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側にいるために
第111話 お母さん
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「……コウ……訓練は、辛くない?」
「うん。みんな親切で……充実してる」
「そう……」
ミカはそれ以上聞くことなく、自分から話すことも無かった。
薬草茶に口を付けると、独特の香りが鼻をつく。しかしカプリの甘さと香りが、それを和らげてくれた。温かさもあって、気持ちが落ち着いていく。
「……ミカさん、側室候補って何?」
「え? 側室候補?」
ミカの驚いた顔を見て、光太朗は大いに後悔した。半ば無意識に零れ出た質問に、我ながら呆れてしまう。
しかしミカは笑うでもなく、真面目な顔で頷いた。
「名前の通り、側室の候補という意味よ。王族は多くの側室候補を囲って、その中から正室や側室を選ぶの。……皇子は成人したら、側室候補を何人か決めないといけない。そういう決まりなのよ」
「確かこの国の成人って、16歳だよね? 大変だな……」
「ずっと昔からある国の決まりなの。候補者は王宮に住むわけではないから、その後の関わり方は皇子や候補者に任されている。側室候補から側室になった人もいるし、そうでないまま降ろされる人もいるのよ」
「そっか……」
側室候補。その響きから何となく役割は分かっていた。マオの「可愛がってくれた」という言葉からも、2人が深い関係だったことが分かる。
「この国って、その……婚前交渉は許されてる感じ?」
「こんぜん、こうしょう……?」
困惑するミカを見て、光太朗は頭を掻いた。
この国の言葉を、光太朗は母国語のように聞いたり喋ったりしている。こうした反応を示されるという事は、おそらく同じような単語が、この国には無いのだろう。
「結婚前に、肉体関係を持つことだよ」
「え? それって、当たり前のことじゃない?」
「……あ、うん。一般的にはそうかもしれないけど、王室関係となると、その辺も厳しいんじゃないかと思って……」
「そんな事ないわ。愛し合う者同士の、通過点ですもの。コウだって、過去に関係を持った人はいるでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
思えばミカとこんな話をしたのは初めてだ。何となくむず痒さを感じて、光太朗はまた頭を掻いた。
その様子を見て、ミカが嬉しそうに微笑む。
「……前から可愛いとは思っていたけど、今のコウは、本当に可愛いわ」
「っ! ミカさんまで……。俺は子供じゃないんだからな」
「私にとっては、大切な子供よ……」
光太朗がミカと目を合わせると、彼女は一転悲しそうな顔になった。
後悔しているような、許しを乞うような顔でもある。
しかしミカは、『ごめんなさい』とは言わない。彼女なりの優しさだと、光太朗は思う。
ミカが光太朗を利用したのは事実だ。彼女自身ウィリアムに巻き込まれた側だが、経営困難だった孤児院は光太朗によって救われた。
孤児院と子供たちを救うための行為だ。光太朗もそれが悪いことだとは思わない。当時の光太朗には、何の感情も湧かなかったのだ。
しかし今、こうしてミカと向き合っていると、不思議な感覚に囚われる。光太朗にとって、初めての感覚だった。
孤児院に居たときにも感じなかった、自分に対する愛情を感じるのだ。子供たちに彼女が向けていた、あの愛情と同じものを。
ミカが瞳を潤ませて、光太朗に手を伸ばした。痣のあとをそっと撫でて、今度は嬉しそうに微笑む。
「ああ、その顔。すごく良い顔してる。……やっとあなた自身を、見た気がするわ」
「ミカさん……ごめん……。俺……」
「いいのよ、コウ。良かった……。きっと、殿下のお陰ね」
孤児院で生活していた時も、彼女は同じように愛情を向けてくれていたのだろう。光太朗が単に、それを受け取っていなかっただけだ。
胸がじんわり熱くなって、光太朗は眉を引き絞った。『ああ、またこの感覚だ』そう思いながら、手の平を握りしめる。
熱くて胸が痛い。温かさに包まれると同時に、言いようのない感覚が這い上がってくる。
自分の中に眠っていた感情が目を覚まそうとする度に、それをねじ伏せるような抑止力が働く。
感情が目覚めるのを、恐れているのではないか。そう気付いたのは最近だった。
顔色が変わった光太朗を見て、ミカが慌ててカップを取り上げた。
「コウ、酷い顔色よ。横になって」
「……」
光太朗が素直に横になると、またミカの手が額に伸びる。ミカを見上げながら、光太朗はぼんやり思った。
(母親って、こんな感じなのかな……)
無償の愛を注いでくれる人。そんな存在が、光太朗には居なかった。
ミカの愛は本物ではなかった。しかし今、確かに光太朗は癒されている。
「俺、ほんと子供だな……」
「そうよ。リプトにいたんだから、私はコウのお母さんなの」
「……でもミカさん、俺と年変わんないよね?」
「? 何言ってるの、コウ。全然違うわ。私の年齢は……」
「あっ! い、いいや、聞かなくていい! そのネタはもう要らない……」
ブランケットを頭からかぶると、ミカのクスクスといった笑い声が響く。
ミカの笑い声を聞いていると、まるでリプトに居るような感覚になる。
「明日も調子悪かったら、お仕事お休みしなさいよ!」
「……いや、最悪座学だけは出る……」
「まったく……相変わらず、頑張り屋さんね」
(……違う、頑張り屋なんかじゃない。リュウに置いて行かれないように、必死こいてるだけだ)
一刻も早く、リーリュイの役に立ちたい。それだけは、光太朗の中で揺るがなかった。
「うん。みんな親切で……充実してる」
「そう……」
ミカはそれ以上聞くことなく、自分から話すことも無かった。
薬草茶に口を付けると、独特の香りが鼻をつく。しかしカプリの甘さと香りが、それを和らげてくれた。温かさもあって、気持ちが落ち着いていく。
「……ミカさん、側室候補って何?」
「え? 側室候補?」
ミカの驚いた顔を見て、光太朗は大いに後悔した。半ば無意識に零れ出た質問に、我ながら呆れてしまう。
しかしミカは笑うでもなく、真面目な顔で頷いた。
「名前の通り、側室の候補という意味よ。王族は多くの側室候補を囲って、その中から正室や側室を選ぶの。……皇子は成人したら、側室候補を何人か決めないといけない。そういう決まりなのよ」
「確かこの国の成人って、16歳だよね? 大変だな……」
「ずっと昔からある国の決まりなの。候補者は王宮に住むわけではないから、その後の関わり方は皇子や候補者に任されている。側室候補から側室になった人もいるし、そうでないまま降ろされる人もいるのよ」
「そっか……」
側室候補。その響きから何となく役割は分かっていた。マオの「可愛がってくれた」という言葉からも、2人が深い関係だったことが分かる。
「この国って、その……婚前交渉は許されてる感じ?」
「こんぜん、こうしょう……?」
困惑するミカを見て、光太朗は頭を掻いた。
この国の言葉を、光太朗は母国語のように聞いたり喋ったりしている。こうした反応を示されるという事は、おそらく同じような単語が、この国には無いのだろう。
「結婚前に、肉体関係を持つことだよ」
「え? それって、当たり前のことじゃない?」
「……あ、うん。一般的にはそうかもしれないけど、王室関係となると、その辺も厳しいんじゃないかと思って……」
「そんな事ないわ。愛し合う者同士の、通過点ですもの。コウだって、過去に関係を持った人はいるでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
思えばミカとこんな話をしたのは初めてだ。何となくむず痒さを感じて、光太朗はまた頭を掻いた。
その様子を見て、ミカが嬉しそうに微笑む。
「……前から可愛いとは思っていたけど、今のコウは、本当に可愛いわ」
「っ! ミカさんまで……。俺は子供じゃないんだからな」
「私にとっては、大切な子供よ……」
光太朗がミカと目を合わせると、彼女は一転悲しそうな顔になった。
後悔しているような、許しを乞うような顔でもある。
しかしミカは、『ごめんなさい』とは言わない。彼女なりの優しさだと、光太朗は思う。
ミカが光太朗を利用したのは事実だ。彼女自身ウィリアムに巻き込まれた側だが、経営困難だった孤児院は光太朗によって救われた。
孤児院と子供たちを救うための行為だ。光太朗もそれが悪いことだとは思わない。当時の光太朗には、何の感情も湧かなかったのだ。
しかし今、こうしてミカと向き合っていると、不思議な感覚に囚われる。光太朗にとって、初めての感覚だった。
孤児院に居たときにも感じなかった、自分に対する愛情を感じるのだ。子供たちに彼女が向けていた、あの愛情と同じものを。
ミカが瞳を潤ませて、光太朗に手を伸ばした。痣のあとをそっと撫でて、今度は嬉しそうに微笑む。
「ああ、その顔。すごく良い顔してる。……やっとあなた自身を、見た気がするわ」
「ミカさん……ごめん……。俺……」
「いいのよ、コウ。良かった……。きっと、殿下のお陰ね」
孤児院で生活していた時も、彼女は同じように愛情を向けてくれていたのだろう。光太朗が単に、それを受け取っていなかっただけだ。
胸がじんわり熱くなって、光太朗は眉を引き絞った。『ああ、またこの感覚だ』そう思いながら、手の平を握りしめる。
熱くて胸が痛い。温かさに包まれると同時に、言いようのない感覚が這い上がってくる。
自分の中に眠っていた感情が目を覚まそうとする度に、それをねじ伏せるような抑止力が働く。
感情が目覚めるのを、恐れているのではないか。そう気付いたのは最近だった。
顔色が変わった光太朗を見て、ミカが慌ててカップを取り上げた。
「コウ、酷い顔色よ。横になって」
「……」
光太朗が素直に横になると、またミカの手が額に伸びる。ミカを見上げながら、光太朗はぼんやり思った。
(母親って、こんな感じなのかな……)
無償の愛を注いでくれる人。そんな存在が、光太朗には居なかった。
ミカの愛は本物ではなかった。しかし今、確かに光太朗は癒されている。
「俺、ほんと子供だな……」
「そうよ。リプトにいたんだから、私はコウのお母さんなの」
「……でもミカさん、俺と年変わんないよね?」
「? 何言ってるの、コウ。全然違うわ。私の年齢は……」
「あっ! い、いいや、聞かなくていい! そのネタはもう要らない……」
ブランケットを頭からかぶると、ミカのクスクスといった笑い声が響く。
ミカの笑い声を聞いていると、まるでリプトに居るような感覚になる。
「明日も調子悪かったら、お仕事お休みしなさいよ!」
「……いや、最悪座学だけは出る……」
「まったく……相変わらず、頑張り屋さんね」
(……違う、頑張り屋なんかじゃない。リュウに置いて行かれないように、必死こいてるだけだ)
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