上 下
197 / 248
ゼロになる

第194話

しおりを挟む
「こんな時間に誰だぁ? コウはここで待ってろよ」

 忙しなく口を動かすアゲハを光太朗に押し付け、キースが立ち上がる。警戒モードのカザンとキースは、共に寝室の入口へ向かった。
 扉に向かって誰何すいかすると、男性の声が返ってくる。

「あ、あの僕! 怪しいもんではなく、今日から護衛として勤務することになった者でして……ちゃんとリーリュイ殿下から頂いた証明書もあります!」
「…………聞いてます? カザンさん」
「いやぁ何も聞いていませんなぁ」
「ち、違うんです! もう一人の護衛の手続きに手間取ってて、殿下が僕だけ先に行くようにと……ほ、本当ですよ!!」


 光太朗の位置からは、カザンの大きな身体が邪魔をして、寝室の扉が見えない。
 アゲハのべたべたになった口元を拭っていると、扉が開く音がした。キースの低い声が聞こえる。

「武器はそこに置け。証明書見せろ。ちゃんと魔法印付きなんだろうなぁ?」
「も、もちろん! ちょっと待って下さい……」

 男の姿を見ようと、光太朗は身体を少し傾けた。カザンとキースの隙間から、男性の姿が見える。
 背は小さいががっちりとした体格だ。そばかすが散った褐色の肌に、男性にしては可愛らしい瞳。青い髪は短く整えてある。

 彼は光太朗と目が合うと一瞬固まり、そして膝から崩れ落ちた。

「ぅおおおぉわああぁ~……ほ、ほ、本当に生きてるぅ……」
「……あん?」

 光太朗が目を瞬かせると、男性はぼろぼろと泣き出した。見事な男泣きに、光太朗も唖然とする。

「ぜろぉおおお、よかっだねぇえ……!!」
「!!」

 アゲハを抱えたまま立ち上がり、光太朗は男へ近づく。輪郭がはっきりしてくると、その男性に懐かしい面影が見えた。

「……! トトか!?」

 膝をついて近くに寄り、光太朗は更に確信した。3年前、第10騎士団にいたトトだ。

 当時より顔が精悍になり、身体も大きくなっている。身長は伸びていないようだが筋肉質で、十分戦士に見える。当時の弱々しい雰囲気から、彼はがらっと変わっていた。

「……そうだよぉぉお! ぜろぉ……ほんとに、いきててよがったぁああ」
「トト、ほんとに久しぶりだ……だけど、なんで?」
「俺……ゼロが死んだって聞いて………」

 トトは泣きながら、3年前の事を話し始めた。
 光太朗が死んでから、リーリュイはフェンデの擁護活動をし始めた。その活動にトトはずっと協力していたらしい。
 国軍に入り身体を鍛え、リーリュイの護衛をしていた事もあったようだ。

「殿下が魔導騎士団を立ち上げてランパルに行かれてからは、第3騎士団に入って鍛錬を続けてきました。…………俺も、ちゃんとした騎士になったんだよぉ、ゼロ」
「すごいな、トト! っはは、あの時とは大違いだ」
「……全部、君のお陰だよ。ゼロのお陰で、僕は自分を正すことが出来た」

 姿勢を正して、トトは目元の涙を拭う。そして片膝を立てると、頭を垂れた。

「第3騎士団、トト。今日からコウ様の護衛を務めさせて頂きたく存じます。今度こそ、命を懸けて守り通す所存です! お許し頂けるでしょうか!!」
「ああ、許す」

 即答する光太朗を見上げて、トトはまた涙を溢れさせた。笑顔のまま泣いているので、今度は感無量といったところだろう。

「嬉しいです! そして、やっぱり今も変わらず…………んんん、可愛いっっ!」
「あぁ?」

 光太朗が片目を眇めると、トトが両手で口を覆った。悩まし気な表情から、歓喜の表情へと変わる。

「懐かしい……その表情……!! 前髪なしで拝めるなんて……!!」

 五指を合わせて額に当て、トトは祈りの体勢に入った。そんな彼を見て、カザンがぽつりと零す。

「……何で殿下が彼を選んだか……分かる気がしますねぇ……」 
「そうっすねぇ。左上でも王宮でもねぇ、完璧にコウ側だ」

 トトの様子を見て、キースとカザンは納得したように頷き合う。しかし光太朗に抱かれていたアゲハは、トトに怪訝そうな顔を向けた。

「くしゃくはないが、おまえ、あんまりつよくないだろう!? しんようなりゃん」
「おお! 可愛いお子様ですね! 僕、子守もできますよ!! コウ様の為なら、雑用でも何でもやるんで!」  

 トトが満面の笑みを見せ、立ち上がった。部屋を見回し、見つけた洗濯ものを掴んだ後、ついでに寝台のシーツを剥ぎ取り、小脇に抱える。

「洗濯場に知り合いいるんで、頼んできますね!!」
「お、おお……」
「あと、厨房にも友達いるんで、なんかあったら言ってください!」
「あ、ああ。……助かる」

 にっこり微笑んで、トトは嵐のように寝室を出て行った。しんと静まり返った部屋で、キースがぽつりと呟く。

「コミュニケーションスキルがカンストしてないか? あいつ」
「何にせよ……助かりました……。王宮との連絡係は、彼が適任ですな……」


 2人のやり取りを見ながら、光太朗は弱々しい笑みを浮かべる。

(再会は嬉しいけど……さすがに疲れたな……。まだ昼にもなってないのに……)

 今日は早朝から目まぐるしすぎる。護衛はもう一人残っていると言うのに、体力が持つのか心配だった。
しおりを挟む
感想 118

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

処理中です...