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いざ、競技会!
第178話 使役
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まるでおとぎ話をするように、ユムトは声を落とした。顔には嫌悪感が浮かんだまま、何かを噛みつぶすように言葉を零す。
「1番目のフェブールは幸せになりました。彼女は王様と恋に落ち、国を大きく盛り立てました。しかし2番目のフェブールは王様と愛し合うことが出来ませんでした。病気がちで皇子を産むのに10年かかり、産んだ後も幸せになることはありませんでした。4番目のフェブールは……」
「……っ」
光太朗が息を呑むと、ユムトが薄っすらと笑った。
「お前が大好きな第4皇子の母は、美しくて無垢な人でした。王は彼女を寵愛しましたが、彼女は違う人を愛しました。彼女は孤独でした。第1のフェブールである王妃からも嫉妬を向けられ、誰一人として味方はおらず……。皇子を産んで間もなく、彼女の心は壊れました」
「じ、じゃあ、リュウのお母さんは……」
「……生きてはいる。地獄で生きていくためには、自らが壊れるのが一番だ。生きるための防衛反応かもしれないな」
ユムトが肩を竦める。
「この国は狂ってる。……お前はそれでも、この国に居るべきだと思うか? それに、こんな事態になったのもお前のせいだぞ? それでも側にいるつもりか? 誰も幸せに出来ていないんだよ、お前は」
「…………んな事……お前に言われなくても分かってんだよ……」
ユムトの言っていることは、何度も自問自答した事だ。否定はできない。むしろ、全てその通りだと思う気持ちが大きい。
「……だからって、この国捨てて、大事な人捨てて、お前の力になれって言うのか? 確かに俺は、彼らにたくさん貰って生きてる。この命は彼らに捧げると決めたんだ。……彼らの脅威であるお前を、俺は敵としか思えない」
「……残念だな。お前のせいで、魔導騎士団は今日で全滅だ」
「彼らは強い。魔導騎士団をなめるな!」
光太朗が間合いを詰めて一撃を放つと、ユムトはひらりと躱した。そして至近距離にいる光太朗へ向けて、彼は詠唱なしで魔法を放つ。
咄嗟に晄露を引き出すが、僅かに間に合わなかった。晄露と一緒に身体を跳ね飛ばされ、光太朗は地面を滑る。
光太朗が体勢を立て直す間も、ユムトは薄笑いを浮かべて立ったままだ。キースを襲った魔法といい、かなりの強さであることは間違いない。
(……くっそ、隙がない……。多分、班長より強いな……)
どんな攻撃を仕掛けても、軽くあしらわれている感覚がある。加えて光太朗は、こうした一対一の戦いが苦手分野だった。
正々堂々真正面からぶつかるという戦い方に、未だ慣れないのだ。ユムトほどの強者が相手ならば尚更、自分の戦術が生かせない。
地面に手をついて、乱れた呼吸を整える。
(これじゃ、ユムトすら倒せない。……負傷した騎士らがいる所に、早く行くべきなのに……)
視線を上げると、ユムトの向こう側にアゲハが見える。彼は結ってあった髪をほどいて、黒い瘴気を揺らめかせていた。
アゲハの青い瞳が、徐々に赤に染まっていく。
(そうか……アゲハも、同じ気持ちか)
無意識に浮かんだ笑みに応えるように、アゲハの声が耳に届いた。
「コタロ、俺を使うか?」
「……使う。……浴びるほどくれてやるから、俺に力を貸してくれ」
「御意」
ゴキッっという骨の割れる音が、不穏に響く。後方から鳴るその音に、ユムトは振り返った。
アゲハの身体が、骨が弾けるような音と共に、膨れ上がっていく。展開した翅はまるで天を突くほどに鋭く伸び、星のような鱗粉を纏っている。
それは正に、翅の生えた龍だった。鱗の一つ一つが黒い光沢を放ち、長い尾は光太朗を守るようにとぐろを巻く。
光太朗が人の身体程大きな晄露を引き出すと、アゲハは巨大な口をぱかりと開けた。
真っ赤な口内に、光太朗が晄露を投げ込む。それを一飲みして、アゲハは咆哮を上げた。
「ま、まさか……! どうしてここに、神燐の純血種が……!」
ユムトがアゲハの姿を見て、驚愕に顔を歪ませた。しかしそこに恐怖は無く、ユムトは興奮したように光太朗を振り返った。
「まさか、神燐を味方に付けているとは……!! お前はやはり、素晴らしい逸材だ!」
「お前らの為じゃねぇわ、くそ野郎」
毒を吐きながら、光太朗は地面に両腕を付いた。そしてアゲハの目の前に、大岩のような晄露を引き出す。
アゲハには、負傷した騎士らの救助に行って貰うつもりでいた。ユムトの軍がどれだけいるか分からないが、せめて腹いっぱいにさせてやりたい。
「アゲハ、これで足りるか? ……いたっ」
鋭い痛みを鼻奥に感じ、光太朗は口元に手をやった。鼻から流れ出てきた血が、雨と混ざって手の平を濡らす。
拭っても拭っても垂れてくる鼻血に奮闘していると、緊張感まで薄れてくる。
「……駄目だ、鼻血がとまらん」
『コタロ、鼻血もだが……体温が異常に高い』
「……それは、気のせいという事にしておこう」
腕で鼻を覆って、光太朗は岩陰に寝かされているキースを見た。アゲハが雨に濡れないところに移動させたのだろう。
「アゲハ……負傷した騎士らの救出に行ってくれるか? ……余裕だったら、リュウとウルフの援護もお願いしたい」
『コタロは?』
「何とかこいつを食い止める。駄目だったらごめん。……でも班長は絶対、守るから」
『……奴は、殺したって死なん。主であるコタロが、我は一番大事だ』
アゲハはそう言うと、光太朗の身体に巻きついていた尾を解いた。少しだけ宙に浮くと、鱗粉がはらりと落ちてくる。
『主の願いは絶対だ。騎士らを助けた後、直ぐに戻る。……コタロ、無事でいてくれ』
立ち去り際、アゲハはユムトへ威嚇の咆哮を放った。ユムトの身体が仰け反り、足元がぐらつく。
光太朗がそれを見逃すはずはなく、身体は本能で動き出していた。
「1番目のフェブールは幸せになりました。彼女は王様と恋に落ち、国を大きく盛り立てました。しかし2番目のフェブールは王様と愛し合うことが出来ませんでした。病気がちで皇子を産むのに10年かかり、産んだ後も幸せになることはありませんでした。4番目のフェブールは……」
「……っ」
光太朗が息を呑むと、ユムトが薄っすらと笑った。
「お前が大好きな第4皇子の母は、美しくて無垢な人でした。王は彼女を寵愛しましたが、彼女は違う人を愛しました。彼女は孤独でした。第1のフェブールである王妃からも嫉妬を向けられ、誰一人として味方はおらず……。皇子を産んで間もなく、彼女の心は壊れました」
「じ、じゃあ、リュウのお母さんは……」
「……生きてはいる。地獄で生きていくためには、自らが壊れるのが一番だ。生きるための防衛反応かもしれないな」
ユムトが肩を竦める。
「この国は狂ってる。……お前はそれでも、この国に居るべきだと思うか? それに、こんな事態になったのもお前のせいだぞ? それでも側にいるつもりか? 誰も幸せに出来ていないんだよ、お前は」
「…………んな事……お前に言われなくても分かってんだよ……」
ユムトの言っていることは、何度も自問自答した事だ。否定はできない。むしろ、全てその通りだと思う気持ちが大きい。
「……だからって、この国捨てて、大事な人捨てて、お前の力になれって言うのか? 確かに俺は、彼らにたくさん貰って生きてる。この命は彼らに捧げると決めたんだ。……彼らの脅威であるお前を、俺は敵としか思えない」
「……残念だな。お前のせいで、魔導騎士団は今日で全滅だ」
「彼らは強い。魔導騎士団をなめるな!」
光太朗が間合いを詰めて一撃を放つと、ユムトはひらりと躱した。そして至近距離にいる光太朗へ向けて、彼は詠唱なしで魔法を放つ。
咄嗟に晄露を引き出すが、僅かに間に合わなかった。晄露と一緒に身体を跳ね飛ばされ、光太朗は地面を滑る。
光太朗が体勢を立て直す間も、ユムトは薄笑いを浮かべて立ったままだ。キースを襲った魔法といい、かなりの強さであることは間違いない。
(……くっそ、隙がない……。多分、班長より強いな……)
どんな攻撃を仕掛けても、軽くあしらわれている感覚がある。加えて光太朗は、こうした一対一の戦いが苦手分野だった。
正々堂々真正面からぶつかるという戦い方に、未だ慣れないのだ。ユムトほどの強者が相手ならば尚更、自分の戦術が生かせない。
地面に手をついて、乱れた呼吸を整える。
(これじゃ、ユムトすら倒せない。……負傷した騎士らがいる所に、早く行くべきなのに……)
視線を上げると、ユムトの向こう側にアゲハが見える。彼は結ってあった髪をほどいて、黒い瘴気を揺らめかせていた。
アゲハの青い瞳が、徐々に赤に染まっていく。
(そうか……アゲハも、同じ気持ちか)
無意識に浮かんだ笑みに応えるように、アゲハの声が耳に届いた。
「コタロ、俺を使うか?」
「……使う。……浴びるほどくれてやるから、俺に力を貸してくれ」
「御意」
ゴキッっという骨の割れる音が、不穏に響く。後方から鳴るその音に、ユムトは振り返った。
アゲハの身体が、骨が弾けるような音と共に、膨れ上がっていく。展開した翅はまるで天を突くほどに鋭く伸び、星のような鱗粉を纏っている。
それは正に、翅の生えた龍だった。鱗の一つ一つが黒い光沢を放ち、長い尾は光太朗を守るようにとぐろを巻く。
光太朗が人の身体程大きな晄露を引き出すと、アゲハは巨大な口をぱかりと開けた。
真っ赤な口内に、光太朗が晄露を投げ込む。それを一飲みして、アゲハは咆哮を上げた。
「ま、まさか……! どうしてここに、神燐の純血種が……!」
ユムトがアゲハの姿を見て、驚愕に顔を歪ませた。しかしそこに恐怖は無く、ユムトは興奮したように光太朗を振り返った。
「まさか、神燐を味方に付けているとは……!! お前はやはり、素晴らしい逸材だ!」
「お前らの為じゃねぇわ、くそ野郎」
毒を吐きながら、光太朗は地面に両腕を付いた。そしてアゲハの目の前に、大岩のような晄露を引き出す。
アゲハには、負傷した騎士らの救助に行って貰うつもりでいた。ユムトの軍がどれだけいるか分からないが、せめて腹いっぱいにさせてやりたい。
「アゲハ、これで足りるか? ……いたっ」
鋭い痛みを鼻奥に感じ、光太朗は口元に手をやった。鼻から流れ出てきた血が、雨と混ざって手の平を濡らす。
拭っても拭っても垂れてくる鼻血に奮闘していると、緊張感まで薄れてくる。
「……駄目だ、鼻血がとまらん」
『コタロ、鼻血もだが……体温が異常に高い』
「……それは、気のせいという事にしておこう」
腕で鼻を覆って、光太朗は岩陰に寝かされているキースを見た。アゲハが雨に濡れないところに移動させたのだろう。
「アゲハ……負傷した騎士らの救出に行ってくれるか? ……余裕だったら、リュウとウルフの援護もお願いしたい」
『コタロは?』
「何とかこいつを食い止める。駄目だったらごめん。……でも班長は絶対、守るから」
『……奴は、殺したって死なん。主であるコタロが、我は一番大事だ』
アゲハはそう言うと、光太朗の身体に巻きついていた尾を解いた。少しだけ宙に浮くと、鱗粉がはらりと落ちてくる。
『主の願いは絶対だ。騎士らを助けた後、直ぐに戻る。……コタロ、無事でいてくれ』
立ち去り際、アゲハはユムトへ威嚇の咆哮を放った。ユムトの身体が仰け反り、足元がぐらつく。
光太朗がそれを見逃すはずはなく、身体は本能で動き出していた。
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