17 / 248
はじまりの章
第16話 静かな凱旋
しおりを挟む
王都の大きな門が見え、リーリュイは浅くため息をつく。
王都までの道のりは険しく、加えて負傷者も多かったため、予定より長引いた。光太朗と別れて2週間が経ち、ようやくリーリュイは王都へ着いた。
他の騎士たちはそのまま休暇となるが、リーリュイはそういうわけにもいかない。すぐさま身を清め、正装へと身を包む。
肩まで届く髪を使用人に結わせていると、自室のドアが開いた。
「リーリュイ! 戻ったか!」
「ああ、つい先程だ」
部屋に入ってきたのは、リーリュイの従弟であるウルフェイルだ。ノックもしない男を、リーリュイは一瞥する。
ウルフェイルの身体の大きさは、騎士の中でもトップクラスだ。緋色の髪は後ろに流され、彫りが深く男らしい顔をしている。
真面目な顔をしていると強面の彼だが、口を開くと途端にお調子者の印象に変わる。
リーリュイは視線を戻し、作業を止めてしまった使用人へ鏡越しに頷く。
髪結いが再開されると、リーリュイはウルフェイルを見もしない。その姿を見て、ウルフェイルは短く息を吐いた。
「ったく、お前は相変わらずだ。さっき帰ってきたばかりなら、少し休んでから拝謁しても良いだろう? 国王様もお許しになるさ」
「念願のヴォルフム討伐が叶ったんだ。早く拝謁して報告せねば、国民にも知らせが行き渡らん」
ウルフェイルは聞こえるように溜息をつき、ソファへと座った。運ばれてきた茶に口を付けながら、リーリュイを見る。
第4皇子であるリーリュイは、まさに皆の理想とする皇子様だ。
文武両道で品行方正、悪い噂は一切ない。国民からの支持もずば抜けて高い。まさに聖人君子。
しかし従弟であるウルフェイルからすれば、リーリュイは全てが堅すぎる。
一切の娯楽も必要とせず、淡々と職務をこなす。そんな彼が他人に優しいわけもなく、騎士たちの中では密かに恐れられているのだ。
「拝謁しなくても、尊い第4皇子がご帰還されただけで、都は大盛り上がりだ。凱旋パレードをなぜ開かないのか、都中が文句を言っているよ。なぁリーリュイ! 茶だけでも飲めって!」
「茶はさっき飲んだ。風呂にも入った」
「どうせ烏の行水だろうが。お前はもっと物事を楽しめ!」
髪結いを終えた使用人に律儀に礼を言い、リーリュイはウルフェイルに向き直った。その髪には編み込みが施され、いつもより精悍さが増している。
(……まぁこの顔じゃ、民が傾倒するのも無理ないな)
リーリュイの母親はフェブールだ。彼女がこの世界に来た時、国中が大騒ぎだった。
彼女は過去に来たフェブールの中でも、群を抜いて美しかったのだ。そしてその息子であるリーリュイは、彼女にそっくりだ。
男も女も魅了するような、畏れを抱くほどの玲瓏な顔。その顔が笑みを浮かべることは滅多にないが、それでもリーリュイは民に愛されている。
「第7騎士団長は、今回の遠征で引退だ。後を継ぐのはお前だろうな、リーリュイ」
「……どうだろうな。……騎士団長である叔父上がお選びになった者が、後継となる。私にはまだ荷が重いのかもしれない」
「謙遜するなよ、お前以外誰がいる? ……そういや、第10騎士団長は拝謁しないのか?」
「……いや、彼は拝謁しない」
一瞬動きを止めるリーリュイを、ウルフェイルは見つめた。
何かを思い出すような顔に、珍しく感情の動きが見える。不思議に思いながらも、ウルフェイルは続けた。
「だよなぁ。あいつ、もう都のバーで飲んでいるらしいぜ。呑気に打ち上げかよ」
「……何……?」
リーリュイから、今まで聞いたことのない様な低い声が響く。思わず仰け反ったウルフェイルに、リーリュイは詰め寄った。
「それは確かに第10騎士団長だったか? 間違いはないか?」
「あ、ああ。ゲイラスだろ? 昔俺の部下だったから、見間違いは無いぞ」
「……案内しろ」
「は?」
「案内しろ!!!」
リーリュイに胸倉を掴まれ、ウルフェイルは立ち上がった。そのまま引き摺られるように部屋を出る。
リーリュイの顔は、憤りに満ちている。殺気までも垂れ流し始めた幼馴染を見て、ウルフェイルは呆然とその顔を見つめた。
そして不謹慎なことに、不安よりも興味が湧き出してくる。何にしろ、このリーリュイが感情をむき出しにすること自体が珍しい。
ウルフェイルは、足元も軽く駆けだした。
王都までの道のりは険しく、加えて負傷者も多かったため、予定より長引いた。光太朗と別れて2週間が経ち、ようやくリーリュイは王都へ着いた。
他の騎士たちはそのまま休暇となるが、リーリュイはそういうわけにもいかない。すぐさま身を清め、正装へと身を包む。
肩まで届く髪を使用人に結わせていると、自室のドアが開いた。
「リーリュイ! 戻ったか!」
「ああ、つい先程だ」
部屋に入ってきたのは、リーリュイの従弟であるウルフェイルだ。ノックもしない男を、リーリュイは一瞥する。
ウルフェイルの身体の大きさは、騎士の中でもトップクラスだ。緋色の髪は後ろに流され、彫りが深く男らしい顔をしている。
真面目な顔をしていると強面の彼だが、口を開くと途端にお調子者の印象に変わる。
リーリュイは視線を戻し、作業を止めてしまった使用人へ鏡越しに頷く。
髪結いが再開されると、リーリュイはウルフェイルを見もしない。その姿を見て、ウルフェイルは短く息を吐いた。
「ったく、お前は相変わらずだ。さっき帰ってきたばかりなら、少し休んでから拝謁しても良いだろう? 国王様もお許しになるさ」
「念願のヴォルフム討伐が叶ったんだ。早く拝謁して報告せねば、国民にも知らせが行き渡らん」
ウルフェイルは聞こえるように溜息をつき、ソファへと座った。運ばれてきた茶に口を付けながら、リーリュイを見る。
第4皇子であるリーリュイは、まさに皆の理想とする皇子様だ。
文武両道で品行方正、悪い噂は一切ない。国民からの支持もずば抜けて高い。まさに聖人君子。
しかし従弟であるウルフェイルからすれば、リーリュイは全てが堅すぎる。
一切の娯楽も必要とせず、淡々と職務をこなす。そんな彼が他人に優しいわけもなく、騎士たちの中では密かに恐れられているのだ。
「拝謁しなくても、尊い第4皇子がご帰還されただけで、都は大盛り上がりだ。凱旋パレードをなぜ開かないのか、都中が文句を言っているよ。なぁリーリュイ! 茶だけでも飲めって!」
「茶はさっき飲んだ。風呂にも入った」
「どうせ烏の行水だろうが。お前はもっと物事を楽しめ!」
髪結いを終えた使用人に律儀に礼を言い、リーリュイはウルフェイルに向き直った。その髪には編み込みが施され、いつもより精悍さが増している。
(……まぁこの顔じゃ、民が傾倒するのも無理ないな)
リーリュイの母親はフェブールだ。彼女がこの世界に来た時、国中が大騒ぎだった。
彼女は過去に来たフェブールの中でも、群を抜いて美しかったのだ。そしてその息子であるリーリュイは、彼女にそっくりだ。
男も女も魅了するような、畏れを抱くほどの玲瓏な顔。その顔が笑みを浮かべることは滅多にないが、それでもリーリュイは民に愛されている。
「第7騎士団長は、今回の遠征で引退だ。後を継ぐのはお前だろうな、リーリュイ」
「……どうだろうな。……騎士団長である叔父上がお選びになった者が、後継となる。私にはまだ荷が重いのかもしれない」
「謙遜するなよ、お前以外誰がいる? ……そういや、第10騎士団長は拝謁しないのか?」
「……いや、彼は拝謁しない」
一瞬動きを止めるリーリュイを、ウルフェイルは見つめた。
何かを思い出すような顔に、珍しく感情の動きが見える。不思議に思いながらも、ウルフェイルは続けた。
「だよなぁ。あいつ、もう都のバーで飲んでいるらしいぜ。呑気に打ち上げかよ」
「……何……?」
リーリュイから、今まで聞いたことのない様な低い声が響く。思わず仰け反ったウルフェイルに、リーリュイは詰め寄った。
「それは確かに第10騎士団長だったか? 間違いはないか?」
「あ、ああ。ゲイラスだろ? 昔俺の部下だったから、見間違いは無いぞ」
「……案内しろ」
「は?」
「案内しろ!!!」
リーリュイに胸倉を掴まれ、ウルフェイルは立ち上がった。そのまま引き摺られるように部屋を出る。
リーリュイの顔は、憤りに満ちている。殺気までも垂れ流し始めた幼馴染を見て、ウルフェイルは呆然とその顔を見つめた。
そして不謹慎なことに、不安よりも興味が湧き出してくる。何にしろ、このリーリュイが感情をむき出しにすること自体が珍しい。
ウルフェイルは、足元も軽く駆けだした。
82
お気に入りに追加
2,914
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)
黒崎由希
BL
目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。
しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ?
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
…ええっと…
もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m
.
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~
楠ノ木雫
BL
俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。
これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。
計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……
※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。
※他のサイトにも投稿しています。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる