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薬屋キュウ屋

第30話 ウルフェイル、偵察完了

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「すっげぇ、筋肉の付き方! まるで鎧だな!」
「……そ、そうか。ありがとう」

 光太朗はそのまま上腕も確認するように掴み「ちょっとごめん」と呟く。そしてウルフェイルの右の首筋をぐいぐいと押した。

 微妙な力加減がこそばゆくて、ウルフェイルは喉を鳴らす。すると背後にいた光太朗が、ひょいとウルフェイルの顔を覗き込んだ。

「ウルフは、左利きだろ?」
「……! なぜ分かった?」

 「握手で」と言いながら光太朗はカウンター内に戻り、薬瓶を探り始めた。
 ウルフェイルは首筋を擦りながら、光太朗の動向を見守る。

「この世界の人たちも、右利きが主だ。でも左利き用の道具は見たことがない。思うに、左利きは子供のうちから矯正されるんじゃないのか?」

「その通りだ。でも俺はなかなか直らなくてな、未だに左の出番が多い」

「ウルフの筋肉は右が凝りがちだ。色んな動作の違和感で強張ってるんだと思う。肩や首の凝りが、頭痛の原因なのかも」

 光太朗はそう言うと、乾燥させた薬草をいくつか取り出し、薬研に放り込んだ。そして思いついたようにウルフェイルに視線を投げる。

「ウルフ、体重は?」
「98パージェだ」
「よっしゃ、もっと増やそう」

 光太朗は薬草をまた取り出し、薬研に入れる。ごりごりと手を動かしながら、薄く笑みを浮かべた。

「血流を良くする薬草だ。痛み止めは別に出しておくけど、まずはこれを服用してみて。肩や首のマッサージもこまめにやると良いかもな」
「おお、なるほど」

「ウルフは身体がでかいから、一般的に流通してる薬じゃ効果が足りないのかもな。大丈夫、この薬草の副作用は怖くないから」
「おお……」

 ウルフェイルは返事を返しながら、光太朗を見た。薬研車を動かしている彼は、楽しそうに笑っている。
 ウルフェイルは笑いながら、手で顔を覆った。

「いや、まいった。これはやられるわ」
「ん? 何?」
「いや、何でもない」

 光太朗はウルフェイルに薬を渡すと、出口の方を見遣った。いつもなら朝方からやってくる騎士団が、今日は一人も見かけない。

「今日は騎士たちが少ないな」
「ああ、今日は重要な訓練があるからな」

 そう答えながら処方箋を読みはじめたウルフェイルを、光太朗はちらりと見る。
 

(……この人、絶対お偉いさんだろ。ちゃんとした薬屋か偵察に来たってとこか?)

 握手した時から、ウルフェイルが他の騎士と違うのは気づいていた。この世界に握手なんて挨拶は存在しない。それを広めたのは、フェブール達だと聞く。
 握手の挨拶をするのは、ごく一部の身分が高い者たちだけだ。

(なんで握手を求めてきた? 俺の見た目でフェンデだと見分けがつくだろうに……)

 あらゆる想定を並べると、どんどん邪推になっていく。ただでさえぼんやりとした頭で考えたせいか、眉間がじんわりと痺れてきた。

 光太朗が眉間をぐいぐい押していると、ウルフェイルから声が掛かった。

「……キュウ屋さん、顔色が悪いな」
「さん、はいらないよ。……俺は不摂生な生活を送っているからな、薬屋なのに」
「……あ、そうだ。……店主の名前教えてよ」

 光太朗は眉根を寄せながらウルフェイルを見た。そういえば、これまで名を尋ねられたことがない。

「コウだ」
「コウ?」

 光太朗が頷くと、ウルフェイルが満面の笑みで立ち上がった。
 まるで何か良いものを手に入れた子供のように、きらきらとした笑顔を向けてくる。

「そうか! コウ、また!」
「……? ああ、またな」

 床板をギシギシ言わせながら去っていくウルフェイルを見送った後、光太朗はソファへと座り込んだ。
 妙に神経をすり減らされた気がして、深いため息をつく。

(今日は客も少ないみたいだから……やっぱ閉めるか)

 先ほど出したばかりの看板を片付け、鍵をしっかりかけてカーテンを閉める。そしてソファにダイブして、光太朗は目を閉じた。

(めし……食わなきゃ……。でもなんも食べたくない……)

 フェブール達はこんな症状と闘っているのか。そう思うと、どうにかしてやりたいという思いが湧いてくる。
 向こうがどう思っているか知らないが、フェブールとは同胞だ。親近感も少なからずある。

 思考を巡らせていると眠気が襲ってきた。朝の目覚めも悪かったし、眠気は貧血の症状の一つなのかもしれない。

 光太朗はクッションを引き寄せて頬をずりすると、そのまま睡魔に身を任せた。
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