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薬屋キュウ屋
第33話 変わらない優しさ
しおりを挟む当時はまだ青さの残る青年だったが、今は立派な男性になっている。光太朗を抱きしめる身体も、以前より随分逞しくなった。背も伸びたのか、昔より顔が遠くに見える。
(こんなに立派になって……元気そうで、よかった……)
もしかしたら、3年前に会ったフェンデの事など、彼はとっくに忘れているのかもしれない。身分が高い騎士が最下層のフェンデを気遣うことなど、本来ならあるべきではない。
こうして再会して、元気そうな姿を見ることができた。それだけで光太朗は満足だった。
(多分……付けてきていたのも、俺がフラフラしてたから心配してくれただけなんだろうな。……店の前まで行ったら、お礼を言って離れよう。そんで、それきりだ)
心の中で折り合いを付けて、光太朗は目線を前に向けた。
キュウ屋のシルエットが少し見えてきたところで、小さな声が落ちてくる。
「____った」
「?」
光太朗が顔を上げると、彼も静かに顔を合わせてきた。
その顔に浮かぶのは笑顔で、しかもとびきり優しい。
「___君が生きていて……よかった」
彼は眉尻を下げて、唇に緩やかな弧を描かせた。
その微笑みがあまりにも優しいので、光太朗も微笑みを返した。しかし光太朗は、つい悪戯気に口を開く。
「俺、もしかしたら逃げたほうがいい? また牢屋に入れられる?」
光太朗がそう言うと、彼は一瞬で真顔になった。そして顔を横に振ると、光太朗をじっと見つめ直してくる。
その真剣な眼差しに、光太朗は焦った。
「うそうそ! 冗談だって! ……じゃあ、立ち話はなんだし、俺の家に寄っていく?」
いつの間にかそこまで来ていたキュウ屋に目線を向け、光太朗は微笑んだ。そして強張ってしまった彼の頬に、指を滑らせる。
「また会えて嬉しいよ。……戦友」
光太朗がそう言うと、彼は鼻梁に皺を寄せた。何かに耐えるような表情を見せた後、ふいと光太朗から顔を逸らす。
しかししっかりと頷いてくれた。
________
光太朗を左手で抱きながら、右手でキュウ屋の鍵を開ける男を、光太朗は驚愕の目で見つめた。
男性一人を片手で保持する筋力は、相当なものだろう。しかも彼の腕はプルプルと震えてもいなかった。
(身体の造りが違いすぎる。くそ! 悔しい!!)
光太朗が歯噛みしていると、彼は流れるような手つきで暖炉に火を付けた。彼の手から放たれた火の玉は見事に暖炉の中に落ちて、めらめらと燃え上がる。
戸惑うことなく暖炉に火を入れる彼を見て、光太朗は小首を傾げる。まるでこの店の間取りを把握しているかのような動作だった。
「……あんた……一度も来店してないよな?」
「……していない。建物の構造を見て、暖炉は入り口を入ってすぐ右だと判断していた」
「なるほど、煙突の位置か! さすがだなぁ」
「……何か拭くものはあるか?」
暖炉の前のソファに光太朗を座らせて、彼は周りを見渡す。光太朗が窓際のチェストに目を遣ると、返事も聞かないまま彼は立ち上がった。
濡れた外套をコートハンガーに掛けて、彼はチェストからタオルを取り出していく。暖炉のお陰で身体が暖かくなった光太朗は、改めて戦友の姿をまじまじと見た。
彼が着ているのは魔導騎士団の制服だ。魔導騎士団は騎士団の中で最上位なので、かなりの出世をしたという事になる。
「あんた魔導騎士団なのか? すっげぇ出世したなぁ。まあ、あんたの強さなら当たり前か」
嬉しそうに言う光太朗に、彼はタオルを手渡した。そして隣へと腰掛ける。
「……身体を拭きなさい。風邪を引く」
「俺はほとんど濡れてないよ。あんたの方が濡れてる」
「私は良い。慣れている」
彼はそう言うと、背もたれに掛けられていたブランケットを広げた。それで光太朗の身体を包むと、口を開く。
「……諸々のことは、さて置く」
「ああ、さて置くのね」
光太朗が笑いながら言うと、彼が視線を合わせた。そして息を吸うと、一気に捲し立てた。
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