディティは目尻を下げた。
 唇から、ちらりと赤い舌が覗く。興奮しているかのようなその顔は、酷く忌々しいものに見えた。

「コウさん、あなたね、フェブールとは認められなかったわよ。残念ね」
「……え?」
「謁見するまでもないと、陛下は判断されたわ。あなたのその状況、フェブールじゃ考えられないもの。……まるで役割を終えて、死 ____」

 ディティの言葉を遮るようにして、リーリュイが佩いていた剣を地面へ叩きつけた。鋭い殺気を垂れ流しながら、ディティを睨みつける。

「お引き取りを。これ以上いると、私は何をするか分からない」

 リーリュイから殺気を向けられても、ディティは怯むことが無かった。それどころか、更に興奮したように、顔を悩ましげなものに変化させる。

「……すごいじゃない……! あなたが、こんなに怒りを露わにするなんて……!! そこにいる彼のお陰なんでしょう?」
「……あなたには関係ないと言っている」

 そう言い放ち、リーリュイは光太朗の側へ寄った。目線を合わせるようにしゃがみ込み、いつもの優しい表情で光太朗を見る。

「光太朗。……すまない、後からしっかり話をしようと思っていた」
「……決定したのか?」
「……父が正式に議会へ発表した。……突然の事で、抗議することも出来なかった」
「そっか……やっぱり認められなかったか……」


 フェブールと認められる事は難しいと感じていたが、実際に決定が下されると、正直心が痛い。これまでのリーリュイや周りの人の努力を、ふいにしてしまったのだ。
 手の甲に視線を落としていると、リーリュイがそこに手を重ねる。

「認められなかったとしても、私は君の側にいる。身体が治ったら、これまで通り騎士団で活躍してもいい。……気を落とさないでくれ、光太朗」
「うん……ごめんな、リュウ」
「どうして君が謝る……」

 祈るように、リーリュイは光太朗の手に口づける。
 きっと一番悔しいのはリーリュイだろう。決定を下された時に側にいてやりたかった。
 
 リーリュイの髪に鼻を埋めると、ディティの引き攣るような笑い声が耳に届く。
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