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いざ、競技会!

第175話 罠

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 暫く進んでいると、川の音が聞こえてきた。雨のせいで水かさが増しているのか、滝のような音だ。

 先頭を歩いていたリーリュイが、暗い空を恨めし気に睨み上げる。レレイアの長は、まるでこちらを監視しているかのように、上空を旋回し続けていた。

「もうすぐ谷だな。このまま怒りが収まれば良いが……」

 雨足も激しくなる一方だ。
 民衆の安全のため人里から離れたが、谷に近づくと危険な箇所が多い。地盤も緩んでいるため、激しい戦闘は避けたいところだ。

 しかしそんな願いも空しく、事は動いてしまう。
 リーリュイが呟いた瞬間、目の前を何かが横切ったのだ。それは鈍い音を立てながら、道の真ん中に転がり落ちる。

 何かの生物のようだ。大きさは人間の子どもくらいで、身体から赤い体液が染み出している。

 光太朗は目を細めながら、それに近づいた。青い鱗、爬虫類のような見た目。背中から生えている翼はまだ小さい。
 その正体に気付いた光太朗は、背中全体を粟立たせた。

「こ、これ……レレイアの……」

 光太朗の声を塗りつぶすように、甲高い咆哮が響き渡る。同時に空気の流れが変わった。

 光太朗が反射的に跳び退くと、そこに大きな影が現れる。長が降りて来る気配で、肌がちりちりと警戒信号を発した。

 光太朗の目の前に、長が落ちて来た。実際には降りて来たのだが、落ちて来たという方が正しい。爆風で光太朗の身体が浮き上がる。

「……ッ!!」

 長が降りてきた衝撃で周囲の地面が抉られ、岩が四方八方へ飛び散る。回避しようにも、体勢が整っていない。地面に手が触れていないと晄露も引き出せない。

 万事休すの状態でいると、リーリュイが目の前に滑り込んで来た。彼は瞬時にシールドを形成し、飛び石と衝撃波を防ぐ。
 リーリュイが形成したシールドの向こうに、怒り狂うレレイアの長の姿が見えた。

(でっか……5メートルは越えてるぞ……! これがレレイアの長か……)

 爬虫類に似た錆色の肌。2本足で立つ姿は正にドラゴンだ。
 他のレレイアは大きな爬虫類のような感覚でいたが、こちらの迫力はまったく違う。

 こちらを威嚇していた長が姿勢屈め、足元の小さなドラゴンを抱え込んだ。その仕草はどこか悲愴感に満ちている。
 
「やっぱりあの子、長の子どもなのか? 身体が青いけど……」
「恐らく亜種だろう。誰の子かは分からんが、レレイアの幼体であることは間違いない。……何と酷いことを……」

 光太朗は信じられない思いで、子ドラゴンを見つめた。抱きかかえられても、その身体は力なくだらりとしている。

 誰かがレレイアの子どもを奪ったのだ。そして傷つけ、タイミングを見計らってこの場に投げ捨てた。
 レレイアの長がずっと旋回していたのは、子の姿を見つけ出す為だったのだろう。


「団長! コウ!!」

 キースの声に振り向くと、上空から白い個体のレレイアが急降下してくるのが見えた。身構える前にキースが前に飛び出し、白いレレイアへ炎の魔法を放つ。
 巨大な火の玉がレレイアを襲うも、その白い個体は怯まなかった。自ら火の玉に突っ込んでくる。

「キース!! 来るぞ!!」
「!!」

 白い身体を火の玉が焼く。それにも構わず、白いレレイアはキースへと襲い掛かった。鋭い爪がキースの身体をかすめ、血が飛び散る。

「班長!!」

 光太朗は姿勢を下げながら、キースの前に躍り出た。地面に手を触れ、一気に晄露を引き出す。晄露は地面から槍のように飛び出し、白いレレイアを襲った。

 突如飛び出してきた晄露にレレイアは驚き、怯えたように後退する。そして警戒しながら浮遊すると、やがて長の元に降り立った。

 白いレレイアが、長の首にすり寄る。すると長も応えるように、鼻先で首筋を撫でた。喉から、貝殻がこすれ合うような音が漏れる。
 長の手に抱かれた子ドラゴンを見て、白いレレイアは悲しみの声を上げた。

「…くそっ……つがいか……」

 倒れこんだキースが、ぽつりと呟く。その表情は暗い。
 レレイアがこちらを攻撃するのは、子どもを奪われたからだ。そんな彼らを攻撃するのは、心が痛いのだろう。

 キースは肩と胸に裂傷がついているが、致命傷ではなさそうだ。光太朗は膝を付き、止血剤をキースへ振りかけた。
 人型になったアゲハが駆け寄ってきて、キースの身体を俵のように抱え上げる。

「そうだ。あの2体はつがいで、子ドラゴンは2人の子だ」
「……何しやがんだ、アゲハぁ」
「コタロ、長から少し離れて、こいつを治療するといい。今のままじゃ足手まといだ」
「でも、リュウが……」

「大丈夫だ。ここはウルフと食い止める」

 リーリュイが剣を抜くと、ウルフェイルがその横に並んだ。ウルフェイルは身体並みに大きい剣を構え、光太朗を振り返った。

「早くキースを安全な場所へ。そんで回復役を吐くほど飲ませて、早く参戦させてくれ。……この白レレイアも、相当手強そうだからな」
「分かった!」
「……鬼畜だなぁ、おい」

 ぼやくキースを抱えて、アゲハは駆けだした。光太朗は後を追いながら振り返り、思考を巡らせる。

(あの子ドラゴン……弱っていたけど、死んでなさそうだった。血は出ていたけど致命傷は無さそうだったし……もしかして、薬か?)

 キースの傷に薬を塗りこみ、包帯を巻く。光太朗はその間も、頭をフル回転させていた。

 子ドラゴンの口はだらりと開き、そこから舌が飛び出ていた。その色は赤紫で、だらだらと体液が流れ出ていた。
 雨のせいで確信は無いが、体液から花の香りがしたのを覚えている。

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