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はじまりの章

第16話 静かな凱旋

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 王都の大きな門が見え、リーリュイは浅くため息をつく。

 王都までの道のりは険しく、加えて負傷者も多かったため、予定より長引いた。光太朗と別れて2週間が経ち、ようやくリーリュイは王都へ着いた。

 他の騎士たちはそのまま休暇となるが、リーリュイはそういうわけにもいかない。すぐさま身を清め、正装へと身を包む。

 肩まで届く髪を使用人に結わせていると、自室のドアが開いた。

「リーリュイ! 戻ったか!」

「ああ、つい先程だ」

 部屋に入ってきたのは、リーリュイの従弟であるウルフェイルだ。ノックもしない男を、リーリュイは一瞥する。

 ウルフェイルの身体の大きさは、騎士の中でもトップクラスだ。緋色の髪は後ろに流され、彫りが深く男らしい顔をしている。

 真面目な顔をしていると強面の彼だが、口を開くと途端にお調子者の印象に変わる。


 リーリュイは視線を戻し、作業を止めてしまった使用人へ鏡越しに頷く。
 髪結いが再開されると、リーリュイはウルフェイルを見もしない。その姿を見て、ウルフェイルは短く息を吐いた。

「ったく、お前は相変わらずだ。さっき帰ってきたばかりなら、少し休んでから拝謁しても良いだろう? 国王様もお許しになるさ」

「念願のヴォルフム討伐が叶ったんだ。早く拝謁して報告せねば、国民にも知らせが行き渡らん」


 ウルフェイルは聞こえるように溜息をつき、ソファへと座った。運ばれてきた茶に口を付けながら、リーリュイを見る。

 第4皇子であるリーリュイは、まさに皆の理想とする皇子様だ。
 文武両道で品行方正、悪い噂は一切ない。国民からの支持もずば抜けて高い。まさに聖人君子。

 しかし従弟であるウルフェイルからすれば、リーリュイは全てが堅すぎる。
 一切の娯楽も必要とせず、淡々と職務をこなす。そんな彼が他人に優しいわけもなく、騎士たちの中では密かに恐れられているのだ。

「拝謁しなくても、尊い第4皇子がご帰還されただけで、都は大盛り上がりだ。凱旋パレードをなぜ開かないのか、都中が文句を言っているよ。なぁリーリュイ! 茶だけでも飲めって!」

「茶はさっき飲んだ。風呂にも入った」

「どうせ烏の行水だろうが。お前はもっと物事を楽しめ!」

 髪結いを終えた使用人に律儀に礼を言い、リーリュイはウルフェイルに向き直った。その髪には編み込みが施され、いつもより精悍さが増している。


(……まぁこの顔じゃ、民が傾倒するのも無理ないな)

 リーリュイの母親はフェブールだ。彼女がこの世界に来た時、国中が大騒ぎだった。
 彼女は過去に来たフェブールの中でも、群を抜いて美しかったのだ。そしてその息子であるリーリュイは、彼女にそっくりだ。

 男も女も魅了するような、畏れを抱くほどの玲瓏な顔。その顔が笑みを浮かべることは滅多にないが、それでもリーリュイは民に愛されている。


「第7騎士団長は、今回の遠征で引退だ。後を継ぐのはお前だろうな、リーリュイ」

「……どうだろうな。……騎士団長である叔父上がお選びになった者が、後継となる。私にはまだ荷が重いのかもしれない」

「謙遜するなよ、お前以外誰がいる? ……そういや、第10騎士団長は拝謁しないのか?」

「……いや、彼は拝謁しない」

 一瞬動きを止めるリーリュイを、ウルフェイルは見つめた。
 何かを思い出すような顔に、珍しく感情の動きが見える。不思議に思いながらも、ウルフェイルは続けた。

「だよなぁ。あいつ、もう都のバーで飲んでいるらしいぜ。呑気に打ち上げかよ」

「……何……?」

 リーリュイから、今まで聞いたことのない様な低い声が響く。思わず仰け反ったウルフェイルに、リーリュイは詰め寄った。

「それは確かに第10騎士団長だったか? 間違いはないか?」

「あ、ああ。ゲイラスだろ? 昔俺の部下だったから、見間違いは無いぞ」

「……案内しろ」

「は?」

「案内しろ!!!」

 リーリュイに胸倉を掴まれ、ウルフェイルは立ち上がった。そのまま引き摺られるように部屋を出る。

 リーリュイの顔は、憤りに満ちている。殺気までも垂れ流し始めた幼馴染を見て、ウルフェイルは呆然とその顔を見つめた。

 そして不謹慎なことに、不安よりも興味が湧き出してくる。何にしろ、このリーリュイが感情をむき出しにすること自体が珍しい。

 ウルフェイルは、足元も軽く駆けだした。
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