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魔導騎士団の専属薬師
第59話 甘え
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俺は今、何をしている?
ここはどこだ? 任務中か? どこで? 武器は手元にあるか?
(馬鹿! まずは状況を確かめろ!)
散っていた意識が一気に集まり、光太朗は目を開けた。
いつもの天井がぼんやりと映るのと同時に、クッションの下に手を入れる。しかしそこにある筈のナイフが無いことに気付いて、光太朗は飛び起きた。
そのまま素早くソファから降りると、壁を背に振り返る。そして目を見開いた。
そこには同じく目を見開く戦友が、エプロン姿で立っている。光太朗は頭を振って、再度目を凝らして彼を見た。間違いない、リーリュイだ。
「リ、リュウ……?」
「光太朗……大丈夫か?」
光太朗は混乱した頭から、記憶を引っ張り出す。そこで初めて、今朝騎士たちと森に行ったことを思い出した。
(……え? ここ、キュウ屋だよな? あれから、俺……どうやって帰ってきた!?)
思考を巡らせながらリーリュイを見ていると、彼は眉根を寄せながら近寄ってきた。光太朗の前に立つと、リーリュイは視線を合わせるように膝を折る。
「光太朗……顔色が酷く悪い。まだ寝ていたほうが良い」
「あ、ああ、そうか……。もしかして俺……爆睡、してた?」
「ああ。何をしても起きないから、勝手にキュウ屋へ入った。申し訳ない」
本当に申し訳なさそうな顔をするリーリュイを見て、光太朗は頭を抱えた。
我ながら、本当に気を抜きすぎだと、光太朗は大きく嘆息する。リーリュイが側にいると、どうも箍が外れてしまうようだ。
「こちらこそ、まじでごめん! ……俺、いくらなんでも気を抜きすぎだよな……」
「構わない。我々騎士も、戦の後は良くその状態になる。身体が休息を欲しているんだ」
「い、いや……にしてもさ……」
そう言いながら、光太朗は頭を掻いた。何となく恥ずかしいのは、起きたときに過剰な反応をしてしまったからだ。
前の世界の記憶と今が混合するほど、爆睡してしまったのだ。光太朗にとって初めての経験だった。
「いやまいった。ほんと凄いな、リュウは。いつでも俺を殺せるぞ?」
「そんなことする訳がないだろう!」
本気で怒るリーリュイを見ても、光太朗は自嘲的に笑うしかない。小さな頃から気を許せない環境で育ってきた光太朗は、戸惑うばかりだった。
ちらりと窓の外を見遣って、光太朗は更に目を丸くした。もう陽は落ちてしまっている。
「俺、何時間寝てた!?」
「約6時間ほどだ。問題ない」
「問題あるって! リプトに行かなきゃ!」
「……それは、大丈夫だ」
リーリュイはきょとんとする光太朗の手を引き、ソファへと座らせる。そして自らは立ち上がると、暖炉にかけてあった鍋を下ろした。
鍋の蓋を取ると、湯気とともに美味しそうな匂いが漂う。
「キュウ屋の前に、孤児院の院長が来ていた。君が無事なのを確認したら、帰っていったよ」
「そうだったのか……。丸一日顔見せなかったからな……ミカさん怒ってた?」
「いや。大丈夫だ。……綺麗で……優しそうな女性だな、彼女は」
リーリュイの言葉に、光太朗は嬉しそうに微笑んだ。ひとつの曇りもない笑顔に、リーリュイの胸がちくりと傷む。
「リュウもそう思う? 凄く綺麗な人なんだけどさ、なかなか良い人作んなくて……」
「……光太朗……。もしかして……あの女性を好いているのか?」
「ミカさんを? 好きだよ。幸せになってほしいと思ってる」
「……そうか……。……そう、か」
そう言ったきり、リーリュイは光太朗から顔を逸らした。彼は鍋の中のスープを器に注ぐと、光太朗の前に差し出す。そしてエプロンを外した。
光太朗はテーブルに置いてある器を見た後、リーリュイを見た。
一つしか準備されない食事、そして目を合わせてくれない戦友。光太朗の胸の底が、じわりと冷える。
目を合わせないまま、リーリュイは口元だけ微笑んだ。
「すまない、光太朗。今日は用事がある。ゆっくり食べてくれ」
「え? リュウ、食べないのか? ご、ごめん。わざわざ作ってくれたのに……」
「問題ない。……見送りはいらない」
そう言い放つと、リーリュイは足早に扉へと向かった。光太朗の制止の声も聞かず、彼はそのまま店を出てしまう。
彼らしくない立ち去り方だ。光太朗は息を詰めたまま、閉じられた扉を見る。急に苦しくなった胸を押さえて、光太朗は頭を抱えた。
「そりゃ……そうだよな……」
目の前の食事が、ここぞとばかりに光太朗を責め立てる。あまりにも自分は甘えすぎたのだ。
(折角リーリュイが、俺の力を認めてくれて……専属薬師に選んでくれたのに……。俺がこんなじゃ、呆れるわな)
思えば彼に抱かれて運搬されたのは、いったい何度目だろう。指を折りながら数えて、光太朗は大きくため息を吐いた。
男を抱き上げて歩くなんて、本当は嫌に違いない。リーリュイは優しい。彼の優しさに甘んじていた自分が情けなくて仕方がない。
(ちょっとは力付けて、リュウに迷惑かけないようにしないとな! それともう、甘えるのは止めよう)
リーリュイが作ったスープを掻き込み、光太朗は鼻から息を吐き切った。
鍋に残った料理を全部食べて、久しぶりの筋トレに励もう。そう思いながら、光太朗は料理を口に運ぶ。
そして痛烈に実感した。隣に彼がいないと、食事は味気ない。
俺は今、何をしている?
ここはどこだ? 任務中か? どこで? 武器は手元にあるか?
(馬鹿! まずは状況を確かめろ!)
散っていた意識が一気に集まり、光太朗は目を開けた。
いつもの天井がぼんやりと映るのと同時に、クッションの下に手を入れる。しかしそこにある筈のナイフが無いことに気付いて、光太朗は飛び起きた。
そのまま素早くソファから降りると、壁を背に振り返る。そして目を見開いた。
そこには同じく目を見開く戦友が、エプロン姿で立っている。光太朗は頭を振って、再度目を凝らして彼を見た。間違いない、リーリュイだ。
「リ、リュウ……?」
「光太朗……大丈夫か?」
光太朗は混乱した頭から、記憶を引っ張り出す。そこで初めて、今朝騎士たちと森に行ったことを思い出した。
(……え? ここ、キュウ屋だよな? あれから、俺……どうやって帰ってきた!?)
思考を巡らせながらリーリュイを見ていると、彼は眉根を寄せながら近寄ってきた。光太朗の前に立つと、リーリュイは視線を合わせるように膝を折る。
「光太朗……顔色が酷く悪い。まだ寝ていたほうが良い」
「あ、ああ、そうか……。もしかして俺……爆睡、してた?」
「ああ。何をしても起きないから、勝手にキュウ屋へ入った。申し訳ない」
本当に申し訳なさそうな顔をするリーリュイを見て、光太朗は頭を抱えた。
我ながら、本当に気を抜きすぎだと、光太朗は大きく嘆息する。リーリュイが側にいると、どうも箍が外れてしまうようだ。
「こちらこそ、まじでごめん! ……俺、いくらなんでも気を抜きすぎだよな……」
「構わない。我々騎士も、戦の後は良くその状態になる。身体が休息を欲しているんだ」
「い、いや……にしてもさ……」
そう言いながら、光太朗は頭を掻いた。何となく恥ずかしいのは、起きたときに過剰な反応をしてしまったからだ。
前の世界の記憶と今が混合するほど、爆睡してしまったのだ。光太朗にとって初めての経験だった。
「いやまいった。ほんと凄いな、リュウは。いつでも俺を殺せるぞ?」
「そんなことする訳がないだろう!」
本気で怒るリーリュイを見ても、光太朗は自嘲的に笑うしかない。小さな頃から気を許せない環境で育ってきた光太朗は、戸惑うばかりだった。
ちらりと窓の外を見遣って、光太朗は更に目を丸くした。もう陽は落ちてしまっている。
「俺、何時間寝てた!?」
「約6時間ほどだ。問題ない」
「問題あるって! リプトに行かなきゃ!」
「……それは、大丈夫だ」
リーリュイはきょとんとする光太朗の手を引き、ソファへと座らせる。そして自らは立ち上がると、暖炉にかけてあった鍋を下ろした。
鍋の蓋を取ると、湯気とともに美味しそうな匂いが漂う。
「キュウ屋の前に、孤児院の院長が来ていた。君が無事なのを確認したら、帰っていったよ」
「そうだったのか……。丸一日顔見せなかったからな……ミカさん怒ってた?」
「いや。大丈夫だ。……綺麗で……優しそうな女性だな、彼女は」
リーリュイの言葉に、光太朗は嬉しそうに微笑んだ。ひとつの曇りもない笑顔に、リーリュイの胸がちくりと傷む。
「リュウもそう思う? 凄く綺麗な人なんだけどさ、なかなか良い人作んなくて……」
「……光太朗……。もしかして……あの女性を好いているのか?」
「ミカさんを? 好きだよ。幸せになってほしいと思ってる」
「……そうか……。……そう、か」
そう言ったきり、リーリュイは光太朗から顔を逸らした。彼は鍋の中のスープを器に注ぐと、光太朗の前に差し出す。そしてエプロンを外した。
光太朗はテーブルに置いてある器を見た後、リーリュイを見た。
一つしか準備されない食事、そして目を合わせてくれない戦友。光太朗の胸の底が、じわりと冷える。
目を合わせないまま、リーリュイは口元だけ微笑んだ。
「すまない、光太朗。今日は用事がある。ゆっくり食べてくれ」
「え? リュウ、食べないのか? ご、ごめん。わざわざ作ってくれたのに……」
「問題ない。……見送りはいらない」
そう言い放つと、リーリュイは足早に扉へと向かった。光太朗の制止の声も聞かず、彼はそのまま店を出てしまう。
彼らしくない立ち去り方だ。光太朗は息を詰めたまま、閉じられた扉を見る。急に苦しくなった胸を押さえて、光太朗は頭を抱えた。
「そりゃ……そうだよな……」
目の前の食事が、ここぞとばかりに光太朗を責め立てる。あまりにも自分は甘えすぎたのだ。
(折角リーリュイが、俺の力を認めてくれて……専属薬師に選んでくれたのに……。俺がこんなじゃ、呆れるわな)
思えば彼に抱かれて運搬されたのは、いったい何度目だろう。指を折りながら数えて、光太朗は大きくため息を吐いた。
男を抱き上げて歩くなんて、本当は嫌に違いない。リーリュイは優しい。彼の優しさに甘んじていた自分が情けなくて仕方がない。
(ちょっとは力付けて、リュウに迷惑かけないようにしないとな! それともう、甘えるのは止めよう)
リーリュイが作ったスープを掻き込み、光太朗は鼻から息を吐き切った。
鍋に残った料理を全部食べて、久しぶりの筋トレに励もう。そう思いながら、光太朗は料理を口に運ぶ。
そして痛烈に実感した。隣に彼がいないと、食事は味気ない。
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