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側にいるために

第123話 やきもちはうれしい

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 耳元で、リーリュイが囁く。

「教えて、光太朗」
「……っ!」

 握られていない方の手で、光太朗は咄嗟に耳を覆った。耳まで赤くなっていく感覚が恥ずかしくて、逃げるようにシーツへ顔を埋める。
 リーリュイは身じろぎ一つせず、何も言わない。彼得意の『言うまで話さないし、離さない』スタイルだ。

 光太朗は少しの沈黙の後、ぽろりと言葉を零した。

「……マオさん、側室候補なんだよな? あの部屋で、マオさんと……した?」
「……」

 シーツに突っ伏しながら、光太朗は唸るのを堪えた。こんな事を言える立場ではないと、光太朗が一番分かっている。
 きっとリーリュイは、呆れた顔をしているだろう。それか首を傾げているかもしれない。
 光太朗は身を縮め、リーリュイの返事を待った。しかし何の返答もない。

 気付くと、繋いだリーリュイの手が震えている。何事かとリーリュイを見上げて、光太朗は驚いた。

 リーリュイは眉を下げ、泣き笑いのような表情を浮かべていた。薄紅色の唇は緩く弧を描き、瞳は潤ってきらきらと輝きを放っている。
 光太朗が目を見開いていると、リーリュイはごくりと喉を動かした。

「……もしかして……妬いてくれたのか? 光太朗……」
「い……いや、その……」
「嬉しい」

 その一言を放り、リーリュイは満面の笑みを浮かべた。欲しいものを手に入れた、子供のような笑みだった。
 澄んだ笑顔に魅了され、光太朗は呼吸も忘れてリーリュイを見つめる。

「う、嬉しい……のか? 迷惑じゃなくて?」

 光太朗の問いに、リーリュイは眉を下げながら首を横に振った。そして肘を緩め、光太朗の頭の横へ額を埋める。
 耳にリーリュイの柔らかな髪が触れ、光太朗の心臓が小さく跳ねた。

「私は、君という人間に強く惹かれている。迷惑なわけがない」
「……」
「君は誰かを……心から愛したことはあるか?」

 耳元から、リーリュイの静かな声が聞こえる。胸を鳴らしながら光太朗は考えた。

 今まで本気で人を愛したことはない。身体を繋げた人もいるが、顔も思い出せない程の薄い付き合いだった。
 返答に迷っていると、リーリュイが身を起こす。そして先ほどよりも近くから、光太朗を見下ろした。

「私は、無い。身体の関係はあったが、心が動くことは無かった。だけど、君には……この心が暴れるように動く。自分でも制御できないほど、君に惹かれている。しかしこの気持ちが愛なのか私には分からない。前例がないからだ。感情が柔らかな君に、不確かな事を教えたくはない。しかし私の心は、君にしか動かない」
「ち、っちょっと、待ってくれ……!」

 リーリュイが紡いだ言葉で、頭が真っ白に染まる。考えを整理したいのに、リーリュイはいつものように捲し立てる。

「君にとっての私は、どんな存在なのかと気になっていた。妬いてくれるという事は、それなりに特別な存在なのだと思う」
「え、えっと……」
「君の気持ちを教えてくれとは言わない。君が気持ちに気付いた時で良い。今はこれだけを伝えたい」

 リーリュイが柔らかに微笑む。自分にしか向けられない、特別な笑みだ。
 額と額をくっつけて、リーリュイは嬉しそうに呟いた。

「だいすきだ、光太朗」

 告げられた言葉に、今度こそ頭は真っ白になった。
 思考は止まるくせに、心臓は箍が外れたように跳ねまわる。狂ったように動く心臓を、抑える余裕もなかった。

 しかし固まってしまった光太朗を他所に、リーリュイは戸惑いの一つもない。鼻先が触れる程の距離で、彼は優しく微笑む。

「光太朗、キスしたい」
「……なっ、何でそうなる!? 駄目だろ!」
「……分かった。君が嫌なことは、しない」

 リーリュイはあっさりと身を引くと、光太朗の髪を撫でた。彼が離れたことで、光太朗の胸がつきりと痛む。
 しかし拒否したのは自分だ。頬の内側を噛んでいると、リーリュイがくすくすと笑う。

「……君は、本当に可愛い」
「……なんだよ……」

 光太朗が拗ねたように言うと、髪を撫でていたリーリュイの手が、頬へと移動した。
 大きな手で労わるように撫でられると、拗ねた顔をどうしたらいいか迷ってしまう。
 
 リーリュイは光太朗を優しく見下ろしていたが、笑い声を含んだ溜め息を吐いた。

「さて置いて、寝室の件だ」
「……うん」
「結論から言うと、奴とは寝ていない。屋敷には来たが、応接間で話を聞いたのち、護衛に兵舎まで送らせた」
「……マオさんとは、親しかったんだろ? 側室候補って言うくらいだし……」


『____昔はあんなに、可愛がってくれたではないですか』

 あの時のマオの声は、甘い蜜を含んでいた。恋人に愛を囁くような声は、今でも耳に残っている。
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