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いざ、競技会!
第182話 山椒
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地面に書いた『九代屋』という漢字を指さして、一色は笑う。
「名前を覚えているという事は、転移者で間違いない。輪廻に乗った死者に名はないんだ。名は魂の本質みたいなものだから、輪廻に乗るには名を剥がされる」
「……確かに、アロさんは名前を覚えてなかった」
「九代屋は、前世と同じ姿か?」
「そうだけど……」
「だろうな。転移者にしては地味だと思った」
光太朗が少々むっとすると、一色は眉を下げて笑った。手をひらひらと振って、弁解するように大きな口を開く。
「俺もそうだから、怒るな。他の転移者は過度なくらい麗しいだろ? 俺らぐらいが丁度いい。……その感じだと、お前も神に願いを叶えてもらってないのだろう?」
「願い?」
「転移前に言われなかったか? 容姿や力、なんでも与えてやると」
「……言われたけど、拒否した。だから俺はギフトを貰ってない」
光太朗の言葉に、一色は瞼を数回瞬かせた。そしてこてんと首を傾げる。妙に愛嬌がある仕草だ。
「ぎふと、とは? 分からんが、俺もそんな物は貰っていないぞ。九代屋と同じく病気も目一杯経験した。俺は転移して数百年経つが、こうして生きているぞ」
「す、数百年……!?」
「そうだ。俺は思うんだが……神の恩恵という物は、前払いか後払いかなんだよ」
「あん??」
ますます意味が分からなくなってきた光太朗は、首を傾げて顔を歪めた。情報が多すぎて混乱する。
困惑している光太朗を見て、一色は声を立てて笑った。
「転移先での新たな人生を、輝かしく派手なものにしたい。誰でも思う事だ。そして多くの転移者は、神に願う。例えば……『麗しい容姿で、誰にも負けない力を』とかな。願いは叶えられ、姿形がすっかり変わった転移者が、ザキュリオでいうフェブールだろう。これだともう、転生に近しいな」
「じゃあ、俺は……」
「お前、輝かしい人生を歩みたいなんて思わなかったろう? そういう欲の無いやつは、まず転移させて様子見てるんじゃないか? 俺も、転移してから色々あったからなぁ」
煙管を吹かして、一色は洞窟の外を見つめる。浮かぶ薄い笑みは、何もかも悟っているように見えた。
「神ってのは、適当なんだよ。『何かこの国、足りないな』って思ったら、山椒でも放り込むかのように転移者をそこに落とす。その後は好きにしてくださいって体だ。何を成すかなんて、転移者次第さ」
「……なるほど……何となく、分かったような……」
「でも他所の転移者を、自国に引き込むのは良くねぇなぁ。輪廻に乗った死者を無理やり降ろすのもだ」
「……やっぱり……別の国に転移する予定だった転移者は、その国に居るべきじゃないのかな?」
光太朗がぽつりと零すと、一色が紫煙を長く吐き出した。そして口端を吊り上げると、光太朗へと視線を投げる。
「そうでもない。さっきも言ったが、何を成すにも転移者次第。その国に居て幸せならば、それで良い」
「……そう、かな……。そうだったら、良いな」
胸の底に沈んでいた澱が、少しだけ薄れた気がした。彼らの側に居られたら、これ以上幸せなことはない。
光太朗はなんとか身を起こすと、一色の隣に胡坐をかいた。ふらふらする頭を押さえていると、一色が顔を覗き込んでくる。
「体調が悪いのか? もしかして、原因不明か?」
「いや、俺の場合……力を使いすぎると駄目みたいなんだ。このせいで全然皆の役に立てない。リガレイア国王みたいに、強かったら良いんだけど……」
「九代屋、その体調の事だが…………うん?」
言葉を打ち切った一色が、洞窟の外に視線を移す。そして「いかんいかん」と呟きながら、徐に立ち上がった。
「とてつもない気配が、こっちに来てるみたいだぞ。九代屋の連れか?」
「……え? いや、そんなはずは……」
光太朗は崖の上から、かなり長く流されてきた。
大規模な崖崩れで道も無くなっているだろうし、そもそもここは崖の下だ。誰もここまで救出に来れるはずがない。
「俺は一旦退散するぞ。ここの洞窟は安全だから、好きに使うと良い」
「あ……。そうだ、礼を忘れてた! 一色さん、助けてくれてありがとう!」
「良い良い」と言いながら、一色はそそくさと出口へと足を向けた。そして振り返り、光太朗の脇に寝ているアゲハを見る。
「淵龍兄ぃを、よろしく頼む。……良くこの暴れ龍を従えたもんだ」
「え?」
「じゃあな、九代屋。お前とはまた会える気がする」
「ちょっ……! あんた一体……!!」
一色の後を追って洞窟の外に出るも、もう彼の姿はどこにも無かった。目の前には轟々と増幅した川が流れている。
(……何だ、あの人……。もっと話していたかったな……)
一色は光太朗の知りたいことを、全て把握しているような気がする。しかし逃げるように去っていた意図が分からず、光太朗は雨の中佇んだ。
辺りを見回しても、自分が流れてきた方向が分からない。ザキュリオがどちらなのかも判別が出来ないような状況だった。
洞窟の中には、水や少しの食糧もある。一色のものだろう。
勝手に拝借するのは気が引けるが、食べてしまっても彼は怒らない気がする。
(朝になるまで待つか……一色さんに感謝だなぁ……)
そう思った瞬間、頭上から草の触れ合う音がした。身構える間もなく、目の前に何かが落ちてくる。
地面に降り立ったものが何か、光太朗には直ぐに分かった。ただ現実味がなくて、目を見開くしかない。
外套はボロボロに破れ、薄い褐色の肌には擦り傷や切り傷が散っている。髪には葉っぱや泥が付いて、普段の冷静沈着な雰囲気はどこにもなかった。
「リ、リュウ……?」
光太朗が呟くと、彼は緑の瞳をこれでもかと吊り上げた。
「名前を覚えているという事は、転移者で間違いない。輪廻に乗った死者に名はないんだ。名は魂の本質みたいなものだから、輪廻に乗るには名を剥がされる」
「……確かに、アロさんは名前を覚えてなかった」
「九代屋は、前世と同じ姿か?」
「そうだけど……」
「だろうな。転移者にしては地味だと思った」
光太朗が少々むっとすると、一色は眉を下げて笑った。手をひらひらと振って、弁解するように大きな口を開く。
「俺もそうだから、怒るな。他の転移者は過度なくらい麗しいだろ? 俺らぐらいが丁度いい。……その感じだと、お前も神に願いを叶えてもらってないのだろう?」
「願い?」
「転移前に言われなかったか? 容姿や力、なんでも与えてやると」
「……言われたけど、拒否した。だから俺はギフトを貰ってない」
光太朗の言葉に、一色は瞼を数回瞬かせた。そしてこてんと首を傾げる。妙に愛嬌がある仕草だ。
「ぎふと、とは? 分からんが、俺もそんな物は貰っていないぞ。九代屋と同じく病気も目一杯経験した。俺は転移して数百年経つが、こうして生きているぞ」
「す、数百年……!?」
「そうだ。俺は思うんだが……神の恩恵という物は、前払いか後払いかなんだよ」
「あん??」
ますます意味が分からなくなってきた光太朗は、首を傾げて顔を歪めた。情報が多すぎて混乱する。
困惑している光太朗を見て、一色は声を立てて笑った。
「転移先での新たな人生を、輝かしく派手なものにしたい。誰でも思う事だ。そして多くの転移者は、神に願う。例えば……『麗しい容姿で、誰にも負けない力を』とかな。願いは叶えられ、姿形がすっかり変わった転移者が、ザキュリオでいうフェブールだろう。これだともう、転生に近しいな」
「じゃあ、俺は……」
「お前、輝かしい人生を歩みたいなんて思わなかったろう? そういう欲の無いやつは、まず転移させて様子見てるんじゃないか? 俺も、転移してから色々あったからなぁ」
煙管を吹かして、一色は洞窟の外を見つめる。浮かぶ薄い笑みは、何もかも悟っているように見えた。
「神ってのは、適当なんだよ。『何かこの国、足りないな』って思ったら、山椒でも放り込むかのように転移者をそこに落とす。その後は好きにしてくださいって体だ。何を成すかなんて、転移者次第さ」
「……なるほど……何となく、分かったような……」
「でも他所の転移者を、自国に引き込むのは良くねぇなぁ。輪廻に乗った死者を無理やり降ろすのもだ」
「……やっぱり……別の国に転移する予定だった転移者は、その国に居るべきじゃないのかな?」
光太朗がぽつりと零すと、一色が紫煙を長く吐き出した。そして口端を吊り上げると、光太朗へと視線を投げる。
「そうでもない。さっきも言ったが、何を成すにも転移者次第。その国に居て幸せならば、それで良い」
「……そう、かな……。そうだったら、良いな」
胸の底に沈んでいた澱が、少しだけ薄れた気がした。彼らの側に居られたら、これ以上幸せなことはない。
光太朗はなんとか身を起こすと、一色の隣に胡坐をかいた。ふらふらする頭を押さえていると、一色が顔を覗き込んでくる。
「体調が悪いのか? もしかして、原因不明か?」
「いや、俺の場合……力を使いすぎると駄目みたいなんだ。このせいで全然皆の役に立てない。リガレイア国王みたいに、強かったら良いんだけど……」
「九代屋、その体調の事だが…………うん?」
言葉を打ち切った一色が、洞窟の外に視線を移す。そして「いかんいかん」と呟きながら、徐に立ち上がった。
「とてつもない気配が、こっちに来てるみたいだぞ。九代屋の連れか?」
「……え? いや、そんなはずは……」
光太朗は崖の上から、かなり長く流されてきた。
大規模な崖崩れで道も無くなっているだろうし、そもそもここは崖の下だ。誰もここまで救出に来れるはずがない。
「俺は一旦退散するぞ。ここの洞窟は安全だから、好きに使うと良い」
「あ……。そうだ、礼を忘れてた! 一色さん、助けてくれてありがとう!」
「良い良い」と言いながら、一色はそそくさと出口へと足を向けた。そして振り返り、光太朗の脇に寝ているアゲハを見る。
「淵龍兄ぃを、よろしく頼む。……良くこの暴れ龍を従えたもんだ」
「え?」
「じゃあな、九代屋。お前とはまた会える気がする」
「ちょっ……! あんた一体……!!」
一色の後を追って洞窟の外に出るも、もう彼の姿はどこにも無かった。目の前には轟々と増幅した川が流れている。
(……何だ、あの人……。もっと話していたかったな……)
一色は光太朗の知りたいことを、全て把握しているような気がする。しかし逃げるように去っていた意図が分からず、光太朗は雨の中佇んだ。
辺りを見回しても、自分が流れてきた方向が分からない。ザキュリオがどちらなのかも判別が出来ないような状況だった。
洞窟の中には、水や少しの食糧もある。一色のものだろう。
勝手に拝借するのは気が引けるが、食べてしまっても彼は怒らない気がする。
(朝になるまで待つか……一色さんに感謝だなぁ……)
そう思った瞬間、頭上から草の触れ合う音がした。身構える間もなく、目の前に何かが落ちてくる。
地面に降り立ったものが何か、光太朗には直ぐに分かった。ただ現実味がなくて、目を見開くしかない。
外套はボロボロに破れ、薄い褐色の肌には擦り傷や切り傷が散っている。髪には葉っぱや泥が付いて、普段の冷静沈着な雰囲気はどこにもなかった。
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