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側にいるために
第112話 隠す気のない独占欲
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朝食で賑わう食堂の休憩所は、騎士たちの憩いの場だった。食事を終えた彼らは、ここで一服するのだ。
この世界の煙草は少し太く、葉巻寄りの見た目をしている。香りも甘さを含むものが多い。
休憩所にいたキースに、光太朗は頭を下げた。片眉を吊り上げたキースは、手に持っていた煙草を地面に擦りつける。
「何? 風邪ぇ?」
「あい。面目ない……」
下げてた頭をだらりと揺らし、光太朗は鼻を啜る。
熱は下がったが、相変わらず喉は痛く、鼻水の症状までもが加わった。誰が見ても風邪っぴきと分かる状態だったため、光太朗も無理して訓練をすることを諦めたのだ。
「こんままでも良いなら、訓練参加するけど……」
「良いわけねぇだろ。……いつから調子わりぃんだ?」
「昨日から。休みだったのに……ほんと、自己管理甘くて申し訳ない」
「……本当に、昨日からだな?」
キースの問いに、光太朗は顔を上げて首を傾げた。そして不思議そうな顔をした後、小さく頷く。
一昨日あった口端の痣は、薄れてはいるもののきっちりと残っていた。
____ああ、この痣? 衛生班の訓練で怪我人役が暴れてさ、肘鉄くらったんだよ。
光太朗はそう言っていたが、キースは信じなかった。
その日のうちに衛生班長に聞き、そんな事実は無いと確認済みだ。
光太朗の回避能力は、他の騎士と比べても群を抜いている。キースですら、あれほどくっきりとした痣を光太朗に残すのは難しい。
(……じゃあ誰が、って……見当は付いてるけどなぁ……。最近、団長も副団長も忙しくて捕まんねぇし……)
数日前から上が忙しくなり、それと共に光太朗にも疲労の影が現れた。キースもそれに何となく気づいてはいたが、光太朗は隠すのも抜群に巧い。
キースは新しい煙草を取り出し、火をつける手前で留まった。体調の悪い者には、煙草の煙は毒だろう。
火の付いていない煙草を指に挟んだままでいると、光太朗がまた鼻を啜った。
「午前中は軽く走り込みでもして、午後の座学だけは参加したいんだけど、駄目かな?」
「……身体動かすのは止めとけ。座学を前倒しにしてもらって、昼には帰れ。マオ公子はまだ来てないが、イーオ公子はさっき食堂で見たぞ」
「イーオさん来てるんだな。じゃあ、彼に聞いてみる」
光太朗は笑顔で頷いて、珍しく身に着けていた外套を掻き寄せる。
去っていく光太朗を見送って、キースは煙草に火をつけた。食堂に消えていく姿を見ていると、自然と笑みが浮かんでくる。
(……臙脂の外套に、黒晶のクリップか。装飾は4番皇子の象徴である四つ羽……。あの団長がなぁ……喜ばしいことだ)
光太朗が身に着けていた外套は、リーリュイの独占欲の塊だった。黒晶は希少で価値も高い。それをわざわざ選んだのは、光太朗の髪の色を意識しているのだろう。
それを囲うように、自分の象徴である四つの翼を装飾している。『俺のもんだ』と言っているようなものだ。
その意味を光太朗は分かっていないのだろう。外套を見た騎士たちが姿勢を正すのを、光太朗は訝し気に見ているだけだ。
キースが灰を落としていると、周りが僅かに騒めいた。視線を上げると、道の向こうからマオが歩いてくるのが見えた。
色めき立つ騎士らに微笑み掛けながら、マオはキースへと視線を移した。
「おはようございます。キース隊長」
「……おはようございます、公子。今日はお早いですねぇ」
キースは煙草を消すと、目だけで会釈をする。
マオとイーオは兵舎に滞在しているが、マオが居室から出てくるのはいつも昼前だった。
朝はイーオだけが出てきて、座学の準備や他の班長との調整を行っている。朝食時にマオが居ることは、今までなかった。
マオは満足気に笑うと、キースの隣へ立つ。
「昨日は休みでしたから、本職の方が捗りまして。今日の午前に余裕が出来ました」
「さようで。……ああ、公子。今日の座学、前倒しに出来ませんかねぇ?」
「? それはどうして?」
「コウが体調を崩してまして、昼から休ませたいんですよ」
マオはキースへと視線を寄越し、長い髪を耳にかけた。そして悩まし気にため息を吐く。
「……コウさんね……。キース隊長、彼の事はどう思われます?」
「……何も問題ありませんねぇ。厳しい訓練も率先してやる男なので」
「え……?」
キースの答えに、マオは大げさに驚いた。
手で口を覆い、大きな瞳は動揺で揺れ動いているように見える。
「……実はコウさん……戦闘薬学についてはあまり熱心ではなくて……。ちょっと困っているんです」
「……へぇ、それは初耳ですね」
「ここだけの話ですけど……」
マオがキースへと更に身体を寄せ、上目遣いでちらりと見遣る。媚びるような目つきは、男を誘う魅力に満ちていた。
困っているかのように眉尻を下げるが、口元には笑みを浮かべている
「コウさんは、弟に好意を抱いているようなんです……」
「……それは、驚きましたねぇ。気のせいでは?」
「いいえ、気のせいではありません。座学中も、彼はずっとイーオに色目を使っているのです。座学にも身が入らず、困り果てています。……そこで、キース隊長にお願いがあるのですが……」
「何です?」
キースが口元に笑みを浮かべると、マオは満足そうに頷いた。
朝食で賑わう食堂の休憩所は、騎士たちの憩いの場だった。食事を終えた彼らは、ここで一服するのだ。
この世界の煙草は少し太く、葉巻寄りの見た目をしている。香りも甘さを含むものが多い。
休憩所にいたキースに、光太朗は頭を下げた。片眉を吊り上げたキースは、手に持っていた煙草を地面に擦りつける。
「何? 風邪ぇ?」
「あい。面目ない……」
下げてた頭をだらりと揺らし、光太朗は鼻を啜る。
熱は下がったが、相変わらず喉は痛く、鼻水の症状までもが加わった。誰が見ても風邪っぴきと分かる状態だったため、光太朗も無理して訓練をすることを諦めたのだ。
「こんままでも良いなら、訓練参加するけど……」
「良いわけねぇだろ。……いつから調子わりぃんだ?」
「昨日から。休みだったのに……ほんと、自己管理甘くて申し訳ない」
「……本当に、昨日からだな?」
キースの問いに、光太朗は顔を上げて首を傾げた。そして不思議そうな顔をした後、小さく頷く。
一昨日あった口端の痣は、薄れてはいるもののきっちりと残っていた。
____ああ、この痣? 衛生班の訓練で怪我人役が暴れてさ、肘鉄くらったんだよ。
光太朗はそう言っていたが、キースは信じなかった。
その日のうちに衛生班長に聞き、そんな事実は無いと確認済みだ。
光太朗の回避能力は、他の騎士と比べても群を抜いている。キースですら、あれほどくっきりとした痣を光太朗に残すのは難しい。
(……じゃあ誰が、って……見当は付いてるけどなぁ……。最近、団長も副団長も忙しくて捕まんねぇし……)
数日前から上が忙しくなり、それと共に光太朗にも疲労の影が現れた。キースもそれに何となく気づいてはいたが、光太朗は隠すのも抜群に巧い。
キースは新しい煙草を取り出し、火をつける手前で留まった。体調の悪い者には、煙草の煙は毒だろう。
火の付いていない煙草を指に挟んだままでいると、光太朗がまた鼻を啜った。
「午前中は軽く走り込みでもして、午後の座学だけは参加したいんだけど、駄目かな?」
「……身体動かすのは止めとけ。座学を前倒しにしてもらって、昼には帰れ。マオ公子はまだ来てないが、イーオ公子はさっき食堂で見たぞ」
「イーオさん来てるんだな。じゃあ、彼に聞いてみる」
光太朗は笑顔で頷いて、珍しく身に着けていた外套を掻き寄せる。
去っていく光太朗を見送って、キースは煙草に火をつけた。食堂に消えていく姿を見ていると、自然と笑みが浮かんでくる。
(……臙脂の外套に、黒晶のクリップか。装飾は4番皇子の象徴である四つ羽……。あの団長がなぁ……喜ばしいことだ)
光太朗が身に着けていた外套は、リーリュイの独占欲の塊だった。黒晶は希少で価値も高い。それをわざわざ選んだのは、光太朗の髪の色を意識しているのだろう。
それを囲うように、自分の象徴である四つの翼を装飾している。『俺のもんだ』と言っているようなものだ。
その意味を光太朗は分かっていないのだろう。外套を見た騎士たちが姿勢を正すのを、光太朗は訝し気に見ているだけだ。
キースが灰を落としていると、周りが僅かに騒めいた。視線を上げると、道の向こうからマオが歩いてくるのが見えた。
色めき立つ騎士らに微笑み掛けながら、マオはキースへと視線を移した。
「おはようございます。キース隊長」
「……おはようございます、公子。今日はお早いですねぇ」
キースは煙草を消すと、目だけで会釈をする。
マオとイーオは兵舎に滞在しているが、マオが居室から出てくるのはいつも昼前だった。
朝はイーオだけが出てきて、座学の準備や他の班長との調整を行っている。朝食時にマオが居ることは、今までなかった。
マオは満足気に笑うと、キースの隣へ立つ。
「昨日は休みでしたから、本職の方が捗りまして。今日の午前に余裕が出来ました」
「さようで。……ああ、公子。今日の座学、前倒しに出来ませんかねぇ?」
「? それはどうして?」
「コウが体調を崩してまして、昼から休ませたいんですよ」
マオはキースへと視線を寄越し、長い髪を耳にかけた。そして悩まし気にため息を吐く。
「……コウさんね……。キース隊長、彼の事はどう思われます?」
「……何も問題ありませんねぇ。厳しい訓練も率先してやる男なので」
「え……?」
キースの答えに、マオは大げさに驚いた。
手で口を覆い、大きな瞳は動揺で揺れ動いているように見える。
「……実はコウさん……戦闘薬学についてはあまり熱心ではなくて……。ちょっと困っているんです」
「……へぇ、それは初耳ですね」
「ここだけの話ですけど……」
マオがキースへと更に身体を寄せ、上目遣いでちらりと見遣る。媚びるような目つきは、男を誘う魅力に満ちていた。
困っているかのように眉尻を下げるが、口元には笑みを浮かべている
「コウさんは、弟に好意を抱いているようなんです……」
「……それは、驚きましたねぇ。気のせいでは?」
「いいえ、気のせいではありません。座学中も、彼はずっとイーオに色目を使っているのです。座学にも身が入らず、困り果てています。……そこで、キース隊長にお願いがあるのですが……」
「何です?」
キースが口元に笑みを浮かべると、マオは満足そうに頷いた。
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