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はじまりの章
第12話 再びの腕の中
しおりを挟む自分が移動しているのに気付いたのか、光太朗がうっすらと瞳を開けた。そしてリーリュイを見つめると、その眉根に深い皺を寄せる。
「……誰? 見えない」
「……目に血が入ってしまっている。ゆっくり目を閉じて……君には休養が必要だ」
「あぁ、何だ……あんたか……って、んん? あんた、俺を助けて大丈夫なのか?」
「まったく問題ない。何も心配はいらない」
心配ないと彼は言うが、ゲイラスは一応騎士団長だ。
第7騎士団の方が位は断然上だが、彼はまだ青年。フェンデごときに情をかけて、彼が罰せられるのが一番困る。
「なぁ、本当に大丈夫なのか? いざとなったら俺を見捨てろよ? 第7騎士団の団長とは良好な関係か? いざとなったらあんたを助けてくれる人か?」
「……私のことは心配しなくていい。自分の心配をしなさい」
「俺はいいんだよ。ちんこを入れられなかっただけでも幸運だ……」
そう言いながら、光太朗は顔を綻ばせた。いつの間にか、腕の中で安らいでいる自分がいる。
眉根の強張りもすっかり解けて、光太朗は胸の中の吐息を吐き切った。そして親しみの籠った笑顔を、リーリュイに向ける。
「ありがとう。はぁ……でもこれで、俺の第二の人生も終わりか……」
「何を言っている?」
「だって俺、規律違反で……処刑だろ?」
「……君は……」
そう呟きながら、リーリュイは唇の端を噛む。奴隷兵士がそういった役割を持つことを、勿論リーリュイも理解している。
戦の後、猛る戦士を治めるのが彼らの役割だ。重要な役割ではある。
しかし嫌がる彼らを強制的に組み敷くのは、騎士の在り方として如何なものだろうとリーリュイは思っていた。
(異世界から来た男のフェンデは、同性との交わりに抵抗がある者も多いと聞く。やはり奴隷兵士としてフェンデを同行させるのは、非道な行為なのではないか? ……色町にいる専門の者達を訓練させ……いや、戦場に連れて行くのは危険だな。では……)
急に黙り込んだリーリュイを見上げて、光太朗はふすりと笑った。
何やら考え事をしているような顔がぼんやり見え、それが妙に可愛く見える。真面目な性格がだだ漏れだ。
考え事の邪魔するのは気が引けたので、光太朗も黙り込むことにした。すると困ったことに、忘れていた身体の不調がどんどん湧いて出てくる。
流石に3対1は無理があり、特にゲイラスには散々殴られた。しかし死ぬ気で抵抗したおかげで、尻は死守できたようだ。
(でも……もう少し遅かったら、たぶんやられてたな……ほんと感謝だわ……)
ほっと息を吐きながら、光太朗は身を縮ませた。思い出すと身体が震えだしそうになる。
悪寒を抑えようと、光太朗は自身の身体をぎゅっと抱きしめた。すると身体を覆っていたマントから、爽やかな香りが鼻に届いた。
(……これ、あいつの匂いか?)
目を細めてみても、相変わらず自分を抱きしめる男の顔はぼんやりとしか見えない。不思議な男だ、と光太朗は思う。
この世界に来てから、光太朗は人間らしい扱いを受けたことが無い。第10騎士団とて今はあんな感じだが、初めは虫けらのように扱われていた。
しかし目の前の男は、光太朗を壊れ物のように腕に抱く。初めて会ったのにも関わらずだ。
(……そういや、名前も知らないな。……う~ん、寒気ひどくなってきた……)
腕に抱かれている筈なのに、悪寒は更に酷くなる。リーリュイの体温を求めて、光太朗は縋るように身を寄せた。するとリーリュイの身体が僅かに跳ねる。
「! ……寒いのか?」
「……いや……大丈夫……」
「……少し歩調を早める。傷むときは教えてくれ」
リーリュイは光太朗の身体を強く抱き寄せて、足早に歩き出した。
リーリュイの体温が先ほどよりも感じられ、光太朗は震える息を吐き出す。そして目を瞑ると、驚いたことにまた意識が遠のいていく。
(おい……まじかよ俺……。いくらなんでも……気を、ゆるしすぎ……)
リーリュイの焦る歩調を感じながら、光太朗の意識は途切れた。
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