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渦中に落ちる
第96話 入隊試験
しおりを挟む涼し気な顔で闘技場に入ってきた光太朗を見て、ウルフェイルはもう笑うしかなかった。
入隊試験の最終項目は、受験者の大半が脱落する武装走だ。名の通り武装をして山道を走る試験である。おまけに背中には、水を詰めた背嚢も背負う。
山を模した広大な訓練場を縦横無尽に走り抜け、広い敷地の闘技場をぐるりと回る。そしてそれを3周するのだ。大半は半分も走れないまま音を上げる。
光太朗は白い肌を僅かに赤く染めて、ウルフェイルへ声を上げた。
「ウルフ! これで最終周だよなぁ!?」
「そうだ!」
「分かった!」
ウルフェイルに手を振って、光太朗は3周目に入っていく。ギャラリーにも律儀に手を振り返し、彼はすごい勢いで訓練場へ入っていった。
コースを先導している騎士が、光太朗の前を必死で走っているのが見える。
「……副団長、コウの筆記試験の結果がでました」
「出たか。どうだった?」
「ほぼ満点です」
「首席かよ」
ウルフェイルは呆れたように息を吐くと、手元の資料を捲った。光太朗の試験結果は、筆記、実技共に文句なしの花丸だ。
『第10騎士団で、一通りの事は学んだ』と光太朗は言っていた。しかしこの結果は、出来過ぎなぐらいだ。
身体測定では規定に満たないものも多いが、これだけの結果が出せていれば問題はない。
周りがわっと騒がしくなり、訓練場から光太朗が現れた。ついに先導の騎士をさえも抜いてしまったらしい。独走状態だ。
しかしさすがに辛いらしく、玉のような汗を浮かべている。顔を歪めながらも速度は緩めない光太朗は、ウルフェイルに向かってまた叫ぶ。
「ウルフ……っ! まえ、はしってた奴……、足つった、って!!」
「あの馬鹿……! 衛生班!」
ウルフェイルの声に、衛生班が走り去っていく。
光太朗のゴールを見たかったのだろう、彼らは名残惜しそうに訓練場へと消えていった。そしてそれから間もなく、彼はゴールへと辿り着く。
最後まで速度を緩めることなく走りぬき、その後ゆっくりと速度を落とす。そこで大勢の騎士たちに取り囲まれ、光太朗はもみくちゃにされた。
「うわぁ! なんだよっ! あっちぃ!」
「すげぇ、キュウ屋! 新記録だこの野郎!!」
「はぁ? 何が? それより合否は?」
大勢の騎士たちに囲まれた光太朗は、ウルフェイルの姿が見えない。背伸びをしていると、後ろから抱きかかえられた。そしてそのまま何かに乗せられる。
肩車されている、と気付いたと同時にウルフェイルが見える。腕で大きく丸の合図をしているのが見え、光太朗は満面の笑みを浮かべた。
「受かった!!!」
「そりゃ受かるわ!」
闘技場が笑い声で満ちる。
しばし騎士たちと戯れる光太朗をウルフェイルが眺めていると、ロブがやってきた。彼は資料にちらりと目を遣った後「まさかここまでとは」と息を吐く。
光太朗の武装走のタイムは、魔導騎士団でも新記録を打ち立てた。全ての試験を終えた後に待っている武装走は、鬼門なのだ。それを彼は優秀な成績で駆け抜けた。
「先に騎士団の入団テストやらせりゃ良かったな」
「コウなら合格すると思いますけど、身体が治ったばかりですからね。しばらくは慣らさないと」
「……ロブ、お前だろ。コウが第1教場にいるって言いふらしたのは」
「すみません。前髪を切ったコウの衝撃が強すぎて」
「……まぁ、気持ちはわかるが……」
思わず肯定したウルフェイルが、堪らず笑う。
目の前で無邪気に笑っている光太朗は、もうこの国の渦中に落ちている。もう間もなくリーリュイの手によって、火蓋が切られるだろう。
そしてこの騎士団も、その渦中に身を投じる事になる。
リーリュイが光太朗を選んだ。その事実だけで、自分たちが守るべき人物が光太朗だと皆が理解しているのだ。
「団長、司令部を説得できましたかね?」
「意地でも通すだろうな。でもあと数日はかかるだろ」
「通したら、忙しくなりますね」
「そーだなぁ。それまでに入団試験、済ませとくかぁ」
冷たい風が吹いて、騎士に肩車されてた光太朗がくしゃみをした。汗だくのままの彼が、ぶるりと身を震わせる。
「ごるぁ! コウが風邪ひくだろうが、この馬鹿ども!!」
叫んだのはロブで、ウルフェイルは言葉を飲み込んだ。一度スイッチが入ると、ロブは鬼のように怖いと有名である。
怯え切った騎士の集団にずんずん進むロブを見ながら、ウルフェイルは肩を揺らして笑った。
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