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側にいるために
第116話 非力で悲痛な声
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◇◇
昼前に兵舎へと帰ってきたリーリュイとウルフェイルは、訓練所の前でキースと合流した。キースの姿を見てリーリュイは頷くも、足は止めない。
キースはリーリュイの後を追いながら、口を開いた。
「団長。……公子に言われて帰ってきたんですか?」
「それもあるが、ちょうど一区切りついた所でもあった。……キース、マオからあの件を聞いたのか?」
「はい。……しかしコウがイーオに入れ込んで、座学を疎かにしているなど……」
「分かっている。マオだけの話で、断定できるものではない」
並んで歩いていたウルフェイルは、舌打ちを打った。顔には嫌悪感が滲んでいる。
「コウがそんな事するわけないだろ。昼休憩でも教本広げてるような男だぞ?」
「自分もそう思います。1班の訓練で走り込んでいるときも、薬草の名前を呟いてるくらいなんで」
「ほらな! リーリュイ、何とか言えよ」
「……本人に直接聞いて、真偽を ____」
「ああ、殿下!! やっと来て下さった……!」
マオが安堵したように声を上げ、駆け寄ってきた。
不安そうに顔を歪めたマオは、リーリュイへ縋るように身を寄せる。マオは震えながら、リーリュイを見上げた。
「コウが……」
「光太朗がどうした?」
「……コウが……薬師室にあった催淫薬を盗みました。……恐らく、弟を誘惑するためだと……」
「……彼が盗んだのは確かか?」
「はい。先ほど薬の個数点検をしていた際に、アロデナ草が使われた蝋燭が無いことに気付きました。今日の朝に薬師室に入ったのは、コウしかしません。彼の荷物が残されていましたから……」
マオは淀みなく言葉を紡ぐ。
その言葉を聞いて、キースが前へと踏み出した。眉間に皺を寄せ、マオを睨みつける。
「今日は、座学を前倒しするはずでは?」
「いいえ。……イーオは、私の許可なく予定変更をしません。それにイーオは、午前中に鍛錬をするのが日課なのです。……私は朝食を済ませてから、薬の点検をしに薬師室へ行きました。そしたら扉に……これが貼り付けられていました」
マオは外套から、小さな紙切れを取り出した。
そこには『コウに呼ばれたので、武器庫へ行ってきます』と書かれている。
マオは震える手でそれをリーリュイに渡し、顔を伏せた。
「弟の字です。間違いありません。……コウは弟を武器庫へ誘い、そして……」
「憶測で物を言うな! コウはそんな奴じゃない!」
ウルフェイルが言うと、マオは更にリーリュイに縋る。その姿を忌々し気に見て、ウルフェイルが舌打ちを零した。
リーリュイは黙ったまま、マオを見下ろしている。その顔は無表情で、いつもと変わらないように見える。
しかし次の瞬間、リーリュイは弾かれたように、武器庫へと顔を向けた。
「声が……!」
縋りついていたマオを引きはがし、彼は武器庫に向かって駆け出す。キースがいち早く反応し、その姿を追った。
武器庫の周りに多くの騎士が集まっている。後方にいた騎士がリーリュイの姿を認め、腕で口を押さえながら叫ぶ。
「団長! 催淫薬です!!」
「退け!!」
リーリュイは騎士たちを掻き分け、武器庫の入口へ辿り着いた。その間も聞こえてくるのは、光太朗の叫び声だ。
それは悲痛な叫びだった。力の無い者が、僅かな望みに縋って上げる声だ。
光太朗らしくない非力な声だった。その声にリーリュイは狼狽え、同時に胸が焼けつくように痛む。
武器庫の中は、催淫薬に当てられた騎士たちで溢れていた。それをキースがなぎ倒し、続くウルフェイルも罵倒しながら外へと追いやる。
やっと見えた光太朗は、イーオによって隠すように抱き締められていた。上半身の服は引き裂かれ、光太朗は泣きじゃくっている。
イーオは、自身の胸の中にいる光太朗を、ただ見下ろしていた。彼は興奮している様子もない。ただ眉を寄せ、悲しそうに光太朗を見据えている。
後方から、マオの甲高い声が響いた。
「殿下! 弟は無事ですか!? なんて卑劣な事を……! 弟を手に入れる為に薬を使うなんて、薬師として最低な行為です! 周りの騎士も巻き込んで……許される事ではありません!」
マオの声に構わず、リーリュイはイーオの襟首を掴み上げた。リーリュイの姿に気付いたイーオは、顔を一瞬で陰らせ、光太朗から直ぐに身体を離す。
一方の光太朗は、リーリュイの姿に一切反応しない。
彼は怯えた顔をしてその場から離れ、武器庫の隅にある暗がりで子供のように蹲る。
光太朗の様子に、リーリュイは眉を寄せた。
第10騎士団で同じような目にあった時と、明らかに様子が違う。
光太朗が卑劣な手を使うなど、リーリュイははなから信じてはいない。しかし彼の反応は、不可解なものだった。
マオはイーオに駆け寄り、涙を浮かべる。そしてリーリュイへ向けて、懇願するように叫んだ。
「殿下、良くご覧になってください!! コウは逃げ、隠れています! あのフェンデは、弟を……」
「……っやかましい!! 黙れッ!!」
リーリュイの怒声に、マオはおろか薬に浮かされた騎士までもがしんと静まり返った。
静寂に包まれた武器庫には、光太朗のなきじゃくる声だけが響いている。キースとウルフェイルは、騎士らを全員外へ出した。
リーリュイは身を低くして、光太朗へとゆっくり近づく。
昼前に兵舎へと帰ってきたリーリュイとウルフェイルは、訓練所の前でキースと合流した。キースの姿を見てリーリュイは頷くも、足は止めない。
キースはリーリュイの後を追いながら、口を開いた。
「団長。……公子に言われて帰ってきたんですか?」
「それもあるが、ちょうど一区切りついた所でもあった。……キース、マオからあの件を聞いたのか?」
「はい。……しかしコウがイーオに入れ込んで、座学を疎かにしているなど……」
「分かっている。マオだけの話で、断定できるものではない」
並んで歩いていたウルフェイルは、舌打ちを打った。顔には嫌悪感が滲んでいる。
「コウがそんな事するわけないだろ。昼休憩でも教本広げてるような男だぞ?」
「自分もそう思います。1班の訓練で走り込んでいるときも、薬草の名前を呟いてるくらいなんで」
「ほらな! リーリュイ、何とか言えよ」
「……本人に直接聞いて、真偽を ____」
「ああ、殿下!! やっと来て下さった……!」
マオが安堵したように声を上げ、駆け寄ってきた。
不安そうに顔を歪めたマオは、リーリュイへ縋るように身を寄せる。マオは震えながら、リーリュイを見上げた。
「コウが……」
「光太朗がどうした?」
「……コウが……薬師室にあった催淫薬を盗みました。……恐らく、弟を誘惑するためだと……」
「……彼が盗んだのは確かか?」
「はい。先ほど薬の個数点検をしていた際に、アロデナ草が使われた蝋燭が無いことに気付きました。今日の朝に薬師室に入ったのは、コウしかしません。彼の荷物が残されていましたから……」
マオは淀みなく言葉を紡ぐ。
その言葉を聞いて、キースが前へと踏み出した。眉間に皺を寄せ、マオを睨みつける。
「今日は、座学を前倒しするはずでは?」
「いいえ。……イーオは、私の許可なく予定変更をしません。それにイーオは、午前中に鍛錬をするのが日課なのです。……私は朝食を済ませてから、薬の点検をしに薬師室へ行きました。そしたら扉に……これが貼り付けられていました」
マオは外套から、小さな紙切れを取り出した。
そこには『コウに呼ばれたので、武器庫へ行ってきます』と書かれている。
マオは震える手でそれをリーリュイに渡し、顔を伏せた。
「弟の字です。間違いありません。……コウは弟を武器庫へ誘い、そして……」
「憶測で物を言うな! コウはそんな奴じゃない!」
ウルフェイルが言うと、マオは更にリーリュイに縋る。その姿を忌々し気に見て、ウルフェイルが舌打ちを零した。
リーリュイは黙ったまま、マオを見下ろしている。その顔は無表情で、いつもと変わらないように見える。
しかし次の瞬間、リーリュイは弾かれたように、武器庫へと顔を向けた。
「声が……!」
縋りついていたマオを引きはがし、彼は武器庫に向かって駆け出す。キースがいち早く反応し、その姿を追った。
武器庫の周りに多くの騎士が集まっている。後方にいた騎士がリーリュイの姿を認め、腕で口を押さえながら叫ぶ。
「団長! 催淫薬です!!」
「退け!!」
リーリュイは騎士たちを掻き分け、武器庫の入口へ辿り着いた。その間も聞こえてくるのは、光太朗の叫び声だ。
それは悲痛な叫びだった。力の無い者が、僅かな望みに縋って上げる声だ。
光太朗らしくない非力な声だった。その声にリーリュイは狼狽え、同時に胸が焼けつくように痛む。
武器庫の中は、催淫薬に当てられた騎士たちで溢れていた。それをキースがなぎ倒し、続くウルフェイルも罵倒しながら外へと追いやる。
やっと見えた光太朗は、イーオによって隠すように抱き締められていた。上半身の服は引き裂かれ、光太朗は泣きじゃくっている。
イーオは、自身の胸の中にいる光太朗を、ただ見下ろしていた。彼は興奮している様子もない。ただ眉を寄せ、悲しそうに光太朗を見据えている。
後方から、マオの甲高い声が響いた。
「殿下! 弟は無事ですか!? なんて卑劣な事を……! 弟を手に入れる為に薬を使うなんて、薬師として最低な行為です! 周りの騎士も巻き込んで……許される事ではありません!」
マオの声に構わず、リーリュイはイーオの襟首を掴み上げた。リーリュイの姿に気付いたイーオは、顔を一瞬で陰らせ、光太朗から直ぐに身体を離す。
一方の光太朗は、リーリュイの姿に一切反応しない。
彼は怯えた顔をしてその場から離れ、武器庫の隅にある暗がりで子供のように蹲る。
光太朗の様子に、リーリュイは眉を寄せた。
第10騎士団で同じような目にあった時と、明らかに様子が違う。
光太朗が卑劣な手を使うなど、リーリュイははなから信じてはいない。しかし彼の反応は、不可解なものだった。
マオはイーオに駆け寄り、涙を浮かべる。そしてリーリュイへ向けて、懇願するように叫んだ。
「殿下、良くご覧になってください!! コウは逃げ、隠れています! あのフェンデは、弟を……」
「……っやかましい!! 黙れッ!!」
リーリュイの怒声に、マオはおろか薬に浮かされた騎士までもがしんと静まり返った。
静寂に包まれた武器庫には、光太朗のなきじゃくる声だけが響いている。キースとウルフェイルは、騎士らを全員外へ出した。
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