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魔導騎士団の専属薬師

第36話 怒涛の一日 早朝①

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 コンコンという音が、キュウ屋に響く。

 カウンターに突っ伏していた光太朗は、のっそりと身を起こした。入口の方へ目をやると、カーテンから柔らかな光が漏れている。

(なんだ。もう朝? ……いつの間にか寝てたな……)

 日は昇ってきているようだが、まだ朝鐘は鳴っていないはずだ。こんな時間に来る人物は限られているし、ノックも軽い。
 
 まだフラフラする身体を引きずって、光太朗はキュウ屋のドアを開けた。

「コウにぃいいい!!」
「!!」

 身体に抱きついて来た人物を支えきれず、光太朗はそのまま倒れ込んだ。結果、組み敷かれているような体制になるが、光太朗に焦りはない。

 光太朗の腹の上でニコニコ笑っているのは、リプトで暮しているルイスだ。癖のある髪は錆色で、そばかすの浮いた顔にはまだまだ幼さが残っている。
 光太朗はルイスを戒めるように目を眇めた後、にっかりと笑う。

「ルイス、おはよう。お前またでかくなったな」
「コウにぃは、痩せすぎだ! それじゃ立派な戦士になれないぜ!」

 ルイスは笑いながら立ち上がり、光太朗に手を伸ばす。その手を掴もうと上体を起こしたところで、光太朗は固まった。

 ルイスの後ろに、もう一人立っている。ミカだ。そう認識した瞬間、ミカが口を開いた。

「コウ! なんて顔色なの! 一日会わなかっただけで、まったくあなたという人は……!」
「ちっ、違うんだミカさん。これはただの貧血で……」

 貧血、という単語を聞いた瞬間、ミカが慌てて側へと駆け寄ってきた。そしてまだ地べたに座ったままの光太朗の脇に、自身も膝をつく。
 眉を寄せるミカを見て、光太朗は嘆息とともに頭を抱えた。ミカは説教を始めると、なかなか終わらないのだ。

「貧血って……! どうすればそんな事になるの! また食事を疎かにしてんでしょう? 1日3回。食事は栄養のあるものをバランス良くって、リプトで散々教えたはずよ」
「そ、そうなんだけどさ……」

 光太朗は助けを求めるように、ちらりとルイスを見遣った。しかし彼はもう窓際に移動しており、てきぱきとキュウ屋のカーテンを開けていく。言い争う二人など、まるで見えていないようだ。
 ミカと光太朗のこうしたやりとりなど、彼には慣れたものなのだろう。

 彼は僅かに笑みを浮かべたまま、店内の片付けにまで着手し始めた。まだ子どもでありながら、素晴らしい手際の良さだ。

 しかしここは、感心している場合ではない。ミカの顔は真剣そのもの。しかもまだまだヒートアップしそうな勢いだ。

「コウ! 聞いてるの? あなたはまだ3歳なんだから、免疫をつけるためにも栄養をとらなきゃいけないの!」
「ミカさん……正確には5歳だろ?」
「山にいた2年なんて、計算に入りません!」

 ミカが眉根を寄せながら言い、光太朗に手を伸ばしてくる。その手を取って立ち上がると、ミカがはっと息を呑んだ。

「なんて冷たい手……。コウ……何度も言うけど……」
「何度も言われるけど、リプトには帰らないよ。俺は」

 荒ぶるミカをソファに座らせ、光太朗も隣へと座る。カウンターに目を遣ると、ルイスがお茶を淹れてくれている姿が目に入った。どこまでも気が利く少年だ。

 光太朗が感心していると、ミカが繋いだままの手をぎゅっと握り返してくる。

「コウ。あなた3年前から、何回病気になったか数えている? リプトに居た時には、月に一回は熱を出していたわよね? 子供たちは元気にしているのに、あなただけは流行り病に休むことなく罹っていたの、忘れたの?」
「勿論忘れてない。その度にミカさんには迷惑かけた」
「コウ、そういう事を言っているんじゃないの。あなたを迷惑だと思ったことなんて、一度もない」

 訴えかけるミカの表情は、まさに子どもに何かを言い聞かせる親の顔だ。
 この顔をされると、光太朗は何も言い返すことができない。繋がれたままの手に視線を落として、光太朗はまた小さく嘆息する。

「あなたはこの世界に来て、5年。だけど街で暮らし始めて3年。まだコウはこの世界では3歳並みの免疫なの。何度も言ったわよね?」
「……うん。分かってるんだけど……」

 光太朗がそう言うと、ルイスがタイミングよく茶を運んできた。
 
 ミカはルイスに向けて穏やかな微笑みを返すと、また光太朗へと嗜めるような顔を向ける。
 この百面相も、リプトでは良く見たものだ。お説教は恐らくまだまだ続く。
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