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ゼロになる
第190話
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穢れを知らないかのような真っ白なローブを身に着け、ウィリアムは微笑む。彼がローブを身に着けるのは、聖魔導士としての執務中だけだ。
教会は王宮の中にもあるが、肆羽宮とは離れた場所にある。ウィリアムがここにいること自体に、ウルフェイルは言いようのない警戒心を抱いた。
ウィリアムは睨みつけるウルフェイルに慌てることなく、肆羽宮の方向を見遣る。
「何もしてないよ。コータローに会いたいけど、どうせ会わせてくれないんでしょ?」
「じゃあどうして、こんなところにいる?」
「別に? 散歩さ。ここらの庭園は綺麗だからね、僕の散歩コースなんだ」
「……あなたは、軟禁中だと聞いたが?」
肩を竦めたウィリアムは、近くにいる使用人たちを見回す。使用人らが頭を下げるのを見ながら、美麗な唇を吊り上げた。
「軟禁なんてされていないよ、自主的に活動を控えているだけ。僕は左上宮側ではない。……僕が北軍に応戦したの知ってるだろ?」
「……しかし……」
「僕は長く王宮側に従していたし、左上宮側という確たる証拠もない。現にここから逃げていないんだから、察してよ。……まあ、左上の長は僕の母だし、疑う気持ちもわかるけどね」
近くに控えていた衛兵が、静かにウルフェイルへと近づく。彼は膝を折ると、頭を垂れた。
「私はここで番をしておりましたが、ウィリアム様は肆羽宮へ入ってはおりません。あちらの庭から、回廊へ渡って来られました。間違いございません」
「……ほらね? ほんとに散歩中だったんだよ」
ウィリアムが衛兵の肩をとんとんと叩くと、衛兵は五指を合わせて額へと押し当てた。教会で良く見られる祈りの姿勢だ。
ウルフェイルはそれを見て、眉間の皺を深く刻む。
(王宮でのウィリアムの立ち位置は、変わらねぇみたいだな……。こいつ、本当に何を考えてる……?)
「そんな怖い顔しないでよ。もう帰るからさ」
親し気に微笑んで、ウィリアムは肆羽宮とは反対側へ踏み出した。しかしウルフェイルとすれ違う瞬間、歩みを緩めぼそりと言葉を零す。
「肆羽宮は、風通しが良さそうだね。虫もたくさん入ってきそうだ」
「……?」
手をひらひら振りながら、ウィリアムは去っていく。ウルフェイルはカザンへ目配せし、肆羽宮へと急いだ。
『___ 虫もたくさん入ってきそうだ』
嫌な予感に背を震わせながら、ウルフェイルは寝室の扉を開ける。
寝室の真ん中には、光太朗が座り込んでいた。腕に抱いているのはアゲハで、光太朗はその頭に顔を埋めている。
呟くような小さな声が、2人の間から漏れ出してきた。
「アゲハ……ごめんな」
「こたろがあやまりゅことではない! われのておちだ……!」
光太朗の足元には、血に濡れた果物ナイフが転がっている。ウルフェイルが駆け寄ると、光太朗が驚いたように目を見開いた。
「……あれぇ? ウルフ?」
「コウ……! お前、怪我は?」
「大丈夫。……アゲハは?」
アゲハは首を横に振ると、悔しそうに顔を歪める。光太朗はカザンの手を借りて立ち上がりながら、アゲハの髪を慰めるように撫でた。
部屋には特に荒らされた様子もない。光太朗も言葉通り怪我は負っていないようだった。
寝台に腰掛け、光太朗はほっとしたように息を吐く。
「コウ、一体何があった?」
「……部屋に誰か入ってきたんだ。俺……全然気づかなくてさ……、アゲハが反応してくれてようやく反撃できた。……ナイフの血は、侵入者のだよ」
「侵入者だと? ここに?」
皇子たちの居住区である宮は、厳重な警備に守られている。限られた人間しか入れなくなっており、外部からの侵入は不可能に等しい。
カザンが用意したクッションに凭れて、光太朗は小さく頷く。
「顔は見えなかったけど……軽装だったよ。武装してなかった」
「……内部の者かもしれないな。……もしかして、ウィリアムじゃなかったか?」
ゆっくり顔を上げて、光太朗はウルフェイルを見る。熱で潤んだ目を瞬かせ、はっきりと首を横に振った。
「いや、ウィルじゃない。あいつのキスじゃなかった」
「……。…………!?」
ウルフェイルとカザンが言葉を失う中、アゲハがコップを手に戻ってきた。それを光太朗へと渡し、鼻梁に皺をぎゅっと寄せる。
「こたろ、くちをゆすげ」
「ありがとう、アゲハ」
「コ、コウ…………そいつに何されたんだ?」
カザンが慌てて持ってきた桶に、光太朗は水を吐き出す。慌てる周囲を他所に、光太朗はまったく慌てる様子が無い。
「キスだけだよ。……アゲハが気付いてくれたから」
「われが……もっとはやくきづいていれば……」
肩を落とすアゲハを見て、光太朗は哀しそうに眉を下げた。そして眉を寄せるウルフェイルやカザンも見回して、困ったように微笑む。
「……なんか、頭が回んなくて……ごめんな……。でもウィルじゃない」
「……分かった。すまん……ゆっくり休んでくれ、コウ」
身体は限界だったのだろう。返事を返すこともなく、光太朗は瞼を閉じた。
無理もない。体調が悪い中、侵入者に応戦したのだ。
ウルフェイルは大きく溜息を吐いて、頭を抱える。
「訳わかんねぇ……。この王宮は、どうなってる!? コウをどうするつもりだ!?」
「分かりませんが……この人数ではコウ殿を満足に守れません。もっと人員が必要でしょう」
「くそっ……まるで敵地にいるような気分だ! 王宮の外に出してやりてぇが、リーリュイはここから動けないからな……」
『___肆羽宮は、風通しが良さそうだね。虫もたくさん入ってきそうだ』
ウィリアムの言葉を思い出し、ウルフェイルは唸った。肆羽宮は確かに開放的な造りになってる。この寝室も、扉一枚開ければ庭に出れる造りだ。
(こちらに助言したつもりか……? 何を考えてる?)
ウルフェイルは立ち上がり、黙り込んだまま部屋を出た。とにかく今は、信頼できる者たちを集めなければならない。
教会は王宮の中にもあるが、肆羽宮とは離れた場所にある。ウィリアムがここにいること自体に、ウルフェイルは言いようのない警戒心を抱いた。
ウィリアムは睨みつけるウルフェイルに慌てることなく、肆羽宮の方向を見遣る。
「何もしてないよ。コータローに会いたいけど、どうせ会わせてくれないんでしょ?」
「じゃあどうして、こんなところにいる?」
「別に? 散歩さ。ここらの庭園は綺麗だからね、僕の散歩コースなんだ」
「……あなたは、軟禁中だと聞いたが?」
肩を竦めたウィリアムは、近くにいる使用人たちを見回す。使用人らが頭を下げるのを見ながら、美麗な唇を吊り上げた。
「軟禁なんてされていないよ、自主的に活動を控えているだけ。僕は左上宮側ではない。……僕が北軍に応戦したの知ってるだろ?」
「……しかし……」
「僕は長く王宮側に従していたし、左上宮側という確たる証拠もない。現にここから逃げていないんだから、察してよ。……まあ、左上の長は僕の母だし、疑う気持ちもわかるけどね」
近くに控えていた衛兵が、静かにウルフェイルへと近づく。彼は膝を折ると、頭を垂れた。
「私はここで番をしておりましたが、ウィリアム様は肆羽宮へ入ってはおりません。あちらの庭から、回廊へ渡って来られました。間違いございません」
「……ほらね? ほんとに散歩中だったんだよ」
ウィリアムが衛兵の肩をとんとんと叩くと、衛兵は五指を合わせて額へと押し当てた。教会で良く見られる祈りの姿勢だ。
ウルフェイルはそれを見て、眉間の皺を深く刻む。
(王宮でのウィリアムの立ち位置は、変わらねぇみたいだな……。こいつ、本当に何を考えてる……?)
「そんな怖い顔しないでよ。もう帰るからさ」
親し気に微笑んで、ウィリアムは肆羽宮とは反対側へ踏み出した。しかしウルフェイルとすれ違う瞬間、歩みを緩めぼそりと言葉を零す。
「肆羽宮は、風通しが良さそうだね。虫もたくさん入ってきそうだ」
「……?」
手をひらひら振りながら、ウィリアムは去っていく。ウルフェイルはカザンへ目配せし、肆羽宮へと急いだ。
『___ 虫もたくさん入ってきそうだ』
嫌な予感に背を震わせながら、ウルフェイルは寝室の扉を開ける。
寝室の真ん中には、光太朗が座り込んでいた。腕に抱いているのはアゲハで、光太朗はその頭に顔を埋めている。
呟くような小さな声が、2人の間から漏れ出してきた。
「アゲハ……ごめんな」
「こたろがあやまりゅことではない! われのておちだ……!」
光太朗の足元には、血に濡れた果物ナイフが転がっている。ウルフェイルが駆け寄ると、光太朗が驚いたように目を見開いた。
「……あれぇ? ウルフ?」
「コウ……! お前、怪我は?」
「大丈夫。……アゲハは?」
アゲハは首を横に振ると、悔しそうに顔を歪める。光太朗はカザンの手を借りて立ち上がりながら、アゲハの髪を慰めるように撫でた。
部屋には特に荒らされた様子もない。光太朗も言葉通り怪我は負っていないようだった。
寝台に腰掛け、光太朗はほっとしたように息を吐く。
「コウ、一体何があった?」
「……部屋に誰か入ってきたんだ。俺……全然気づかなくてさ……、アゲハが反応してくれてようやく反撃できた。……ナイフの血は、侵入者のだよ」
「侵入者だと? ここに?」
皇子たちの居住区である宮は、厳重な警備に守られている。限られた人間しか入れなくなっており、外部からの侵入は不可能に等しい。
カザンが用意したクッションに凭れて、光太朗は小さく頷く。
「顔は見えなかったけど……軽装だったよ。武装してなかった」
「……内部の者かもしれないな。……もしかして、ウィリアムじゃなかったか?」
ゆっくり顔を上げて、光太朗はウルフェイルを見る。熱で潤んだ目を瞬かせ、はっきりと首を横に振った。
「いや、ウィルじゃない。あいつのキスじゃなかった」
「……。…………!?」
ウルフェイルとカザンが言葉を失う中、アゲハがコップを手に戻ってきた。それを光太朗へと渡し、鼻梁に皺をぎゅっと寄せる。
「こたろ、くちをゆすげ」
「ありがとう、アゲハ」
「コ、コウ…………そいつに何されたんだ?」
カザンが慌てて持ってきた桶に、光太朗は水を吐き出す。慌てる周囲を他所に、光太朗はまったく慌てる様子が無い。
「キスだけだよ。……アゲハが気付いてくれたから」
「われが……もっとはやくきづいていれば……」
肩を落とすアゲハを見て、光太朗は哀しそうに眉を下げた。そして眉を寄せるウルフェイルやカザンも見回して、困ったように微笑む。
「……なんか、頭が回んなくて……ごめんな……。でもウィルじゃない」
「……分かった。すまん……ゆっくり休んでくれ、コウ」
身体は限界だったのだろう。返事を返すこともなく、光太朗は瞼を閉じた。
無理もない。体調が悪い中、侵入者に応戦したのだ。
ウルフェイルは大きく溜息を吐いて、頭を抱える。
「訳わかんねぇ……。この王宮は、どうなってる!? コウをどうするつもりだ!?」
「分かりませんが……この人数ではコウ殿を満足に守れません。もっと人員が必要でしょう」
「くそっ……まるで敵地にいるような気分だ! 王宮の外に出してやりてぇが、リーリュイはここから動けないからな……」
『___肆羽宮は、風通しが良さそうだね。虫もたくさん入ってきそうだ』
ウィリアムの言葉を思い出し、ウルフェイルは唸った。肆羽宮は確かに開放的な造りになってる。この寝室も、扉一枚開ければ庭に出れる造りだ。
(こちらに助言したつもりか……? 何を考えてる?)
ウルフェイルは立ち上がり、黙り込んだまま部屋を出た。とにかく今は、信頼できる者たちを集めなければならない。
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