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側にいるために

第124話 君の笑顔が何よりも幸せ

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 目の前のリーリュイは、いつもの真面目な顔に戻っている。彼はゆっくり頷くと、少しだけ眉を寄せた。

「側室候補。その点については今回、奴に感謝する部分もあった。しかし感謝の心も、奴の所業で絶ち消えたが」
「……んん? どゆこと?」
「私は、側室候補という存在を忘れていたのだ。奴に言われ、そんな存在もあったと思い出した」
「へ?」

 変な声が出た光太朗を、リーリュイはまた優しげな表情で見つめる。そして思い出したかのように、また光太朗の頬を撫ではじめた。
 
「16になったら側室候補を決めるのがしきたりだ。私はそれを適当に選んでいた。私から接触はしないし、ここ数年は候補者からの接触も避けていた。その存在を思い出した私は、その日のうちに側室候補を全員、任から降ろした」
「え? なんで?」
「必要ないからだ」

 真面目な顔で言い放つリーリュイは、『何でそんな事を聞く?』とでも言いたげだ。

「よ、良かったのか? マオさんの事、好いていたんじゃないのか?」
「どうしてそうなる?」
「だって、キスしてた……。あ......」

 咄嗟に出てしまった言葉は、もう戻せない。
 リーリュイは少しだけ考える仕草をして、納得したように頷く。

「……見てたのか? 光太朗」
「……み、見るつもりは無かったんだ。ごめん」
「謝ることは無い。……そうか。今後はそのような行為も、慎むべきだな」
「……?」

 光太朗が首を傾げると、リーリュイはまた納得したように頷く。何を納得しているのか、さっぱり分からない。
 
「光太朗、やはり君とキスがしたい」
「!? だから何で、そうなるんだよ!」
「……君は、誰かとキスをした事があるか?」
「あるよ、そりゃ」

 過去でも、この世界に来てからも、キスはした事がある。誰と、と問われても絶対に言えるはずがない。ウィリアムもその一人なのだから。

 リーリュイをちらりと見るが、その顔は既に不満そうだ。

「どんなキスだった? あいさつ程度の物か? 私が奴としたような、気乗りしないキスなら許す……いや、やっぱり許さない」
「許さないのかよ……」
「……光太朗、君とキスがしたい」
「………わ、分かったよ……」
「本当か?」

 リーリュイの顔が一転、ぱっと輝く。そんな顔をされては、もう撤回はできない。


(落ち着け、あいさつ程度のキスだ、きっと。意味はない、そうだ、任務と思えばいい……)

 自分を落ち着けながら、光太朗は息を吸った。

 リーリュイの顔が近づくのを見ていられない。瞳をぎゅっと閉じると、唇に柔らかい物が触れる。
 触れるだけのキスで、唇はいったん離れた。光太朗は喉をごくりと鳴らす。

「ま、まった……リュウ……」
「どうした?」
「お、俺、心臓、が……」

 「心臓が?」と言いながら、リュウはまた唇を塞ぐ。小さく何度か啄まれ、その度に心臓が応えるように収縮する。
 息が上手く出来なくて、唇の合間から熱い吐息が漏れてしまう。
 目なんて開けていられない。今、リーリュイの顔を見たら、きっと心停止する。

(こ、これっ……絶対、駄目なやつだ……。こんなの、しらない……)

 リーリュイが唇を離すと、光太朗は慌てて枕へ顔を埋めた。リーリュイと繋いでいた手も振り払い、枕をぎゅっと握りしめる。

「光太朗?」
「……」
「怒ったのか?」

 光太朗は頭を横に振ると、また枕に突っ伏した。
 
 恥ずかしかった。
 生娘のような反応をしてしまった自分が、ただひたすら死ぬほど恥ずかしい。
 リーリュイから髪を撫でられても、顔を上げることが出来ない。

「……君は、どうしてそんなに可愛いんだ。可愛いに限度が無いのか?」
「……う、うるさいよ……」
「可愛いと言われるのは不快か?」

 光太朗は顔を少しずらし、唇を尖らせた。リーリュイから覗き込まれ、また枕に顔を埋める。そして聞こえないほどの声で、ぼそりと呟いた。

「リュウなら……いい」
「うん?」
「あんたなら、可愛いって言うの……ゆるす」
「……かわいい……!」

 途端に、『可愛い』という言葉の雨が降ってくる。

 「かわいい」を繰り返すリーリュイに我慢ならず、光太朗はがばりと身体を起こした。やたら嬉しそうな顔をしているリーリュイへ、枕を叩きつける。
 しかし当然ながら、枕は見事にキャッチされた。

「過度なかわいいは、禁止!!」
「君がかわいいのが悪い」
「このやろ、一発殴らせろ!」

 寝台でリーリュイに掴みかかると、彼は今まで見たこと無いほど笑い出した。声を立てて笑うリーリュイを見ると、怒りが吹き飛んで歓喜が湧く。
 彼もこうして笑うことが出来るのだと、心から嬉しかった。

 寝台でじゃれ合って、また何度も唇を重ねた。
 震えるほど幸せで、心の奥底から満たされる。光太朗にとって、初めての感覚だった。
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