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渦中に落ちる
第88話 お風呂は心のなんとやら
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それから数日が経ち、光太朗の体調も大分回復した。
今では散歩も許可され、リノに隠れながら筋トレも行っている。質のいい食事も提供されるので、キュウ屋に住んでいた頃より体調がいい程だ。
全てが順調である。しかし光太朗には、非常に気になっている事があった。
「光太朗、ここが浴室だ。これが桶で、これが石鹸。好きに使って構わない」
「……」
「シャワーは、魔法を使って湯をくみ上げなければならない。まだ傷は痛むか? 桶を使うのが困難な場合は、魔法が使える使用人を呼ぶが……どうする?」
「どうする? じゃないって。……ここはリュウ専用浴室だろ?」
浴室をぐるり見回して、光太朗はその眩しさに目を細めた。
プールほどに大きい浴室には大量の花びら、そして各所に置かれた高そうな観葉植物。天窓に装飾が施されているため、自然光がきらきらと七色になって落ちてくる。
やっと入浴が許されたと喜んでいたら、連れてこられたのは最上級の浴場だった。
どこの屋敷にも主人専用の浴室というものがある。そこはその屋敷の主、もしくはその伴侶以外は入ってはいけない決まりだ。光太朗にもそれくらいの知識はある。
(……おいおい、いつもながら手厚すぎるって。何考えてんだ……)
光太朗が気になっているのは、自分への扱いについてだ。どこをどう考えてもおかしい。
ゲストルームに居たころは、まだ客人扱いに留まっていた。しかし最近、妙に使用人の態度が丁寧すぎる。
使用人全員が、まるで主人に接するように光太朗へ接するのだ。そしてリーリュイはそれを当然のように見守り、咎めたりもしない。
「ど、どう見ても俺が使っていい浴室じゃない。……カザンさんに聞いて、使用人用の浴室に行くよ……」
「カザンは了承済みだ。ここを使え」
「っ!? 何考えてんだカザンさんは……。俺、何日風呂入ってないか分かってんの? 清拭はしてたけど、それでも汚いもんは汚いぞ?」
そう言いながら、光太朗は先ほど手渡されたタオルに目を落とした。
元の世界でも使ったことの無いくらい、ふわっふわのタオルだ。「意地でも肌を傷つけまい」という職人の意地すら感じる。
気持ちは嬉しいが、光太朗は「吸水性なら任せな」ぐらいのぺらっぺらなタオルが使いたかった。それでがしがし身体を擦りたかったのだ。
しかし石鹸の横に置かれているのは、なにやらふわふわとした毛並みのブラシだ。あれで身体を擦れというのだろう。絶対に物足りない。
黙りこんだ光太朗の肩に、リーリュイの手が触れる。
「大丈夫だ、光太朗。君が眠っている間、服の中こそ使用人に任せていたが、君の足や手は私が責任を持って清拭していた。指の間から爪まで綺麗なはずだ」
「!!?」
「疑うのか? 毎日3回、丁寧にやったつもりだか……」
「疑うとかじゃなくてだな……! そんな事までやってたのか?」
光太朗が目を剥くも、リーリュイは真顔である。日に3回と胸を張って言っているあたり、リーリュイは至極真面目に物を言っているようだ。
一国の皇子にそこまでさせていたと思うと、驚きを通り越してぞっとする。気持ち悪いわけではない。この事が外部に漏れたら、不敬罪で命を狙われそうだ。
仮想の殺気に背筋を震わせていると、リーリュイが浴槽へと近づいた。そして湯に手を入れると、納得したように頷く。
「光太朗、風呂から上がったら執務室へ来てくれ。今日は大事な用事がある」
「? ああ、分かった」
「ゆっくり入ってくれ。扉のそばには使用人がいるから、何かあったときは呼びなさい」
リーリュイはそう言うと、光太朗の頭をくりゃりと撫でた。そして優しく微笑む。
最近のリーリュイはいつもこうだ。底抜けに優しい。
光太朗は反抗的にしかめっ面をし、リーリュイを見上げた。
「おい、子ども扱いすんな」
「していない。光太朗は30歳の大人の男だ。……因みに私は44歳で、君より……」
「っ!! その話はもういいって!!」
噛みつくように言うと、リーリュイは笑って浴室を出ていく。残された光太朗は、眉根に皺を寄せたままため息を吐いた。
浴室の隅に脱衣所へ移動すると、籠には着替えが置かれている。新品同様なそれを見て、またため息を吐く。
リーリュイが年上と聞いた時、光太朗の胸に知らない感情が湧いて出た。その正体が分からなくて、未だにもやもやしている。
彼が年下だと思い込んでいた光太朗は「リュウを守らなければ」という思いをいつも抱いていた。
支えられ、助けられ、リーリュイから守られていると自覚していても、どこか頭の隅で「リュウは年下。守るべき」という考えが自分を縛り付けていた。
その縛りが、突然無くなってしまったのだ。
(すげぇ頼もしいけど、年下なんだから甘えちゃだめだって……思ってたのにな……。あれで年上なんて反則だろ。甘えたくなるハードル下げんじゃねぇよ……)
誰かに甘えたいなんて、光太朗は今まで思ったことが無かった。良く分からない感情に振り回され、挙句にリーリュイからも周囲からも優しくされる。
むずむずもやもやして、最近自分が良く分からない。
光太朗は乱雑に服を脱いで、腹部を覆う包帯を解いた。
もやもやを払拭するかのようにずんずんと浴槽へ進み、桶で身体を綺麗に流す。
「傷なんてもう痛まないっつうの。過保護すぎんだよ、リュウは」
ぶつぶつ愚痴りながら、光太朗は湯に足を浸した。
そのまま身体を沈めると、もやもやが一気に霧散する。
「……う……、さいっこう……」
散々愚痴は零したが、風呂は最高だった。
それから数日が経ち、光太朗の体調も大分回復した。
今では散歩も許可され、リノに隠れながら筋トレも行っている。質のいい食事も提供されるので、キュウ屋に住んでいた頃より体調がいい程だ。
全てが順調である。しかし光太朗には、非常に気になっている事があった。
「光太朗、ここが浴室だ。これが桶で、これが石鹸。好きに使って構わない」
「……」
「シャワーは、魔法を使って湯をくみ上げなければならない。まだ傷は痛むか? 桶を使うのが困難な場合は、魔法が使える使用人を呼ぶが……どうする?」
「どうする? じゃないって。……ここはリュウ専用浴室だろ?」
浴室をぐるり見回して、光太朗はその眩しさに目を細めた。
プールほどに大きい浴室には大量の花びら、そして各所に置かれた高そうな観葉植物。天窓に装飾が施されているため、自然光がきらきらと七色になって落ちてくる。
やっと入浴が許されたと喜んでいたら、連れてこられたのは最上級の浴場だった。
どこの屋敷にも主人専用の浴室というものがある。そこはその屋敷の主、もしくはその伴侶以外は入ってはいけない決まりだ。光太朗にもそれくらいの知識はある。
(……おいおい、いつもながら手厚すぎるって。何考えてんだ……)
光太朗が気になっているのは、自分への扱いについてだ。どこをどう考えてもおかしい。
ゲストルームに居たころは、まだ客人扱いに留まっていた。しかし最近、妙に使用人の態度が丁寧すぎる。
使用人全員が、まるで主人に接するように光太朗へ接するのだ。そしてリーリュイはそれを当然のように見守り、咎めたりもしない。
「ど、どう見ても俺が使っていい浴室じゃない。……カザンさんに聞いて、使用人用の浴室に行くよ……」
「カザンは了承済みだ。ここを使え」
「っ!? 何考えてんだカザンさんは……。俺、何日風呂入ってないか分かってんの? 清拭はしてたけど、それでも汚いもんは汚いぞ?」
そう言いながら、光太朗は先ほど手渡されたタオルに目を落とした。
元の世界でも使ったことの無いくらい、ふわっふわのタオルだ。「意地でも肌を傷つけまい」という職人の意地すら感じる。
気持ちは嬉しいが、光太朗は「吸水性なら任せな」ぐらいのぺらっぺらなタオルが使いたかった。それでがしがし身体を擦りたかったのだ。
しかし石鹸の横に置かれているのは、なにやらふわふわとした毛並みのブラシだ。あれで身体を擦れというのだろう。絶対に物足りない。
黙りこんだ光太朗の肩に、リーリュイの手が触れる。
「大丈夫だ、光太朗。君が眠っている間、服の中こそ使用人に任せていたが、君の足や手は私が責任を持って清拭していた。指の間から爪まで綺麗なはずだ」
「!!?」
「疑うのか? 毎日3回、丁寧にやったつもりだか……」
「疑うとかじゃなくてだな……! そんな事までやってたのか?」
光太朗が目を剥くも、リーリュイは真顔である。日に3回と胸を張って言っているあたり、リーリュイは至極真面目に物を言っているようだ。
一国の皇子にそこまでさせていたと思うと、驚きを通り越してぞっとする。気持ち悪いわけではない。この事が外部に漏れたら、不敬罪で命を狙われそうだ。
仮想の殺気に背筋を震わせていると、リーリュイが浴槽へと近づいた。そして湯に手を入れると、納得したように頷く。
「光太朗、風呂から上がったら執務室へ来てくれ。今日は大事な用事がある」
「? ああ、分かった」
「ゆっくり入ってくれ。扉のそばには使用人がいるから、何かあったときは呼びなさい」
リーリュイはそう言うと、光太朗の頭をくりゃりと撫でた。そして優しく微笑む。
最近のリーリュイはいつもこうだ。底抜けに優しい。
光太朗は反抗的にしかめっ面をし、リーリュイを見上げた。
「おい、子ども扱いすんな」
「していない。光太朗は30歳の大人の男だ。……因みに私は44歳で、君より……」
「っ!! その話はもういいって!!」
噛みつくように言うと、リーリュイは笑って浴室を出ていく。残された光太朗は、眉根に皺を寄せたままため息を吐いた。
浴室の隅に脱衣所へ移動すると、籠には着替えが置かれている。新品同様なそれを見て、またため息を吐く。
リーリュイが年上と聞いた時、光太朗の胸に知らない感情が湧いて出た。その正体が分からなくて、未だにもやもやしている。
彼が年下だと思い込んでいた光太朗は「リュウを守らなければ」という思いをいつも抱いていた。
支えられ、助けられ、リーリュイから守られていると自覚していても、どこか頭の隅で「リュウは年下。守るべき」という考えが自分を縛り付けていた。
その縛りが、突然無くなってしまったのだ。
(すげぇ頼もしいけど、年下なんだから甘えちゃだめだって……思ってたのにな……。あれで年上なんて反則だろ。甘えたくなるハードル下げんじゃねぇよ……)
誰かに甘えたいなんて、光太朗は今まで思ったことが無かった。良く分からない感情に振り回され、挙句にリーリュイからも周囲からも優しくされる。
むずむずもやもやして、最近自分が良く分からない。
光太朗は乱雑に服を脱いで、腹部を覆う包帯を解いた。
もやもやを払拭するかのようにずんずんと浴槽へ進み、桶で身体を綺麗に流す。
「傷なんてもう痛まないっつうの。過保護すぎんだよ、リュウは」
ぶつぶつ愚痴りながら、光太朗は湯に足を浸した。
そのまま身体を沈めると、もやもやが一気に霧散する。
「……う……、さいっこう……」
散々愚痴は零したが、風呂は最高だった。
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