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渦中に落ちる

第76話 3年前の真実

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 目の前のミカは、涙を湛えている。

 リーリュイは説明の場を、あえて店内に移した。キュウ屋の惨状を見たミカは顔を歪め、黙って涙を流す。
 それに一瞥もくれないまま、リーリュイはミカに3年前の説明を求めた。

 ミカは震える吐息を吐いて俯き、ぽつりと呟く。


「3年前のある日、ウィリアム様は直々に孤児院を訪ねてきました。そして託されたのが……コウです。……彼は酷い状態で、しかもフェンデだった。当時はまだ、フェンデに対する差別意識が色濃く残っていて、それは私も同じでした。……正直、嫌だった。でもウィリアム様は、取引を持ちかけて来たんです」
「……取引?」
「……はい。当時、孤児院の運営は上手くいっていませんでした。領主からは土地代の値上げを言い渡され、リプトを手放すことも考えていたんです。……そんな時……ウィリアム様は、コウを助けさえすれば、孤児院を継続できる資金を支援すると約束して下さいました。……私はそれに従ったのです」

 ミカはカウンターに目を遣り、何もなくなった棚を見て眉を寄せる。
 かつてそこには、数多くの薬瓶が並んでいた。全て光太朗が自力で集めたものだ。

 それがどれだけ大変な事か、側にいたミカには分かっていた。しかしこの場では、この惨状を嘆くのも憚れる。
 この場には自分よりもっと、彼のことを想っている人が居るからだ。

 キュウ屋で初めてリーリュイの会ったあの日、詰問されながらミカは思った。

 この人なら光太朗を守れるかもしれない。
 腕に抱いている光太朗への眼差しは、優しくて熱かった。この人なら、ウィリアムからの呪縛を解くことが出来るかもしれない。


「……ウィリアム様には、こう言われました。『彼を優しく扱うように。貰った恩で溺れてしまうぐらい。恩という鎖から、逃れられないくらいに』と。私はそれを実行しました。……慈しむふりをして、彼の世話をしました。内心は蔑みながら……彼を労わりました」

 ミカがそう言うと、リーリュイが聞きたくないとばかりに踵を返す。その姿を引き留めるように、ミカは声を荒げた。

「でもそれは間違ってた! 今ではそれが痛いほど分かります……。コウと過ごせば過ごすほど、私も子ども達も、彼を大好きになっていった。……コウは……不思議な人なんです。人を惹きつける魅力があって……、どうしてか……その……」

「……彼には、欲という概念が希薄だ。でも他人の欲には柔軟に対応する。蔑まないし、理解しようとする。……だからこそ、そこにつけ込むんだろう? あなたも、あの人も」

 ミカがびくりと肩を揺らし、深く俯く。

 いつになく冷たい態度を示すリーリュイを見て、ウルフェイルは肩を竦めた。いつも民に優しく接する彼が、女性に対して怒りを露わにするのは初めてだ。


「……光太朗が孤児院に居た時、あの人から、何と指示を受けていた? 光太朗は何をされていた?」

「……当初は、コウの体調を管理することが私の役割でした。……コウは、孤児院に来てから何度も病気に罹りました。その多くが感染症です。フェンデである彼は、この世界のあらゆるものに対して免疫を持っていないんです」

「……それは、彼からも聞いている。その時にあなたに世話になったとも言っていた」

 リーリュイの言葉に、ミカは顔をくしゃりと歪めた。後ろ暗い表情を隠せないまま、ミカは続ける。

「はい。でもコウの看病は簡単では無かったんです。子どもたちに良く効く薬草が、コウには効果がなかったり、副作用が出たりしました。その報告を受けたウィリアム様は、もっと色んな方法を試せと指示してきたんです。……色んな薬草を渡され、言われるがままにコウへと与えました。本当に……辛い役割でした。でもそれを察したかのように、コウが薬の勉強をし始め……いつしかウィリアム様とコウは、直接やり取りするようになりました」

「……では……光太朗はあの人から言われるままに薬を飲み、その結果を報告していたという事か?」

「はい。その通りです」

 リーリュイの脳裏に、人体実験を強いられているフェンデの姿が過った。
 フェブールに使われる薬の治験に、以前は奴隷のフェンデが使われていたのだ。しかしそれも、今は禁止されている。

 同じことを考えていたのか、ウルフェイルも顔を歪めている。

「……フェブールの身体に合った薬草は、もう殆ど調査済みだ。その為に使われていたフェンデの実験施設も解体されている。フェブールたちの体調管理は、今や完璧に行われているはずだ」
「……加えて、転官長がやるべき案件でもない。今更王宮のフェブールへの薬の開発など、あの人がやる事では決してないぞ」


 王宮にいるフェブールは、高価な薬で体調を管理されている。専門の薬師もそれぞれに付いて、体質別の対策も万全だ。
 何のために光太朗へ薬を試させていたのか。分からないだけに、不快感と怒りだけが募っていく。 

「……孤児院にいたのは数か月で、コウは何かを隠すように孤児院を出ていきました。今の私に残った役割は……ご存じの通り、コウの生存確認だけです」
「……そうか。……やはり当事者に聞くしかなさそうだな……」

 光太朗は保護し、ひとまずは安心だと思っていた。しかし不可解な部分が多すぎる。

 光太朗は、ウィリアムとの関係を頑なに話そうとしなかった。リーリュイも聞かないよう努めてはいたが、そうもいかなくなってきた。
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