78 / 248
渦中に落ちる
第76話 3年前の真実
しおりを挟む
________
目の前のミカは、涙を湛えている。
リーリュイは説明の場を、あえて店内に移した。キュウ屋の惨状を見たミカは顔を歪め、黙って涙を流す。
それに一瞥もくれないまま、リーリュイはミカに3年前の説明を求めた。
ミカは震える吐息を吐いて俯き、ぽつりと呟く。
「3年前のある日、ウィリアム様は直々に孤児院を訪ねてきました。そして託されたのが……コウです。……彼は酷い状態で、しかもフェンデだった。当時はまだ、フェンデに対する差別意識が色濃く残っていて、それは私も同じでした。……正直、嫌だった。でもウィリアム様は、取引を持ちかけて来たんです」
「……取引?」
「……はい。当時、孤児院の運営は上手くいっていませんでした。領主からは土地代の値上げを言い渡され、リプトを手放すことも考えていたんです。……そんな時……ウィリアム様は、コウを助けさえすれば、孤児院を継続できる資金を支援すると約束して下さいました。……私はそれに従ったのです」
ミカはカウンターに目を遣り、何もなくなった棚を見て眉を寄せる。
かつてそこには、数多くの薬瓶が並んでいた。全て光太朗が自力で集めたものだ。
それがどれだけ大変な事か、側にいたミカには分かっていた。しかしこの場では、この惨状を嘆くのも憚れる。
この場には自分よりもっと、彼のことを想っている人が居るからだ。
キュウ屋で初めてリーリュイの会ったあの日、詰問されながらミカは思った。
この人なら光太朗を守れるかもしれない。
腕に抱いている光太朗への眼差しは、優しくて熱かった。この人なら、ウィリアムからの呪縛を解くことが出来るかもしれない。
「……ウィリアム様には、こう言われました。『彼を優しく扱うように。貰った恩で溺れてしまうぐらい。恩という鎖から、逃れられないくらいに』と。私はそれを実行しました。……慈しむふりをして、彼の世話をしました。内心は蔑みながら……彼を労わりました」
ミカがそう言うと、リーリュイが聞きたくないとばかりに踵を返す。その姿を引き留めるように、ミカは声を荒げた。
「でもそれは間違ってた! 今ではそれが痛いほど分かります……。コウと過ごせば過ごすほど、私も子ども達も、彼を大好きになっていった。……コウは……不思議な人なんです。人を惹きつける魅力があって……、どうしてか……その……」
「……彼には、欲という概念が希薄だ。でも他人の欲には柔軟に対応する。蔑まないし、理解しようとする。……だからこそ、そこにつけ込むんだろう? あなたも、あの人も」
ミカがびくりと肩を揺らし、深く俯く。
いつになく冷たい態度を示すリーリュイを見て、ウルフェイルは肩を竦めた。いつも民に優しく接する彼が、女性に対して怒りを露わにするのは初めてだ。
「……光太朗が孤児院に居た時、あの人から、何と指示を受けていた? 光太朗は何をされていた?」
「……当初は、コウの体調を管理することが私の役割でした。……コウは、孤児院に来てから何度も病気に罹りました。その多くが感染症です。フェンデである彼は、この世界のあらゆるものに対して免疫を持っていないんです」
「……それは、彼からも聞いている。その時にあなたに世話になったとも言っていた」
リーリュイの言葉に、ミカは顔をくしゃりと歪めた。後ろ暗い表情を隠せないまま、ミカは続ける。
「はい。でもコウの看病は簡単では無かったんです。子どもたちに良く効く薬草が、コウには効果がなかったり、副作用が出たりしました。その報告を受けたウィリアム様は、もっと色んな方法を試せと指示してきたんです。……色んな薬草を渡され、言われるがままにコウへと与えました。本当に……辛い役割でした。でもそれを察したかのように、コウが薬の勉強をし始め……いつしかウィリアム様とコウは、直接やり取りするようになりました」
「……では……光太朗はあの人から言われるままに薬を飲み、その結果を報告していたという事か?」
「はい。その通りです」
リーリュイの脳裏に、人体実験を強いられているフェンデの姿が過った。
フェブールに使われる薬の治験に、以前は奴隷のフェンデが使われていたのだ。しかしそれも、今は禁止されている。
同じことを考えていたのか、ウルフェイルも顔を歪めている。
「……フェブールの身体に合った薬草は、もう殆ど調査済みだ。その為に使われていたフェンデの実験施設も解体されている。フェブールたちの体調管理は、今や完璧に行われているはずだ」
「……加えて、転官長がやるべき案件でもない。今更王宮のフェブールへの薬の開発など、あの人がやる事では決してないぞ」
王宮にいるフェブールは、高価な薬で体調を管理されている。専門の薬師もそれぞれに付いて、体質別の対策も万全だ。
何のために光太朗へ薬を試させていたのか。分からないだけに、不快感と怒りだけが募っていく。
「……孤児院にいたのは数か月で、コウは何かを隠すように孤児院を出ていきました。今の私に残った役割は……ご存じの通り、コウの生存確認だけです」
「……そうか。……やはり当事者に聞くしかなさそうだな……」
光太朗は保護し、ひとまずは安心だと思っていた。しかし不可解な部分が多すぎる。
光太朗は、ウィリアムとの関係を頑なに話そうとしなかった。リーリュイも聞かないよう努めてはいたが、そうもいかなくなってきた。
目の前のミカは、涙を湛えている。
リーリュイは説明の場を、あえて店内に移した。キュウ屋の惨状を見たミカは顔を歪め、黙って涙を流す。
それに一瞥もくれないまま、リーリュイはミカに3年前の説明を求めた。
ミカは震える吐息を吐いて俯き、ぽつりと呟く。
「3年前のある日、ウィリアム様は直々に孤児院を訪ねてきました。そして託されたのが……コウです。……彼は酷い状態で、しかもフェンデだった。当時はまだ、フェンデに対する差別意識が色濃く残っていて、それは私も同じでした。……正直、嫌だった。でもウィリアム様は、取引を持ちかけて来たんです」
「……取引?」
「……はい。当時、孤児院の運営は上手くいっていませんでした。領主からは土地代の値上げを言い渡され、リプトを手放すことも考えていたんです。……そんな時……ウィリアム様は、コウを助けさえすれば、孤児院を継続できる資金を支援すると約束して下さいました。……私はそれに従ったのです」
ミカはカウンターに目を遣り、何もなくなった棚を見て眉を寄せる。
かつてそこには、数多くの薬瓶が並んでいた。全て光太朗が自力で集めたものだ。
それがどれだけ大変な事か、側にいたミカには分かっていた。しかしこの場では、この惨状を嘆くのも憚れる。
この場には自分よりもっと、彼のことを想っている人が居るからだ。
キュウ屋で初めてリーリュイの会ったあの日、詰問されながらミカは思った。
この人なら光太朗を守れるかもしれない。
腕に抱いている光太朗への眼差しは、優しくて熱かった。この人なら、ウィリアムからの呪縛を解くことが出来るかもしれない。
「……ウィリアム様には、こう言われました。『彼を優しく扱うように。貰った恩で溺れてしまうぐらい。恩という鎖から、逃れられないくらいに』と。私はそれを実行しました。……慈しむふりをして、彼の世話をしました。内心は蔑みながら……彼を労わりました」
ミカがそう言うと、リーリュイが聞きたくないとばかりに踵を返す。その姿を引き留めるように、ミカは声を荒げた。
「でもそれは間違ってた! 今ではそれが痛いほど分かります……。コウと過ごせば過ごすほど、私も子ども達も、彼を大好きになっていった。……コウは……不思議な人なんです。人を惹きつける魅力があって……、どうしてか……その……」
「……彼には、欲という概念が希薄だ。でも他人の欲には柔軟に対応する。蔑まないし、理解しようとする。……だからこそ、そこにつけ込むんだろう? あなたも、あの人も」
ミカがびくりと肩を揺らし、深く俯く。
いつになく冷たい態度を示すリーリュイを見て、ウルフェイルは肩を竦めた。いつも民に優しく接する彼が、女性に対して怒りを露わにするのは初めてだ。
「……光太朗が孤児院に居た時、あの人から、何と指示を受けていた? 光太朗は何をされていた?」
「……当初は、コウの体調を管理することが私の役割でした。……コウは、孤児院に来てから何度も病気に罹りました。その多くが感染症です。フェンデである彼は、この世界のあらゆるものに対して免疫を持っていないんです」
「……それは、彼からも聞いている。その時にあなたに世話になったとも言っていた」
リーリュイの言葉に、ミカは顔をくしゃりと歪めた。後ろ暗い表情を隠せないまま、ミカは続ける。
「はい。でもコウの看病は簡単では無かったんです。子どもたちに良く効く薬草が、コウには効果がなかったり、副作用が出たりしました。その報告を受けたウィリアム様は、もっと色んな方法を試せと指示してきたんです。……色んな薬草を渡され、言われるがままにコウへと与えました。本当に……辛い役割でした。でもそれを察したかのように、コウが薬の勉強をし始め……いつしかウィリアム様とコウは、直接やり取りするようになりました」
「……では……光太朗はあの人から言われるままに薬を飲み、その結果を報告していたという事か?」
「はい。その通りです」
リーリュイの脳裏に、人体実験を強いられているフェンデの姿が過った。
フェブールに使われる薬の治験に、以前は奴隷のフェンデが使われていたのだ。しかしそれも、今は禁止されている。
同じことを考えていたのか、ウルフェイルも顔を歪めている。
「……フェブールの身体に合った薬草は、もう殆ど調査済みだ。その為に使われていたフェンデの実験施設も解体されている。フェブールたちの体調管理は、今や完璧に行われているはずだ」
「……加えて、転官長がやるべき案件でもない。今更王宮のフェブールへの薬の開発など、あの人がやる事では決してないぞ」
王宮にいるフェブールは、高価な薬で体調を管理されている。専門の薬師もそれぞれに付いて、体質別の対策も万全だ。
何のために光太朗へ薬を試させていたのか。分からないだけに、不快感と怒りだけが募っていく。
「……孤児院にいたのは数か月で、コウは何かを隠すように孤児院を出ていきました。今の私に残った役割は……ご存じの通り、コウの生存確認だけです」
「……そうか。……やはり当事者に聞くしかなさそうだな……」
光太朗は保護し、ひとまずは安心だと思っていた。しかし不可解な部分が多すぎる。
光太朗は、ウィリアムとの関係を頑なに話そうとしなかった。リーリュイも聞かないよう努めてはいたが、そうもいかなくなってきた。
63
お気に入りに追加
2,914
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)
黒崎由希
BL
目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。
しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ?
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
…ええっと…
もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m
.
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~
楠ノ木雫
BL
俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。
これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。
計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……
※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。
※他のサイトにも投稿しています。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる