116 / 248
側にいるために
第114話 アロデナ草
しおりを挟む「……これ……殿下から?」
「……っ、かえ、せ……!」
「ふぅ~ん、ここまでとはね。……可哀そうな殿下……」
クリップを手の平で弄び、マオはしゃがみ込んだ。地面に伏せられている光太朗の顔を覗き込むと、無邪気に笑う。
「返してほしい?」
「返せ」
「どうしよっかなぁ……。さっきの蹴りで、脛が痣になっちゃったし……」
マオがブーツの紐を解き、ズボンの裾を捲る。脛についている赤い蹴り痕を見て、マオは大げさに顔を歪めた。
「王族に手を上げるなんて、本来なら投獄されても文句は言えないよ? 俺が王宮へ訴えれば、殿下だって責任を問われるかもしれない」
「……!」
「でも俺は、優しいから言わないであげる。……でも罰は必要だよね?」
「……何をすればいい?」
「そうだなぁ……。折角だから、騎士の規則に倣おうか」
立ち上がったマオは、調合台へと腰掛けた。楽しそうに脚を揺らし、光太朗へと何かを投げる。小さな麻袋だ。
「騎士の懲罰の一つに、全員の武器の手入れっていうのがあるんだけど……それで良いや。道具はそこに入ってるから、今すぐやってきて」
「武器の手入れ?」
「そう。武器庫に入ってる武器を、全部手入れする。終わるまで出てこないでよ」
(全部か……多いな……)
魔導騎士団は約100人が在籍している。個人の武器は居室にあるが、訓練用の模擬剣やその他の武器は、全部武器庫へしまってあるのだ。
種類全て合わせると、300を優に超えるだろう。一日では終わらない量だ。
しかし光太朗は、素直に頷いた。
ここで逆らっても、事態はもっと悪い方へと進む。最近忙しくしているリーリュイの邪魔になることだけは避けたかった。
「えらく素直じゃん。今日中に終わらせたら、クリップも返してあげる」
「……分かった。イーオさん、離してくれよ」
「……コウ、武器庫は冷える。……外套を誰かに貸してもらえ」
「ダメダメ、罰がばれちゃうでしょ。バレたらコウも面倒だよね? 誰にも接触しないように、武器庫へ行きなよ?」
イーオの拘束が解け、光太朗は麻袋を開けた。そこには使い古された布と、油、そして蝋燭が数本入っている。蝋燭は、武器庫の灯りとして使うのだろう。
光太朗は麻袋を掴むと、薬師室を飛び出した。
(時間がない、急がないと……! 確か今日の訓練は、合同の体術訓練だったはず。どの班も武器を使う事はない)
訓練場の裏手を走り、光太朗は誰にも会うことなく武器庫へと入る。
武器庫の中は薄暗く、剣架(けんか)や矢立てがずらりと並ぶ。光太朗は蝋燭に火を点け、燭台へと置いた。
(最初に大物やっつけとくか。最後の方は握力がないだろうし……。まずは剣からだ)
光太朗は剣架から数本引き抜き、その場に腰を降ろした。
騎士らが扱う剣はずっしりと重い。模擬剣なので切れ味は無いが、まともに攻撃を受ければ骨が砕けるだろう。
(……こんな感じ、前にもあったな……)
前世でも、光太朗はこうやって武器を手入れしていたのを思い出す。少年だった時代は、先輩らの武器も手入れしなければならなかった。
ろくな思い出では無かったが、銃を分解して整備するのは好きだった。
________
光太朗は足元に教本を広げ、今度は短剣を磨き上げていく。体感的には2時間ほど時が過ぎたように感じる。
この調子でやれば、今日中に手入れを終える事が出来そうだ。そう思っていた光太朗だったが、ここにきて作業が滞り始めた。
身体が熱を持って、喉が焼けつくように痛い。風邪が悪化したのかとも思ったが、発熱の前兆である寒気は無かった。
「なん、だ、これ……」
発した声がざらついて、光太朗は咳込んだ。喉が発した痛みで、光太朗はある事を思い出す。
同じような症状を、以前経験したことがあったはずだ。
慌てて立ち上がると、身体がふらふらと揺れる。熱でぼんやりとする頭を叩いて、光太朗は蝋燭へと近づいた。
鼻を近づけて、蝋燭の匂いを吸い込む。詰まった鼻は何の香りも捉えないが、喉に絡まる嫌な甘さに覚えがあった。
(これ……アロデナ草か! 前にウィリアムが持ってきた……)
アロデナ草は、この国の人間には害がないが、フェンデやフェブールにとっては毒となり得る薬草だ。
アロデナ草には催淫の作用があり、蝋燭に練り込んで使うことが多い。
フェンデにとっては毒だが、幸い命を奪う程のものではない。しかし長く吸い込んでいると、発熱や倦怠感、喉に炎症などが起こる。
過去にウィリアムからアロデナ草を試された光太朗は、3日ほど寝込んだ。死にそうになりながら解毒薬を作った経験は、今でも鮮明に思い出せる。
<アロデナ草がフェブールにとって、毒かも知れない>
それを光太朗が発見したのは2年も前だ。ウィリアムによって、王宮にも報告が行っている筈である。
(何考えてんだマオは! やけに準備が良いとは思ったが……)
光太朗は蝋燭を消し、武器庫の窓を開けて回った。
アロデナ草の催淫効果はかなり強いらしく、この国の人間には効果抜群だと聞いている。今となっては何故あの薬を試された事に怖気が走るが、今はそれどころではない。
手入れ道具はそのままに、足を縺れさせながら出口へと向かう。意識朦朧としながら、光太朗は扉へと手を伸ばした。
しかし扉は、光太朗が触れる前に自ら開く。出口に立っていたのはイーオで、光太朗を見下ろしていた。
57
お気に入りに追加
2,914
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)
黒崎由希
BL
目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。
しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ?
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
…ええっと…
もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m
.
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~
楠ノ木雫
BL
俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。
これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。
計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……
※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。
※他のサイトにも投稿しています。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる