上 下
68 / 248
魔導騎士団の専属薬師

第66話 虚番

しおりを挟む
________

 聖魔導士ウィリアムは、皇子だ。
 しかし王になる権利がない。世間で言われる『虚番』と言われる存在だ。

 フェブールの血を引かない者は、王にはなれない。皇子として生まれても、後継者として数えられないのだ。
 しかしウィリアムは、フェブールの母を持つ皇子たち以上に優秀だった。ウィリアムの母は欲が強い人間で、彼をのし上げて権力を掴もうと躍起になった。

 幼少期からいろんな策略、しがらみの中でウィリアムは自分を殺して生きてきた。それは今も同じで、気の休まる時などなかったのだ。


(そのかな……随分と歪んだよねぇ。僕は……)

 ウィリアムは荒い息をつきながら、自嘲的に笑った。

 目の前の光太朗は、カウンターに背中を預けてぐったりとしている。腹部から血が沁み出し、床にまで広がり始めていた。
 ウィリアムは膝を折って、光太朗と目線を合わせる。

「コータロー? ……生きてる?」
「……生き、てる……。……てめぇ……魔法は、ずるいって……」
「ごめんねぇ。コータローが存外に強いもんだから、つい出ちゃった」
「……出っちゃった、じゃね……。すっげ……痛かった……」

 血がしみだしている腹部を押さえて、光太朗は呻く。「痛かった」じゃ済まされないほどの傷だが、ウィリアムなりに手加減はしたつもりだった。つい出てしまった魔法の出力を抑えるのは難しいのだ。

「そりゃ痛いよ。雷系の魔法だから」
「……雷……」
「暫く動けないと思う。さて、続行するよ?」
「……おいおい、嘘、だろ……」

 光太朗のシャツのボタンに手を伸ばしたウィリアムを前に、光太朗は目を見開いた。この状況で、まだ犯そうとするのか。
 抵抗は出来そうもない。傷ついた身体が、まったく言うことをきかないからだ。

 本来なら声を出すのもしんどいが、この状態で犯されたら命はない。
 鼻歌を歌いながらボタンを外していくウィリアムに、光太朗は呆れたように口を開いた。

「……おい、コラ……。こんだけ、暴れといて……まだヤる気か……?」
「勿論さ。何言ってるの?」
「……俺を……良く見ろ。顔も、ぼこぼこで……不細工だ。……萎える、よな?」
「いやそれが、まったく萎えないんだよね。寧ろ興奮してる」

 そう答えながら、ウィリアムは光太朗のシャツのボタンを全部外した。そして中から覗く痣だらけの躰を見て、ウィリアムは愛おしそうに微笑む。
 光太朗の鎖骨についた歯型に、彼はそっと唇を落とした。

「コータロー……。好きなんだ。……愛してる」

 熱のこもった視線が光太朗を捉える。光太朗はそれをちらりと見た後、諦めたように息を吐いた。次いで、ふすりと吹き出す。
 くすくす笑い出した光太朗に、ウィリアムはきょとんと目を瞬かせた。

 一頻り笑った光太朗は、深く深く息を吐き出した。

「……お前は……俺を愛していない。いい加減自覚しろよ、ウィル」
「……?」
「お前が愛しているのは……『自分が創り上げた可哀想なフェンデ』だろ。……俺じゃない」
「そんな……こと……」

 光太朗は痛みを逃すように息を細く吐いて、ウィリアムを見据えた。彼は戸惑った子どものような表情を浮かべている。
 どうしようもない男だ、光太朗はそう思う。数年ウィリアムと過ごしたが、何度そう思ったことか。


「……ウィルが愛するそのフェンデは……俺でなくても良いはずだ。俺じゃ、ない……」

 光太朗がそう言った瞬間、ウィリアムの顔がぐしゃりと歪んだ。今にも泣き出しそうな表情を浮かべた後、ウィリアムは慌てたように俯く。

 ほんの少しの間のあと、ウィリアムは顔を上げた。その顔には先ほどの感情はなく、すんと冷めきっている。そして彼は、ぽつりと呟いた。

「……なんか……萎えた」
「……お? そりゃ……よか、った……」

 光太朗は薄く微笑むと、また痛みに顔を歪める。

 腹に力が入らず、弱々しい声しか吐けない。ウィリアムの前で弱っている姿を見せると、彼を喜ばせるだけだ。しかし今は、身体中のどこからも力が出ない。


 暫く黙り込んでいたウィリアムだったが、おもむろに自身の袖を引き破った。それを光太朗の腹部に巻きつけ、きつく縛りつける。傷が圧迫され、光太朗は痛みに呻いた。

「っつ……いてぇ……」
「……止血はした。……コータロー、もう君をここに置いておくことはできない。別の場所で生きてもらう。……いいよね?」
「……」

 ウィリアムはそう言って立ち上がると、光太朗を抱き上げた。そして丁重にソファに下ろし、上から見下ろす。

「僕は今から都に帰って、君の受け入れ準備をする。……なるべく早めに帰る。……それまで死なないでよね」
「……ウィル……、騎士たち、を……」

 光太朗が言うと、ウィリアムは表情で怒りを露にした。ウィリアムが怒りの表情を見せるのは珍しく、光太朗は言葉を咄嗟に飲み込んだ。
 騎士に累が及ぶことが、光太朗にとって一番怖かった。それを察したウィリアムは、光太朗を睨みつけた後、踵を返す。

「……まじで腹立つ。……絶対制裁する」
「……ウィル……お願いだ。彼らは何も……」

 光太朗の懇願を聞くことなく、ウイリアムはキュウ屋を出て行った。庭に通じる扉が音を立てて閉まり、店内に静寂が訪れる。


 光太朗は寝たまま、店内を見まわした。至る所が破損し、転がったチェストからは衣類がはみ出している。カウンターにあった薬瓶も、棚から落ちて割れてしまった。

「あ~あ……」

 窓の外は真っ暗だ。月も引っ込んでしまったようだ。この世界も、夜明け前が一番暗い。


 ウイリアムが去ったからか、眠気が襲ってくる。身体がシャットダウンしようとしてるのだ。そうは思うものの、不安が拭えない。

 瞼を揺らしながら、光太朗はソファから転がり落ちる。そして睡魔に抗えず、意識を手放した。
しおりを挟む
感想 118

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

処理中です...