38 / 248
魔導騎士団の専属薬師
第36話 怒涛の一日 早朝①
しおりを挟むコンコンという音が、キュウ屋に響く。
カウンターに突っ伏していた光太朗は、のっそりと身を起こした。入口の方へ目をやると、カーテンから柔らかな光が漏れている。
(なんだ。もう朝? ……いつの間にか寝てたな……)
日は昇ってきているようだが、まだ朝鐘は鳴っていないはずだ。こんな時間に来る人物は限られているし、ノックも軽い。
まだフラフラする身体を引きずって、光太朗はキュウ屋のドアを開けた。
「コウにぃいいい!!」
「!!」
身体に抱きついて来た人物を支えきれず、光太朗はそのまま倒れ込んだ。結果、組み敷かれているような体制になるが、光太朗に焦りはない。
光太朗の腹の上でニコニコ笑っているのは、リプトで暮しているルイスだ。癖のある髪は錆色で、そばかすの浮いた顔にはまだまだ幼さが残っている。
光太朗はルイスを戒めるように目を眇めた後、にっかりと笑う。
「ルイス、おはよう。お前またでかくなったな」
「コウにぃは、痩せすぎだ! それじゃ立派な戦士になれないぜ!」
ルイスは笑いながら立ち上がり、光太朗に手を伸ばす。その手を掴もうと上体を起こしたところで、光太朗は固まった。
ルイスの後ろに、もう一人立っている。ミカだ。そう認識した瞬間、ミカが口を開いた。
「コウ! なんて顔色なの! 一日会わなかっただけで、まったくあなたという人は……!」
「ちっ、違うんだミカさん。これはただの貧血で……」
貧血、という単語を聞いた瞬間、ミカが慌てて側へと駆け寄ってきた。そしてまだ地べたに座ったままの光太朗の脇に、自身も膝をつく。
眉を寄せるミカを見て、光太朗は嘆息とともに頭を抱えた。ミカは説教を始めると、なかなか終わらないのだ。
「貧血って……! どうすればそんな事になるの! また食事を疎かにしてんでしょう? 1日3回。食事は栄養のあるものをバランス良くって、リプトで散々教えたはずよ」
「そ、そうなんだけどさ……」
光太朗は助けを求めるように、ちらりとルイスを見遣った。しかし彼はもう窓際に移動しており、てきぱきとキュウ屋のカーテンを開けていく。言い争う二人など、まるで見えていないようだ。
ミカと光太朗のこうしたやりとりなど、彼には慣れたものなのだろう。
彼は僅かに笑みを浮かべたまま、店内の片付けにまで着手し始めた。まだ子どもでありながら、素晴らしい手際の良さだ。
しかしここは、感心している場合ではない。ミカの顔は真剣そのもの。しかもまだまだヒートアップしそうな勢いだ。
「コウ! 聞いてるの? あなたはまだ3歳なんだから、免疫をつけるためにも栄養をとらなきゃいけないの!」
「ミカさん……正確には5歳だろ?」
「山にいた2年なんて、計算に入りません!」
ミカが眉根を寄せながら言い、光太朗に手を伸ばしてくる。その手を取って立ち上がると、ミカがはっと息を呑んだ。
「なんて冷たい手……。コウ……何度も言うけど……」
「何度も言われるけど、リプトには帰らないよ。俺は」
荒ぶるミカをソファに座らせ、光太朗も隣へと座る。カウンターに目を遣ると、ルイスがお茶を淹れてくれている姿が目に入った。どこまでも気が利く少年だ。
光太朗が感心していると、ミカが繋いだままの手をぎゅっと握り返してくる。
「コウ。あなた3年前から、何回病気になったか数えている? リプトに居た時には、月に一回は熱を出していたわよね? 子供たちは元気にしているのに、あなただけは流行り病に休むことなく罹っていたの、忘れたの?」
「勿論忘れてない。その度にミカさんには迷惑かけた」
「コウ、そういう事を言っているんじゃないの。あなたを迷惑だと思ったことなんて、一度もない」
訴えかけるミカの表情は、まさに子どもに何かを言い聞かせる親の顔だ。
この顔をされると、光太朗は何も言い返すことができない。繋がれたままの手に視線を落として、光太朗はまた小さく嘆息する。
「あなたはこの世界に来て、5年。だけど街で暮らし始めて3年。まだコウはこの世界では3歳並みの免疫なの。何度も言ったわよね?」
「……うん。分かってるんだけど……」
光太朗がそう言うと、ルイスがタイミングよく茶を運んできた。
ミカはルイスに向けて穏やかな微笑みを返すと、また光太朗へと嗜めるような顔を向ける。
この百面相も、リプトでは良く見たものだ。お説教は恐らくまだまだ続く。
72
お気に入りに追加
2,914
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)
黒崎由希
BL
目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。
しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ?
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
…ええっと…
もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m
.
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~
楠ノ木雫
BL
俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。
これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。
計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……
※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。
※他のサイトにも投稿しています。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる