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側にいるために

第113話 マオの不審な動き

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「殿下にコウさんの様子をお伝えしたのですが、殿下は信じておられないようでした。……キース隊長からも、殿下に進言して頂けませんか?」
「団長に……言ったのですか?」
「ええ。今日中に様子を見に来られるとの事だったので、あなた様からも……」
「無理でしょうねぇ」

 マオの言葉を遮るように、キスは言葉を放った。そして新しい煙草を取り出して、火を点ける。
 キースの態度が変わった事に気付いたマオは、途端に甘い雰囲気を解いた。そして口元が歪んだ笑みに変わる。

「無理? 殿下はお優しいから、あのフェンデに騙されているのです。目を覚ましていただかないと、あなたも困るでしょう?」
「微塵も困りませんがねぇ。騎士らの士気は高まってますし、団長が決意したのもコウのお陰です。……俺は、この目で見たことしか信じません。座学中は見学禁止にしたのは、公子でしょう?」
「……っ! 私は、殿下の側室候補ですよ? 殿下の正室となり、あなたの上に立つかもしれない。そんな私を、疑っていいのですか!?」
「……今度は脅しですか……」

 キースは呟くと、紫煙(しえん)を吐き切った。ちらりとマオを見ると、剣呑な雰囲気を醸し出している。先ほどの甘えた態度からの急変に、キースは思わず乾いた笑いを零した。 
 そんな態度に憤りを感じたのか、マオは声を低くした。唸り声のような声は、可愛いとはほど遠い。

「あのフェンデ、魔導騎士団全部を毒牙にかけてるんですね。まさかキース隊長もとは思いませんでした」
「毒は使っちゃおりませんが、コウに傾倒しているのは確かですねぇ。困ったことに、魔導騎士団全体が、コウのことを好いているんで」
「……フェンデ如きが、殿下の側にいるなんて許されない。俺が思い知らせてやる」

 キースは肺いっぱいに煙草を吸い、吐き出した。口元に笑みを浮かべて、マオと同じく声を低くする。

「私から、俺になってますよぉ、公子。可愛いが武器であるあなたが、人目があるこの場所で、そんな雄の顔見せて良いんですかねぇ……」
「……俺に従わなかった事を、せいぜい後悔するんだな……」

 マオはキースを睨みつけ、近くの椅子を蹴り倒した。イラついたら物に当たるのが習慣のようで、その行為はやけに手慣れて見える。
 マオが去ったのを確認し、キースは煙草を揉み消した。

(今日中に団長が来る。という事は、副団長も一緒だろう……。一応、耳に入れとくか)

 キースはポケットへ手を突っ込み、通信室へと向かった。

________

 座学の前倒しを、イーオは快く承諾してくれた。薬師室で調合の準備をしながら、光太朗は鼻を啜る。

「……マオさんに聞かないまま前倒しして、良かったのか? イーオさん」
「マオは怒るだろうが……本当に体調が悪そうだ。症状は鼻だけか?」
「うん、鼻喉中心かな。鼻がまったく効かない」

 目が悪い光太朗は、嗅覚や聴覚をフル稼働して生活をしている。嗅覚が使えなくなると、察知能力が極端に下がってしまうのだ。
 慣れて安心できる場所じゃないと、常に緊張しながら過ごすことになる。

 気を張ると、更に疲れて体調が悪化する。キュウ屋に籠るのが一番の回復方法なのだが、そうは言っていられない。

「ぃよし! 今日もよろしくお願いします。イーオさん」
「ああ……。ところでコウ、その外套だが……あまりマオの前では着ない方が良い」
「どうしてだ?」
「……マオが機嫌を悪くするからだ。午前中にマオが来ることは無いから、まだ着てていいが……」

 それきり黙り込んでしまったイーオは、諦めに似た表情をしていた。イーオの視線が一瞬クリップに移ったのを見て、光太朗は自身の外套を見下ろす。

「……このクリップ、何か意味があるのか?」
「それは……」

「イーオ!!」

 突然響いたマオの声に、イーオは逞しい肩をびくりと揺らした。薬師室に入ってきたマオはイーオを鋭く睨みつけ、薬品棚を蹴りつける。

「俺の許可なしに何やってんだよ! この屑!!」
「……っ! すまない……マオ」
「すまないじゃねぇよ、お前……!」

 マオがイーオに掴みかかり、手を振り上げた。光太朗はその手を掴むと、マオとイーオの間へと身を滑り込ませる。
 怒りに満ちたマオの瞳を、光太朗は戒めるように見据えた。

「イーオさんは、俺の体調を気遣ってくれただけだ。イーオさんは弟だろ? 無抵抗な弟に手を上げるのは、兄としてどうなんだ?」
「はぁ? フェンデ如きが、生意気言ってんじゃ……」

 言葉を止めたマオが、光太朗のクリップを凝視している。それに気付いた光太朗は、クリップを隠すように握りしめた。
 後退すると、イーオの身体に肩が触れる。

「……イーオ」

 マオの言葉を合図に、光太朗は背後からイーオに羽交い絞めにされた。イーオの力は相当なもので、暴れてもビクともしない。

 クリップに手を伸ばすマオに気付き、光太朗は咄嗟にその脚を蹴り上げた。手加減はしたが脛に当たり、マオは痛みに顔を歪める。

「いっ痛!! この野郎ぉ! イーオ、押さえつけろ!!」

 光太朗は地面に押さえつけられ、片手は後ろへと捻り上げられた。
 マオの指示を受けたイーオの行動は、容赦がない。立っていた状態から地面へと押し付けられ、肺が潰され息が詰まる。

 光太朗が痛みに呻いている間に、マオがクリップをむしり取った。
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