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側にいるために

第103話 絡まる家系図

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 光太朗も思わず見とれ、ロブや他の騎士たちを見る。案の定、騎士らの殆どがマオに釘付けだ。
 光太朗はロブを突き、小声で語りかける。

「……かっわいい~な。誰? あの人」
「王宮の薬部長であるマオ様だよ。後ろにいるイーオ様とは双子なんだ」
「双子? 似てないな」

 先ほどから一言も発しないイーオは、大人しくマオの後ろに立ったままだ。やや猫背で、どことなく内気な印象である。饒舌で美しい兄とは、何もかもが大違いだ。

 ロブとこそこそ話していると、リーリュイから腕を引き寄せられた。光太朗はよろめきながらも、リーリュイの隣へと立つ。

「マオ。私の側近となる光太朗だ。街で薬屋を営んでいるので、薬の知識はある。しかし戦闘薬学については知識が薄いため、色々と教えてほしい」

 マオにそう言うと、リーリュイは光太朗を見た。

「光太朗。こちらはマオ公子。王宮の薬部長をしている」
「うん、さっきロブから聞いたよ。よろしくお願いします。マオさん」
「……わぁ」

 マオは光太朗を見ると、蕩けるような笑顔を浮かべる。手を前で合わせて、嬉しそうに口を開いた。

「こちらが噂の光太朗様ですね。何て可愛らしい人なんでしょう」
「マオ。……光太朗のことは、コウと呼びなさい。それから彼は戦士だ。可愛いなどという言葉は慎むように」
「……っ」

 マオの言葉を遮ったリーリュイは、柔らかだった態度を一変させている。
 捲し立てるリーリュイの顔を、光太朗は目を丸くして見た。

(……数日前、その口で俺の事可愛いって言ったよな? ……なんて、口に出さないけど……)

 とは思うものの、光太朗が「可愛い」と言われることに抵抗があることに、リーリュイはしっかり理解を寄せてくれたようだ。その気持ちは素直に嬉しく、つい頬が緩んでしまう。


 穏やかな口調を急変させたリーリュイに、マオは驚いたようだった。目を数回瞬かせた後、慌てた様子で唇に両手を当てる。

「申し訳ありません。こんなに美しいフェンデを見たのは、初めてで……。コウさん、これから宜しくお願い致します」
「ああ、お気になさらず。俺も『こんな綺麗な人初めて見た』って思ったんで、おあいこですね」

 緩んだ頬のまま笑うと、マオの顔が一瞬陰ったように見えた。しかしそれは一瞬で、直ぐに満面の笑みへと変わる。今度は少女のような笑みだ。
 コロコロと色を変える雰囲気に、目が離せない。魔性とはこういう事をいうのかもしれない。


 マオとイーオはその後もリーリュイと会話を交わし、衛生班長もその輪に加わった。
 長くなりそうな雰囲気を察して、ウルフェイルが騎士らに解散を言い渡す。

 騎士らが持ち場に戻っていくのを見送っていると、ウルフェイルが光太朗の前に立った。
 マオたちに背を向けるような体勢だ。

「コウ。……マオには気をつけろ」
「? どうして?」

 ウルフェイルは癖のある髪を掻き回すと、舌打ちを打った。苛立ちを隠せない様子のまま、声を抑えて捲し立てる。

「あいつはずっと、リーリュイの専属薬師になりたがっていた。今回、コウの教育係にも立候補してきたが、俺は反対したんだ。あいつだけは駄目だって。リーリュイも俺の意見に同意して、他の薬師を指名したってのに……あいつごり押しでこっち来やがった……」
「……それって、え~っと……」
「コウ……念のため言っておくが……。リーリュイの側に付きたい人間はごまんといる。それら全てを避けるのは無理だが、大半が無害だろう。しかしあいつは違う」

 言い終わると、ウルフェイルは盛大にため息を吐いた。彼の言いたいことを理解した光太朗は、苦笑いを浮かべる。

「俺が専属薬師のポストを奪ったからか……。でも……気持ちは分からんでもない。マオさんは名のある薬師なのに、俺はしがない街の薬局屋さんだもんな。しかもフェンデ」
「あいつがどう思おうと、リーリュイが選んだのはコウだ。そこは胸張っていい。……何かあったら俺に言え。リーリュイはマオに甘いところがあるからな」

 光太朗は身体を傾け、遠くにいるリーリュイを見た。顔の表情までは見えないが、マオの笑い声と共に穏やかなリーリュイの話し声も聞こえる。
 堅い彼がここまで親し気に話すのは珍しい。

(甘い……か。まぁ、あんだけ可愛けりゃな……)

 身分も容姿も、リーリュイの隣に並ぶに相応しい人物だ。正装して並べば、拝みたくなるくらいお似合いのカップルになるだろう。

 想像の中のリーリュイは優しい笑顔を浮かべている。胸がちくりと痛んで、光太朗はげんなりと肩を落とす。

(ちくり、じゃねぇよ。馬鹿か俺は)

 
 感情を振り払うようにして、光太朗はウルフェイルを見上げた。マオ達について、気になっていた事があったのだ。

「マオはウルフの事、叔祖父って言ってたけど……。どういう関係なんだ?」
「ああ……。マオは俺のパートナーの、姪の子供なんだ」
「!? ウルフ、結婚してるのか!?」
「一応そうだが……俺の場合、立場が特殊過ぎて説明しづらいな」
「? ??」

 光太朗の頭の中にどんどん疑問が浮かんでくる。どこから聞いていいのか迷っていると、ウルフェイルが吹き出した。

「一番疑問なのは何だ?」
「ウルフの年齢。リュウと幼馴染って言ったよな」
「48だ。リーリュイの4つ上」
「あ……48だったら、姪御さんに子供が居ても不思議じゃないか……」

 指を折りながら、光太朗は首を捻る。この国の人たちは、見た目年齢と実年齢に個人差がある。
 兄弟ほどの見た目の人たちが親子だったり、逆に見た目通りだったりするのだ。
 元の世界を基準に見ていると、混乱に陥ってしまう。

 光太朗が頷いていると、ウルフェイルがにやりと笑った。

「ちなみに、マオの年齢は78歳だぞ」
「……なんて?」

 光太朗は指を折ったまま、ウルフェイルを見て固まる。
 思った通りの反応が面白かったのか、ウルフェイルがげらげらと笑い始めた。

 笑うウルフェイルを見ても、光太朗の混乱は晴れない。あのマオが78歳という事実にも驚くが、叔祖父が年下とはどういう事か。

「笑ってんなって、ウルフ! どういう事か教えろよ!」
「っはは! 難しく考えんでもいいぞ、コウ。俺のパートナーが年上なだけだ」
「? いくつだよ?」
「122歳」
「………あああ~、もう!!!」

 これから絡んでいくだろう王宮の家系図が、どんどん複雑難解になっていく。

 頭を抱えて蹲ると、また頭を撫でられた。
 今度は本当に子供扱いだ。しかし反論する余裕は、光太朗には無かった。
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