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いざ、競技会!

第184話 涙目で見つめられたら

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「物心ついた時には、母は壊れていた。彼女は自分に子供がいることを理解していない。幼いころは、私の事を『知り合いの子供』という認識で関わってくれていたが、今ではその関係すらない。……母や父のせいにするつもりはないが、私も感情というものが……良く分からない」
「そうだったのか……。でも俺から見たら、リュウは十分感情溢れる人だぞ?」
「それは、相手が君だからだ」

 困ったようにリーリュイは笑う。
 光太朗はポーチに手を伸ばし、ガーゼを取り出した。それをリーリュイの頬の傷に当てると、彼は何も言わずに瞼を伏せる。
 
 やっと治療が出来そうな雰囲気に、光太朗はほっと安堵の息を吐いた。座ったままリーリュイへにじり寄って、顔についた泥や血を拭っていく。

「光太朗は、良く私の事を『凄い』と言うが、君だって凄い。……私の感情をこんなに引き出せる人は、他にはいない」
「そうか?」
「君を前にすると、靄がかかっていた自分が鮮明になる」
「それは良かった。俺はリュウを前にすると、感情が引き出されるって感じかなぁ」

 光太朗は相槌を打ちながら、リーリュイの傷へ軟膏を乗せていく。額についた傷はかなり深い。血は止まっているが、痕が残るだろう。
 眉を顰めていると、リーリュイが光太朗の手を掴んだ。その顔には窘めるような表情が浮かぶ。

「……その顔。また『自分のせいで』と考えているだろう。止めなさい。この傷は、私の選択から生じたものだ。君のせいではない」
「……そんな事言っても……」
「崖崩れが起きて、君が流された後……皇子という立場である私がとるべき行動は『都に帰る事』だ。状況的に、ユムトの別部隊が王都に進撃している可能性が高い。しかし私は愚かにも、君を選んだ。そして僅かも後悔はしていない。全ての責任は私にある。……分かったか?」

 光太朗は少しの逡巡のあと、小さく頷く。納得できない部分もあったが、言い返す言葉が見つからなかった。

「分かったから……ちょっと動くなよ。その首、めっちゃ痛そう……」

 詰襟の縁に手をかけて、光太朗はリーリュイの首筋を覗き込む。深い傷ではないが、鎖骨の下まで続いているようだ。

「リュウ、服を脱ごう。こんな濡れたの着てたら寒いぞ」

 リーリュイの返答を聞かないまま、釦を手際良く外し、服を剥いでいく。案の定、インナーまでずぶ濡れになっていた。
 裾を掴んで促すと、リーリュイは素直にインナーを脱いだ。

 リーリュイの身体には、そこかしこに痣が浮かんでいた。強固な戦闘服のお陰で大きな傷は無いが、かなり痛々しい。彼がここに来るまで、かなりの無茶をしたことが推し量れる。
 光太朗の顔が、また悲しみと自責に歪む。

「……光太朗」
「分かってるよ。……でもやっぱり、俺が悪いとしか思えない」

 光太朗は顔を伏せたまま、リーリュイの身体についた打撲痕に軟膏を擦り込んでいく。
 美しく鍛えられていた彼の肉体を、まだらな打撲痕が穢しているように見えた。自責の念は、打撲痕の数ほど湧いてくる。

 目の奥が熱くなって、光太朗はさらに目を伏せた。リーリュイの静かな吐息と声が、上から降ってくる。

「……レレイアの子供は無事で、親子で巣に帰ったそうだ」
「……そう……」
「負傷した魔導騎士団も、全員無事だ。かなり状況が悪かったが、アゲハが一転させてくれたと聞く。……キースは、君の応急処置がなければ危なかっただろう。……全部、君のお陰だ」

 優しく髪を撫でられ、瞳からぼろりと涙が零れた。『誰かが居なくなったかもしれない』という緊張感から解放され、堰を切ったように感情が溢れ出る。
 泣いている事を悟られたくなくて、光太朗は顔を伏せたまま、黙々と治療を続けた。

「今回の謀反は、遅かれ早かれ起こる事だった。……光太朗がいなければ、騎士団は全滅していただろう。皆、君に救われたんだ。君は仲間を守った」
「……でも俺がいなければ、ユムトは……」
「……君という存在が、ユムトを動かす起爆剤になったと言うのなら、その原因を作ったのは私だろう。君という存在を隠さず、人の目に触れさせ、王都まで連れてきた。……責められるべきは私だ」
「……違う……。それは絶対、違う……!」

 手の甲で涙を拭って、光太朗はリーリュイの胸に包帯を巻きつけた。力いっぱい締め付けると、リーリュイから呻き声が漏れる。

「……光太朗? 怒ったか?」

 小首を傾げるリーリュイを、光太朗は睨み上げた。泣き顔を晒すのは恥ずかしいが、しっかりとリーリュイの双眸を覗き込む。
 自分の気持ちをちゃんと伝えたい。そう思えるようになったのも、リーリュイのお陰だ。

「……あのな、リュウ。俺は幸せなんだ。リュウに出会って、大好きになって、こうして側に居ることができて……本当に嬉しい。それが間違いだったなんて、思って欲しくない」
「…………」
「すげー幸せなんだぞ。だって、リュウみたいに愛おしい人、そうそう出会えないだろ? そりゃあもう、怖くなるくらい…………ん?」

 言葉を伝えながら、光太朗はある事に気付いた。先ほどまでは主張していなかったはずのそれは、今やかなりの存在感を放っている。

「リュウ? それ……勃ってるな?」
「……君のせいだ」
「えぇ? こんな時に? 人が真面目な……」
「君のせいだ」

 抗議の声が漏れる光太朗の唇を、リーリュイの唇が塞ぐ。
 突然のキスに光太朗は驚き、目を見開いた。すぐに手が伸びてきて、逃がさないとばかりに頭を固定される。

 ぬるりと大きな舌が入ってきて、光太朗は身を震わせた。自身の発熱のせいか、リーリュイの舌が冷たい。
 まるで体温を馴染ませるように、リーリュイの舌が口内を撫でる。ぞくぞくと背筋に走る感覚は、快感に間違いない。
 キスがこれほど気持ちいいなんて、光太朗は知らなかった。
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