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戦いに向けて

第127話 新しいフェンデ

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「まったく、君はどうしてこう、自分の事になると雑なんだ!」
「……いや、応急処置はしたって……」
「見たことの無い生物に近づいては駄目だ。その上噛まれるなど……」

 憤るリーリュイが、光太朗の手に巻かれた包帯を解いていく。アゲハに噛まれた傷は、少しだけ腫れて変色していた。
 噛み痕を見て、リーリュイが目を剥く。

「毒があったらどうするんだ!」
「っはは、あったらもう死んでるって!」
「笑い事ではない!」

 怒鳴るリーリュイに肩を竦めると、彼は大げさに嘆息した。『ぷんぷん』という効果音が聞こえてきそうなほど、彼は怒っている。
 傷跡を消毒されながら、光太朗はぼんやりとリーリュイを見た。

 短く切った髪は少し伸びて、側頭部の髪が耳に掛けられるほどになっている。長髪のリーリュイも好きだった光太朗は、髪が伸びるのを密かに楽しみにしていた。

(今の髪もカッコいいけどなぁ。男前はどんな髪型でも似合うんだな……)

 にまにまと顔を緩ませていると、リーリュイから「聞いてるのか?」とお叱りの言葉が降ってくる。
 微笑みながら頷くと、リーリュイは諦めたようにため息を吐いた。

「……全身が鱗で覆われたドラゴンか……。隣国から来たものか、何かの亜種かだな」
「可愛かったよ。多分まだ赤ちゃんだ」
「……だからって触ってはいけない。ハウゼとは違うんだぞ」
「は~い、以後気を付けます。団長殿!」

 光太朗が言うと、やっとリーリュイの表情が緩んだ。きっちりと包帯を巻き終えると、光太朗へと向き直る。

「さて置いて」
「おお、さて置いて?」
「光太朗、急遽だが……明日から私と、隣街のロワイズへ行こう」
「おお? 騎士団の仕事は良いのか?」

 リーリュイは一つ頷いた後、立ち上がる。そして暖炉にかけていた鍋に近づくと、その蓋を取った。兵舎で作ってきたというスープが、良い香りを漂わせる。

 どうやら食事しながら話を進める気のようだ。それに気付いた光太朗が立ち上がると、直ぐに「君は座ってていい」という指示が飛ぶ。
 
 国の尊い皇子様に食事の準備をしてもらうのは、未だに抵抗がある。しかしリーリュイは、食事の準備から配膳まで、全部自分でやりたいらしい。凝り性なのだろう。


 暖炉の前にあるテーブルが、あっという間に料理で埋まっていく。2人揃って『いただきます』をすると、彼はやっと話し始めた。

「……数日前、王都にフェンデが降りて来たらしい」
「そうなのか? ……俺が来て以来、5年ぶりか。そして今回もフェブールじゃなかったんだな」

 フェブールが降りてくると、国に大きな繁栄をもたらすとされている。
 しかし天からの贈り物とされるフェブールは、もう80年以上この国に来ていない。リーリュイの母であるアキネ以来、この国に来るのはフェンデばかりだそうだ。

「……今回のフェンデは、ロワイズを統べる伯爵家の下働きとして雇われた。君と一緒に、彼を見に行こうと思う」
「……いいけど、どうしてだ?」
「君は、君以外のフェンデを見たことがあるか?」
「いや、ない」

 リーリュイは重く頷くと、光太朗の方を見ないまま口を開いた。

「戴冠式の日。ウィリアムは君がフェブールではないかと言っていた。君も彼にそう言われたと言っていたな?」
「……うん。だけど俺はフェンデだよ。ギフトもないし、身体も丈夫じゃない。魔法も、どう頑張ったって使えなかった。フェブールとはかけ離れてるだろ」

 光太朗は騎士団で、魔法の使い方も習った。しかし僅かな発動も叶わず、キースも「こりゃ駄目だ」と匙を投げている。光太朗もとっくに諦めた。

 光太朗が肩を竦めていると、リーリュイは真剣な眼差しを向ける。

「でも君は、フェンデともかけ離れている。その違いを知るためにも、一緒に会いに行ってみないか?」
「……」
「君がフェブールかフェンデかなど、私には関係ない。しかし周りは、そうもいかないんだ。君が普通のフェンデと違うと露見すれば、あちこちから狙われる可能性もある。……あらゆる面において、対策を練っておきたいんだ」

 光太朗は頷くも、胸の中は懸念で揺れていた。
 ウィリアムから『君はフェブールだ』と言われた時から、自分が何であるか、光太朗は良く考えるようになったのだ。そして考える度に、不安に襲われる。

(俺がもしフェブールだったら……どうなるんだ? 今みたいな生活は、出来なくなるんだろうな……)

 フェンデとフェブール、その違いに明確な判断基準はない。

 もしもこの世界に来た時に、ウィリアムにフェブールと判断されていたらどうなっていただろう。そう思うと、怖気が走る。
 フェブールとして生きていたら、『お前はフェンデじゃないのか』と疑いの目を向けられていたに違いないだろう。光太朗にはギフトが無いのだから。

 だからリーリュイの提案は、気乗りがしないものだった。

 光太朗が黙り込んでいると、リーリュイが優しく肩を撫でる。

「光太朗、そう心配しなくていい。ロワイズに行くのは、もう一つ目的がある」
「?」
「ロワイズは海沿いの街で、貿易も商業も盛んだ。そして鍛冶屋も多い。ロワイズには、君の武器を買いに行こうと思っている。ランパルにも武器屋はあるが、全部ロワイズから仕入れたもので、数も少ない。直接買いに行った方がいいだろう」

 光太朗が目を見開くと、リーリュイは畳みかけるように捲し立てる。

「護衛はつけるが、基本2人で行動しよう。ロワイズは街並みも美しく、露店も多く立ち並ぶのが特徴だ。美味いものも数多く、港には人が溢れている。光太朗が初めて見る物も、きっと多いだろう」
「……っおお……!」
「お忍びでの行動になるが、一晩は宿にも泊まる。水平線から昇る朝日は圧巻だぞ。……どうだ?」
「行くともさ!!!!」

 先ほどの懸念が吹っ飛ぶような提案に、光太朗は破顔した。
 戦場とランパルにしか行ったことがない光太朗は、この国についてちっとも知らないのだ。

「これは、旅行か!!?」
「そうだ、旅行だ」
「行きたい!! 観光できる?」
「出来る。古い遺跡もたくさんある」
「わぁあああ、行きたい!! リュウ、ありがとう!」
 
 思わずリーリュイの首に巻きつくと、彼の喉がぐぅと鳴る。それも気にしてられないほど、光太朗は嬉しかった。ワクワクが止まらない。
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