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いざ、競技会!

第143話 むちむちボディ

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◇◇

 あれから数日が経ち、アゲハの身体は6歳ぐらいの大きさまで回復した。衰弱した身体を戻そうとしているのか、彼は一日の半分以上を寝て過ごしている。

 課業後に医務室を訪れた光太朗は、いつものように爺と酒を嗜む。

 光太朗は隣に寝ているアゲハの髪を撫でながら、爺とグラスとかちりと合わせる。目の前のソファに座った爺は、光太朗に負けじと酒を呷った。

 空になったグラスに酒を注ぐと、爺が満足そうに頷く。

「明日には競技会へ出発か。……聞きたいことは残ってるか?」
「えっと、おさらい。左上宮の人たちについてだけど……」

 光太朗はバッグからメモ帳を取り出し、パラパラと捲る。

 この国では、フェブールが来る前の正室や側室、そこに連なる人たちを、『左上宮』と呼んでいる。
 フェブールによって位を奪われた、元王宮の人たちだ。陰では『虚位』とも呼ばれている。

「簡単に言うと、フェブールが来る前、王様には正室がいて側室も何人かいた。正室はもう亡くなってて、ナンバー2である側室の子供が、ウィリアムっていう事ね」

「そうや。もしこの国にフェブールが来なければ、ウィリアムは第1皇子になる予定やった」

「……それ聞くと、ウィリアムってなかなか可哀そうだよな……」

「阿呆か。奴の腹黒さは、坊が一番分かっとるやろ。……左上宮の勢力は、年々勢いを増しつつある。あちらには3番目のフェブールである、ユムトがおるけぇの」

 表では王宮に従う左上宮も、水面下ではじりじりと王座を見据えている。ザキュリオ国の水面下は、まさに真っ二つに割れていたのだ。

 国の事情に触れ、光太朗は今更ながら自分のお気楽さに腹が立っていた。リーリュイの置かれている環境は、華々しいものばかりでは無いのかもしれない。
 リーリュイは幼いころ、左上宮から攻撃を受けることもあったそうだ。爺は詳しく話さないが、辛いこともたくさんあっただろう。

 爺は王宮の事情に詳しく、酒を飲むと舌も軽くなる。光太朗は時間があれば医務室を訪れ、爺から王宮の事について学んだ。

 爺は酒を傾け、光太朗を見た。

「ここんとこ、根を詰めておるようだが……無理をするなよ、坊。今日もここに泊まるつもりか?」
「うん。兵舎から出発だから。リュウは今日も遅いし……」

 ロワイズから帰った日から、リーリュイは忙しく動いている。ポータルで王都を行き来していて、帰って来るのは真夜中だ。

『休みの前の夜は、屋敷に居て欲しい』

 そうリーリュイに言われ覚悟していたが、そっちの方面はうまく進んでいない。リーリュイの帰宅が遅いのと、光太朗が訓練で疲れて寝落ちてしまうからだ。

 
「末っ子も、毎日律儀に帰ってくるんじゃの。王都には肆羽宮(しばぐう)があるじゃろうに」
「しばぐうって、リュウの本当の家?」
「そうや。毎日こっちへ帰るのは、坊がおるかもしれんからか。坊も罪づくりじゃ、あんな美形よりこんな爺と話するのがええんかい。可愛いのう」

 つまみのナッツを口に放り込んで、光太朗は苦笑いを浮かべる。

 光太朗も、いつでもリーリュイの側に居たいのが本音だ。屋敷で彼を出迎えて「お疲れ様」と労いたい。

 しかし今は、与えられた役目を十分に果たさなければならない。
 そのため光太朗は、競技会のために訓練に明け暮れ、空いた時間に王宮の情報を頭に詰め込んでいる。
 リーリュイのために出来ることを、余すことなくやっておきたいのだ。

「明日は出発だから、早めに寝ないとな」
「……坊、それはどうするつもりや?」

 爺が顎をくいと動かし、アゲハを指し示す。光太朗はアゲハを見下ろすと、彼の髪を撫でた。

「置いていくしか無いだろうなぁ……。子供は連れて歩けないだろ」
「いやだ!」

 眠っていたアゲハが突如目を開け、光太朗の手を掴んだ。海のような瞳は、必死で光太朗の双眸を見据えている。
 光太朗は言い聞かすように、彼の顔を覗き込んだ。

「あまり構う時間は無いし、危険な場所にも行くんだぞ。危ないんだ」
「かまわん! われを連れて行ってくれ。こたろといっしょが良い!」
「でもなぁ……」
「われは、にんげんではなく、ほかの生き物でも変化がかのうじゃ! 小さくもなれる!  どんな姿であれば、いっしょに行ける? こたろは、どんな生き物がすきか?」

 どんな生き物?光太朗は首を傾げ、空を仰いだ。生き物全般が好きなので、どれも捨てがたい。

(う~ん、強いて言うなら……)
 光太朗の頭に、むちむちのボディにくるっと丸まった尻尾の、あの愛らしい動物が思い浮かんだ。

「豆柴かな? できれば黒。こっちには居ないから、無理だろうけど……」
「まめしば? それはどんな生き物だ? 読むからイメージしてくれ、こたろ」
「おお、便利だな」

 森でアゲハと会った時、彼は光太朗の意識に直接呼びかけてきた。
 主従関係を結ぶと、意思疎通も簡単らしい。慣れると言葉に出さなくても、通じ合えるのだとか。

 アゲハが目を閉じ、まるで何かが見えているように、うんうんと頷く。

「こたろは……ずいぶんと、ぐどんそうな生き物がすきじゃのう……」
「くっそ可愛いだろ。もう最高」
「すこしまたれよ」

 アゲハが淡く光り、徐々に縮み始めた。真っ黒な塊になったかと思えば、それが形を成していく。
 真っ黒なむちむちボディに、きりっとした顔。丸まった尻尾はぱたぱたと揺れている。
 すっかり形を変えた時、光太朗は感動で震えた。

「あ、あ、アゲハ……! 完璧だ! あぁっ!! 黒豆柴ぁ!!」
「むふふ、あたりまえじゃ。この大きさなら、こたろのふところにもはいるじゃろ」

 両掌に乗るほどの小ささになったアゲハは、ちょろちょろと器用に光太朗の肩へと登った。頭を首筋に擦りつけた後、光太朗のシャツの中へ入り込む。

 ふわっふわの毛が素肌に触れ、光太朗はくすぐったさに身を捩る。

「あっはは、くすぐってぇ! シャツの中は止めろぉ!」

 シャツの中で蠢いていたアゲハは、ボタンの合わせ目からひょっこりと顔を出した。その姿が可愛くて、光太朗はまた笑いを漏らす。

「その姿だったら、ポーチにも入るな」
「つれていってくれるのか!?」
「わかった。アゲハは良く寝るし、大人しくできるよな?」
「出来る!」

 黒豆柴に擦り寄られ、光太朗は頬を蕩けさせた。子供のころからずっと豆柴が好きだったのだ。当然飼えるはずも無いので、ドッグカフェにも通っていた。

 「念願叶った~」と頬を擦り寄せると、アゲハが応えるように尻尾をパタパタと揺らした。




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光太朗のメモ帳
※()内は、年齢です



マオ・イーオは、王宮側になります
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